大地と特訓の日々。
おじいちゃん師範・鎌倉厳正との出会いから数日が経った。
この世界では男性は特に単位的なものは免除され
最低限の学歴さえ保障される。
だから不登校の男子は珍しくない。
学校側も「男子が来ない」ことをある程度容認していた。
俺、荒木大地は高校に入学したものの
ほとんど学校へ行かなかった。
朝、家を出て「行ってきます」と母さんに声をかけ
そのまま厳正おじいちゃんの待つ古い公園へ向かう。
学校へ行くふりをしながら
実際は毎日おじいちゃんの特訓を受けていた。
最初の頃は、ただ走るだけだった。
「おい、大地!
もっと腰を落として走れ!
猫背じゃ男の背中にならんぞ!」
おじいちゃんはベンチに座り
缶ビールを片手に大声を飛ばす。
朝の公園はまだ静かで
木々の葉が風に揺れ
遠くから聞こえる鳥の声と
俺の息遣いだけが響いていた。
大地
「はあ……はあ……
おじいちゃん、
もう限界です……」
厳正
「限界?
ふん、まだまだ甘いわい!
腰を入れて足を強く踏み込め!
気合いは声に出さんとな!」
根性論全開の指導だった。
しかも、おじいちゃんのトレーニングは
ただ走るだけでは終わらない。
おじいちゃんが熱狂する架空の格闘映画の真似が始まる。
「次はこれじゃ!
拳を突き出す瞬間に、
腰を入れて気合いを込めろ!
『喝!』って声を出さんとな!」
俺は公園の砂利を踏みしめながら、
映画のポーズを真似して拳を繰り出す。
おじいちゃんは、
「もっと腰を入れろ!
力は地面から来るんじゃ!」
と
古臭い掛け声を飛ばす。
基礎トレ、筋トレ、
架空映画の真似をした謎の動き……
毎日がそんな日々の繰り返しだった。
最初は体が悲鳴を上げた。
腕はパンパンに張り、
脚は翌日動かないほど筋肉痛になった。
でも
不思議と嫌ではなかった。
ある朝、いつものように公園に着くと
おじいちゃんが俺の体をじろじろと見た。
厳正
「ほう……
少し肩幅が出てきたのう。
胸板も厚くなってきた。
まだまだじゃが、
まあまあじゃ。
男らしさの片鱗が見えてきたわい」
大地
「……本当ですか?」
俺は自分の腕や胸を触ってみた。
確かに以前より筋肉がついている気がした。
鏡に映る自分の姿がわずかに変わってきている。
おじいちゃんは満足げに頷きながら、
またビールをあおった。
厳正
「続けろ、大地。
男はな、
体を鍛えることでしか、
自分を守れん。
この世界じゃ、
男は守られるだけの存在じゃが……
お前は自分で守れる男になれ。
それがわしの教えじゃ」
俺は汗を拭いながら、
静かに頷いた。
毎日、学校へ行くふりをして厳正おじいちゃんの元へ通う。
母さんには「学校、頑張ってるよ」とだけ伝え
本当のことはまだ話せずにいた。
体は少しずつ変わっていく。
肩は広がり、腕に力が入るようになり
姿勢も自然と良くなってきた。
でも、一番変わったのは
心だった。
女性の視線に怯えていた俺が、少しずつ
「自分は変われる」という自信を持ち始めていた。
厳正おじいちゃんとの特訓の日々は
まだ始まったばかりだった。
1年後、高2の春。
学校には一度も行かず、1年間のトレーニングを続けた俺は170センチ後半まで身長が伸び、がっしりと鍛え上げられた筋肉を纏っていた。
最近誤魔化すのも面倒になり、朝もジャージで外に出ていた。ブレザーなど入らない。
半年過ぎた頃から厳正は公園に姿を見せる頻度が減っていたが、俺は個人でトレーニングを続けていた。
今日、久々に現れた厳正に話をされる。
厳正
「近頃は精子提供だ、補助金だで男は働かんくなった。
少年たちも夢だ何だを失って世に出ようとせん。」
ビールを飲んでため息をつく。
厳正
「ジジイになったら出すもんも出せんわ、補助金もほぼ出なくなる。そうなる前に、だ。
大地。お前はちゃんと職につけよ?」
男なんて職場にいたら邪魔。
それが世間の認識だった。
法案のせいで危うくセクハラになりかけるし、気を使う。
そんな世間だ。どんな職に就けってんだ。
厳正は続ける。
「未来を決めるために学校がある。
お前は強くなった。もう女も怖くないだろう?
学校へ行きなさい。そして、自分にできることを探しなさい。
もっと世界を見てきなさい。」
そう言って去っていった厳正は、
公園に顔を出さなくなった。
今までも、待ち合わせ以外していない。
家を知らない。
1ヶ月待ち続けたが、1日も来ない。
俺は厳正の言葉を思い出し
学校へ行くことにした。




