第2話 最初の戦い
どこまでも続く草原。
風は穏やかで、遠くで鳥の声が聞こえる。
けれど、その“平和”が不意に壊された。
エラが、ふと立ち止まった。
「……何か来る」
彼女の瞳が、風の向こうを見据える。
俺もすぐに気づく。遠くの草をかき分けるように、黒い粘土質の塊がこちらに向かってきている。
二本脚で立ち、腕は異様に長い。目はなく、裂けた口だけが存在する。
「……これ、魔物……か?
さっき、エンカウント抑制はオンにしてたはずなのに……」
単なる設定ミスか、この世界に何か“例外”があるのか。
俺は眉をひそめながら、エラに向かって小さく叫んだ。
「エラ、下がってろ!」
魔物が低い唸り声を上げる。
躊躇する時間はない。体が勝手に動き、懐へ踏み込む。
スキルはオフにしていても、身体能力そのものが人間離れしているのを感じる。
「……くそ、やるしかない!」
意を決して、ひとつだけスキルを解放した。
《デスブレイク:対象の構造解析 → 内部破壊 → 無効化》
視界が一瞬、赤く染まる。
次の瞬間、魔物の体がぐしゃりと崩れ、地面へ倒れ込んだ。
吠える間もなく、まるで存在そのものを失うかのように粒子となって消える。
「……なんだ、これが“強さ”ってやつか?」
呆気ない。
力を振るうこと自体より、この力が“当たり前”のように使えることが怖かった。
エラが後ろから駆け寄ってきて、小さく息をつく。
「……すごいね、シン。今の、何をしたの?」
「ちょっとしたスキル。でも、たった一撃で終わった。……なんか、怖いな」
エラは言葉を探しながら、そっと俺の横に並んだ。
「……でも、助けてくれたのは事実だよ。わたしが危なかったし……ありがとう」
その言葉が、ほんの少し胸に温かく染みた。
「……行こうか」
「うん」
エラと並んで、再び歩き出す。
風は止んでいなかった。
消えた魔物の気配も、もうそこにはない。
それでも、胸の奥にざわめきが残る。
(この力、扱いを間違えたら……)
そんな不安を抱えつつ、俺はまた足を踏み出した。
静かで、どこかズレたこの旅は、まだ始まったばかりだ。