第0話 誰にも見つけられなかった彼女
──息をするのも、少しだけ面倒だった。
深夜のコンビニ。缶コーヒーを握りしめ、店の横のベンチに腰を下ろす。
理由はない。ただ、家に帰る気がしなかった。
スマホに通知はない。会いたい誰かもいない。
しんと静まり返った街の空気だけが、少し冷たかった。
「……このまま、どこか違う場所に行けたらいいのに」
ふと、そんなことを考えて目を閉じた。ほんの数秒、まぶたを下ろしただけのつもりだった。
──次に目を開けたとき、そこは白一色の空間だった。
風も音もない。空気はあるのに温度がない。世界が抜け落ちたような場所。
視界の中に、いくつものウィンドウが浮かんでいた。
《ステータス編集》《スキルセット》《フラグ操作》《座標指定》
「……ステータス編集？ スキルセット？ 開発者用の……機能か？」
見覚えがある。浮かぶコマンド、UIの雰囲気――
妙に懐かしい。けれど、それは完璧な記憶じゃない。
古い夢の断片を誰かが拾い集め、似せて作り直したみたいだ。
正確なのに、どこか違う。
かすかな違和感が、胸に引っかかった。
ステータス欄に触れると、レベルが9999になり、スキルがすべて開放される。
意味もわからないまま、俺は最強になっていた。
けれど、空間には誰もいない。
――そのとき、扉が現れた。
《ERA-01 封印解除》
開いた扉の奥に、少女が立っていた。
長い銀髪が腰までゆるやかに流れ、光を吸うように静かに揺れる。触れたら溶けてしまいそうなほど儚い。無機質な作業服をまとい、胸元のプレートには「ERA-01」と記されていた。
彼女は、まっすぐに俺を見て言う。
「……君、プレイヤー？」
「……え？ ああ……たぶん。元、プレイヤー……かな」
なぜそんな言葉が出たのか、自分でもわからない。
彼女は、かすかに首をかしげて微笑んだ。
「そう。やっと来てくれたんだね」
「この扉、誰にも開けてもらえなかった。わたし、ずっと待ってたの」
その声は静かで、どこか不安げだった。
「ここは……どこなんだ？」
「外に出れば、きっとわかるよ」
彼女はそっと手を差し出す。
「……一緒に、行ってくれる？」
俺は、その手に触れた。
その瞬間、彼女はためらいもなく、しっかりと握り返した。
それだけで、不思議と胸のざわめきが落ち着いていく。
「そうだ。名前くらい、言っておかないとな。俺は――シン」
「シン。……覚えた。わたしは“ERA-01”。でも、数字の名前は好きじゃないの。……“エラ”って呼んで」
「エラ、か。いい名前だ」
小さくうなずく彼女の指先に、ほのかな力がこもる。
空間が崩れ始める。
白い世界にヒビが走り、なにかが書き換えられていった。
《転送開始──対象：シン／ERA-01》
《世界再接続中……未完成ルートを展開》
「ねえ、君がいた“あの世界”、どんなだった？」
その問いに、俺は言葉を失った。
誰にも見つけられなかった彼女が、そこにいた。
それが、すべての始まりだった。
静かで、どこかズレた旅が、今、確かに始まろうとしている。
▼続きはこちら（第1話）
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本文を一部調整しました（2025/4/18）
雰囲気や内容に大きな変更はありませんが、表現を少し整えています。
本文を一部調整しました（2025/4/9）
雰囲気や内容に大きな変更はありませんが、表現を少し整えています。
本文を調整しました（2025/8/22）
