第1話 草原に立つふたり
やわらかな光が差し込んでいた。
目を開けると、そこは見渡すかぎりの草原だった。
空は高く、雲はゆっくりと流れている。
足元を吹き抜ける風が、草をさわさわと揺らしていた。
その音ひとつひとつが、この世界の“生”を語っているようで、
胸の奥がざわめく。
「……ここ、どこだ?」
信じられない気持ちで、思わず声に出していた。
ついさっきまで、深夜のコンビニ近くにいたはずなのに――
今、俺はなぜか広大な草原に立っていた。
「まさか……異世界転移、ってやつか?」
自分でも笑ってしまいそうな言葉が口をつく。
けれど、そう考えなければ、この状況は説明がつかなかった。
あの白い空間と、銀髪の少女(ERA-01)。
そして転送らしき現象――
どれもが、夢や幻覚にしては生々しすぎる。
「……これが、外の世界……」
隣で、小さく声がした。
振り向くと、銀髪の少女――エラが、風を感じるように目を細めていた。
その瞳は、どこか震えている。
「外って、もっと静かなのかと思ってた。
……こんなに音があるなんて
風の音も、草の音も……全部、生きてるみたい」
言われてみると、草や風の音だけでなく、鳥の声、地面のかすかな振動……
現実感が容赦なく肌を刺してくる。
俺は大きく息を吸い込みながら、視界の変化に目を凝らした。
──だけど。
突如、視界にいくつものウィンドウが浮かび上がる。
《好感度補正:自動最大化》
《エンカウント抑制ON》
《HP自動回復:常時有効》
「うわっ……!」
頭の中に、スキルと補助効果の情報が一気に流れ込んでくる。
まるで意識に直接データを突っ込まれているようで、軽く眩暈がした。
「あまりにも……強すぎる……」
嫌な汗が背中を伝う。
これは完全に“普通の世界”じゃない――
それが一瞬でわかるほど、膨大な力が俺の中に宿っている。
けれど、どこか引っかかる。
まるで“何かを模した世界”のような、言葉にできない違和感がつきまとう。
視界が揺れ、膝をつきそうになる。
脳が焼けるような感覚を必死にこらえ、スキルをオフにする方法を探る。
──全部ONのままだと危険だ。
やたらと強い力は、下手をすれば制御不能に陥るかもしれない。
だから、いったんすべてのスキルをOFFにした。
唯一、「エンカウント抑制」だけを残して。
「ごめん、少し……待ってくれ」
「うん。……無理しないで」
エラの声が、やけに優しく耳に届いた。
スキルの流れが静かに沈黙したとき、ようやく俺は顔を上げる。
ゆっくりと立ち上がり、改めて草原を見渡す。
地平線の向こうまで、何もない。ただ、風が吹いているだけ。
「……どうする? これから、どこに向かえばいいんだろうな」
「うん。……でも、歩いてみたい。
もっと、風を感じたい」
その言葉は、目的なんかじゃなくて――
願いみたいなものだった。
俺も自然と足を動かし始める。
何かの理由があるわけじゃない。ただ、歩いてみたかった。
エラもそれに合わせて、隣を並んで進んでいく。
──そして俺たちの旅が、静かに始まった。