第5話 少し変わった日常
「はー、、、」
結局あれからモフモフさんはログインしなかった。
知らなかったとは言え、素性を探る行為はいけなかったと反省する。
「どうした?ため息なんかついて」
「いや昨日色々あってな」
とてもじゃないが昨日の出来事は言えない。
ネットの友人がモフモフさんでそのことについて尋ねたら逃げられただなんて、幼馴染とて言えるようなものではない。
「それより、時雨はどうなんだ 昨日の振り方、たぶん一年生の間で噂になってる頃だと思うんだが……」
「ああ、なってたぜ『二次元王子』の新たな伝説としてな!」
「自慢するな、そんなんだから理想が叶わないんだぞ」
「それを言うなら、万年恋愛黎明期の相馬こそ叶ってないんじゃないか」
「……口がよく回るな」
「相馬もな」
今すぐにでもボコボコに殴り倒したいのだが、実際問題モテたことは無いので言い返せない。
中学時代はモテようと努力したがコミュ力をつける所から始めて、清潔感にも気を付けたが人見知りなせいでそもそも話しかけられずに終わった。
「なにか悩んでたら教えろよ、力になるからさ」
「ありがとう気持ちだけ受け取っておくよ」
なんだかんだ言いつつも時雨は良い奴だ。悪意があるわけでもないし人助けだってしてくれる、だからモテるし友人も多いのだろう。
靴を履き替えて階段を上る。至って普通の階段だが今日は何かがおかしい、いつも誰かしら話しているはずの1階にほとんど人がいないのだ。
「そう言えば昨日、同じクラスの住岡に誘われてカラオケ行ったから相馬の教室に行けてないんだよな ちょっと教室の方見ても良い?」
「別にいいけど……」
何故か胸騒ぎがする。いつもと違う日常、ガラガラの廊下、静まり返った教室、これだけ見れば事件なのだが、その原因をこの後知ることになる。
階段を上り廊下に出ようとするが、既に人混みで溢れかえり廊下が見えない状態だった。
「げっ!なにこれ、もしかして全校生徒全員いるんじゃないのか」
「たぶんな。全員花恋さんを見に来たんだろ」
「それでこんなに居んのか!」
いつもと違う日常の正体はこれだ、ただでさえ厳しいドラシー条約を通って来た異世界の住人となれば気になるのも無理はない。
校門に生徒会のメンバーしかいなかったのも、ここ以外の教室や廊下が静まり返っていたのも納得がいく。
「全員教室に戻って下さい!2年生が通れません!」
「先生たちも大変そうだな」
人混みをかき分ける様に先生たちが道を作っている。
それでも統率は取れていないせいで道はできない、これはホームルームで怒られるな。
「どうする、寄ってくか」
「いいって断りたいけど、この様子じゃしばらく見れそうにないから寄ってく」
「おっけー」
人混みをかき分け教室へと向かうがなかなか通れない、もがきながらなんとか通ると何故かさっきいた階段にまで戻ってきていた。
「相馬、俺達教室に向かったはずだよな なんで階段に戻ってきたんだ」
「なんでだろうな」
「おっはよう!相馬に時雨くん!」
「おはよー!」
「おはよ」
「おはようございます。真優さん」
「敬語やめて」
後ろから来た真優と里奈さんに挨拶する。
2人が同時に登校するは珍しい。いつもは真優1人で来てその後に来る、その上こっちと同じ時間とかなり早く来ている。
「今日は早いんですね」
「花恋さんのサポートをしようと思って……ってなにこれ!?」
真優は目の前に広がる人混みに驚愕する。
「皆さん、花恋さんを一目見ようと来ているらしいのです」
「これじゃあアタシたち通れないよ」
「俺も花恋さんを見たいうちの一人、昨日は見れなかったから今日にって思ったんだがな……」
「さっき無理やり突っ込んだらここに戻ってきてた」
「うわ、それもう怪奇現象じゃん」
「んーじゃあ、私が行くから手つないで」
里奈さんは手をこちらに差し伸べる。
なんという自然な流れだ、異性とも絡みがあるとはいえ躊躇なくこの提案ができるとは……。
(これが一軍女子の力!?)
