未来ノ島セントラルビーチ 水着の選定と羞恥心について
第一部の未来ノ島セントラルビーチシリーズと関連しています。
未来ノ島の海岸は、見た目にも美しく映えるよう調整されている。
その白く光る砂が、長身でスレンダー体型、それなのに出るとこは出ているというとんでもない親友の艶姿を、より輝かせていた。
しかも、金髪美少女である。芸能人や有名人が多い土地柄ではあるが、クリスはその色合いからして、元々目立つのだ。自分は黒髪であるので、顔をよく見なければ、日焼けした東アジア人とそう変わらないように映るのだろう。
リリアは集合時間を待てずに海で遊ぶ仲間たちを暫く眺めていたが、観光客らしき者たちがクリスタルに近寄ろうとする動向を察知し、素早く肩を寄せて鞠也の座るビーチチェアに座らせた。
「クリス、水着なんでそれにしたんだ?」
クリスのものは、肩が露出したオフショルダーの水着。バストを出すタイプではなく、一見してリリアから見れば慎ましやかなのに、よく見ると谷間の下の部分が露出している。
編み上げのように中途半端に肌が隠されてもいるのもまた、そこに視線が集まってしまう原因だろう。
「は、恥ずかしくて……あんまり大胆なのは」
「ん?」
「リリアみたいな、すごいのも一瞬考えたけど、ムリで……」
「そーか? アタシのは……うーん、まあ大胆か! あは!」
リリア自身も露出度の高い水着を着ているが、その水着も別角度で大胆と言えるだろう。こういうのは、何と言って表現したらいいのか。
「胸のとこ、ばーんって開いてるデザインは無理……だから胸を押さえてくれる形で、あとは……横からも見えないような水着を選んだの。一番露出度の低いちょうどいいものがあったから、これに決めたんだ」
なるほど、上の谷間を見せることが恥ずかしいあまりに、下の谷間を見せることの恥ずかしさを失念してしまったのか。100%は理解できないが、その恥ずかしさと可愛い水着が着たいという純粋なおしゃれ心のバランスは、まあ人それぞれだ。
それに、バストの大きめな彼女や自分では、水着を着てしまえばそこは見えない部位である。試着はしたものの、錯覚したのかもしれない。パレオもあることだし、これは十分に慎ましいと。
「確かに似合ってるんだよ、アタシは本気でそう思ってるんだぜ!」
「……あ、ありがと……?」
「でもさあ、クリスそれ……」
これから言おうとしていることを察したのか、聞いていた鞠也が身を起こして止めに来ようとする。
「リリアちゃん……」
しかし止まってやる気はない。こんな面白いこと、最大限に利用しなければ損だ。
「チャンスだって! これが起爆剤になればさぁ!」
「……なに? 何かまずい?」
起爆剤という言葉に、クリスはまずさを感じたらしい。しかし恋する乙女としては、チャンスの方に注目して欲しかった。
「いやーまずいっていうかさ、違うんだよ! あ、でもまずいかな、ある意味」
「何言ってるの?」
似合っているし、かわいい。しかし、この子はこれを利用する気がないのだ。流石の柳もこれを見れば、眠っていた心の中の何かが目覚めるかもしれない。何がいるかは知らないが。
「クリスその水着さぁ……」
「う、うん……」
鞠也のビーチチェアに腰掛けながら、隣のクリスに距離を詰める。リリアに気圧されて、彼女はやや距離を取ろうとして腰を反り、胸を張る形になってしまった。
「……逆にエロくね?」
「え?!」
自分の体を見下ろし、クリスがわからないといった表情で顔を上げた瞬間、いたずら心が湧いた。
「ほら、こ・こ!」
「…………ひ」
穴に指を突っ込んで縁を弾いた瞬間、クリスが息を止めた。
「……あれ」
やばい、やっちゃった?
「…………ひぇああぁぁぅ?!」
「クリスちゃん?!」
突然ビーチチェアのバランスを崩させるほどに跳ね上がり、チェアを挟んだ反対側の砂に、クリスは尻餅をついた。一回転くらいしたか? 今。そのまま、胸を押さえてうずくまる。
「りりりりりりあ、リリアしんじらんな、しんじらんない! 信じらんないなにすんの! エッチー!」
繊細なレースのパレオが解けて、水着の全容が明らかになる。
その大人びた魅力と、今狼狽える言葉の可愛らしさに、リリアは楽しくて笑顔になってしまった。いけない、怒られる。でも、面白い子だ、本当に。
「大声出すなって、ほーらいい子いい子、どうどう」
「リリアちゃん、なんかそれ逆に変態さんみたいになってるわよ……」
背後から鞠也に嗜められてしまった。心外である。心からの一言なのに!