里奈さんの手を掴む、続いて真優は僕の、時雨は真優の手を掴み人混みの中へと突っ込んでいく。
なんとか人混みを抜け教室の前にまで行く。教室前は見ようとしているからかあまり動きはなく、もみくちゃにされることはなかった。
「な、なんとか着いた」
「それで相馬、花恋さんってあの中に居る人か」
「……あれだな」
時雨の指さす先にはクラスメイトに囲まれた窓際の席があった。
囲まれているせいで花恋さんの顔が見えない、普段大人しめの生徒ですら集まりの中にいる。それほど興味があるのだ、異世界の住民に。
「み、見えない。姿は見えるのに顔が見えない」
「これじゃアタシの席に座れないよ」
「僕の席もな」
せっかく来たと言うのに見れないと言うのは残念だな時雨。その代わりに僕と真優周辺の席も座れない状況になったがな。
里奈さんが前に出る。
「あー、ごめん!席に座りたいからどいてほしいんだけど!」
さすがは一軍女子。堂々と言いたいことを大にして言う、その度胸が羨ましいよ。姐さんって呼んだ方がいいかな。
「そうだよな」
「さすがに席を占領するのはダメだよな」
囲っていた集団は少しばらけて行き、席が座れる状態になった。
さすが姐さん、1軍の力と度胸を遺憾なく発揮していく。これでようやく顔が見れるぞ、よかったな時雨。
「おお、あれが獣人……ゲームから飛び出したみたいだ」
集団がばらけたことにより見えたご尊顔に廊下に居た他の生徒と時雨は声を上げる。
まるで創作物から飛び出したような姿に見とれるのも仕方が無いという奴だ。
姐さ……違った、里奈さんの声に反応して花恋さんがこちらを向く。
「?」
その顔と一瞬目が合ったような気がしたが、何故か他の人に向ける視線とは違いキラキラとした目をしていた。
「えっ!ちょっ、花恋さん!」
花恋さんは立ち上がるとこちらに向かって歩いて来る。え、なに、僕なんかした?こころ当たりは……まあ、昨日の件についてだよな。
(もしかして、昨日の事について怒ってらっしゃるのか!?だとしたら本当に花恋さんがモフモフさんと言うことになるぞ!)
目の前で立ち止まり軽く会釈をする。それだけでも全員の注目を浴びている。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「おっはよう!花恋さん!」
「おっはよー!」
「おはようございます」
とりあえず全員、挨拶をする。
なんだ挨拶をしに来ただけなのか、だとしたら昨日の件については怒っていないと言う事だな!よし!!。
「えっと、、、すみません。まだ、お名前を覚えきれてなくて……」
「えっと僕は――」
「私は里奈!隣は真優でその隣は相馬くんと時雨くん、よろしくね!」
里奈さんが全員紹介する。
姐さん……そこは僕たちにさせてください。姐さんたちは知ってるかもしれないですけど時雨はこれが初対面なんですから。
「ありがとうございます。里奈さんと真優さんは昨日、色々教えてくださいましたので覚えております」
「あ、じゃあ私達のはしなくても良かったんだ」
アハハと笑う。
昨日色々教えてもらったと言うのはゲームでモフモフさんも言っていた……確認を取らないとわからないが、花恋さんがモフモフさんと思ってもいいだろう。
「相馬さん」
「はい」
花恋さんはスッと顔を近づけ耳元で囁く。
「昨日はすみません。いきなりの事でビックリしちゃいました これからよろしくお願いしますね、シロシロさん」
「……」
花恋さんはもう一度軽い会釈をして席に戻る。それに伴って周囲も再び盛り上がる。
間違いない、モフモフさんだ!花恋さんはモフモフさんだった。昨日の出来事はやっぱりここでの出来事だ。
「ずるいぞ相馬!お前だけASMRしてもらえて!俺だってしてほしい~!」
時雨は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ悔しがっているがそれどころではない。
「…………だ」
「?どうした」
「花恋さんがネットの友人だった……」
「へ?」
異世界から転校してきた美少女獣人がネットの友人だった件について、、、。