「アタシは変態じゃねーよ?!」
「でも、クリスちゃんも本当に、その……そういう意図はなく、その水着にしたのね?」
鞠也はゆっくりとチェアから足を下ろし、サンダルを履いてクリスの方を向いた。幼げな外見と違って、3人で最も落ち着いているのが鞠也だ。
「……う、上より下のほうが、見えないと思ってぇ……」
「う、うーん……見えないと言えば……そ、そうかも……?」
鞠也まで。しかし声を大にして言える。それは間違っている。
「いや、その穴、指突っ込めって言ってるようなもんじゃん。下の谷間が見えてるし」
「指なんか突っ込まないよ、普通!」
「そりゃーそうだけどな……突っ込みたくなるって意味なんだけど」
「し、下の谷間なんて発想もないよ! やっぱりリリアわけわかんない!」
「わかんねーのはクリスのそのエロへの理解の浅さだろ……第二次性徴期きてない?」
「きたし!」
またクリスは胸を隠そうとする。いや、その仕草もやめておいた方がいい。
「でも、私もそういうことなら、この選択に辿り着いたことは……一応、納得はできるわ。パレオでお尻も巻いてるし」
「そのパレオもさぁ、レースじゃん」
「かわいいもん……」
クリスはレースで編まれたパレオを回収し、腰に結びなおす。確かに、カジュアルな水着にフェミニンさがプラスされて、バランスが良くなる。
「いやかわいいけど、なんか中途半端に水着が見えてるのが、逆に視線を集めてるんじゃね?」
「じゃあどうしたらよかったのぉ!」
「柳にアプローチするなら今だ、って話をアタシはしてーんだけど」
眼の前まで迫り、胸元にトンと人差し指をつけた。今度こそ伝わるように。
「あぷろーち?!」
また仰け反ったクリスは転びかけ、慌てて鞠也が体で支えた。これでは泳ぐ前にクリスが疲れてしまいそうだ。
「いやいや、何のために肌晒してんだよクリス」
「泳ぐためでしょ!」
「クリスちゃん、ファイト!」
「鞠也までぇ?!」
鞠也は珍しく、いたずらっ子のような目でクリスを見上げた。ぎゅっと手を握りしめて言う。
「だって、エロいわよ? それ」
「やだぁー! 私痴女じゃないのに!」
そんなことは誰も言っていないのに、突拍子もない単語が登場して慌てた。逆に恥ずかしいだろう、その一言は。それなのに当の本人は、そんなことにも気づかず暴れ始める。リリアは羽交い締めにしてその暴走を阻止しようとした。
「着ちまったもんはしょーがねーだろ!」
「脱ぐ! 脱がせて!」
「それこそ痴女よ、クリスちゃん」
「いや! やっぱダメ! リリアのヘンタイ!」
「誤解を生むようなこと叫ぶんじゃねーよ! アタシがおかしいみてーだろ!」
「おかしいのはリリアだもんー!」
一通りの主張が済んだのか疲れたのか、少しだけ動きが和らいだ。握っていた手をじっと見つめながら思案顔の鞠也だったが、また爆弾発言でクリスが暴発するのではないかという予感があり、リリアはクリスを捕まえる腕を解かずに様子を見る。
「うーん……クリスちゃんの方かしら。今回は……」
「……うーっ!」
「クリス?!」
「帰る! 帰るー!」
「落ち着けよ! その格好で帰る気じゃねーだろな?!」
「やだぁ! もう水着脱ぐもん! 痴女じゃないもん!」
「だから誤解を招くようなこと言うんじゃねー! あと矛盾してるっつーの!」
「クリスちゃん、落ち着いて……今から海の家で買って、水着を替えるっていう選択肢もあるんじゃないかしら」
「……!」
ようやく動きが完全に止まり、クリスは救いを求めるようにこちらを見つめている。これは、ついていって新しい水着を選んでやらないと拗ねるかもしれない。
「見に行こ! なっ! アタシらもついて行ってやるから!」
昔から海の家と呼ばれている、砂浜のちょっとした売店。
その規模は小さく、建物自体は新しいものだが、その方式は隅から隅までトラディッショナル・スタイルであった。あちら側にある食品を主に販売する海の家は最新設備なのに、なぜなのかと看板に貼ってある張り紙を見れば、現在新店舗への切り替えをしていたが、店主の都合で島を訪れることができなかったらしい。強のところは昔ながらの設備で海の家を営む東京湾の知人が代行して店主をしている、ということらしかった。無いよりは大分マシだとは思うが、今の自分達には無用となってしまった。
「……今の方がいいわね」
「ううう……やっぱり帰るぅ」
なにせ、かかっている水着がスクール水着、布面積の明らかに足りない絶対に着用不可能な水着、そしてこれは果たして水着なのだろうか。地球の裏側で行われるカーニバル衣装のようなものしかなく、あとは全て女児用水着しか残っていなかった。
「やっぱ柳に見せつけとけ! 多分集合時間までにあっちに来るだろ!」
「やだ! ムリムリ、ちょっと一旦落ち着かせて! 待って!」
「クリスちゃん……」
「鞠也……」
「がんばって」
「やぁぁー!」