新スポーツ『ネオトラバース』部 新進気鋭のチームJ 副リーダーのチャームポイント
近未来の日本、東京湾に浮かぶ人口島・『未来ノ島』。
ネオトラバースという電脳スポーツは、
現実世界でのトレーニングが電脳世界のアバターに影響を及ぼす。
そのためプログラミングスキルや機械技術の他、
本来のスポーツの定義通り体を鍛えるこのスポーツは高難易度である。
チームで挑むこの競技、プレイヤーだけでなくサポートスタッフも奔走して
皆で勝利を目指さなければならない。
主人公の柳とクリスのチームJは新設であり、一見して仲は良いようであるが……
『流磨、悪いんだけど今日は、部室に早めに来て』
珍しく柳から、急かすようなテキストが飛んできた。清宮流磨は腕時計型デバイスのメッセージ立体表示を視認すると、即座に腕を降ってアプリを消す。
「……あっちぃ……」
渡り廊下には屋根があるとはいえ、太陽の熱を孕んだ風が直接吹き込む。直射日光を避けられている分だけマシだが、これで地球温暖化は100年前に比べて改善傾向にあると言うのだから、最も暑かった頃の人間はどうやって生きていたのだろうか。一時は地球沸騰化とまで言われたらしい。
通学鞄を掛け直し、階段を一段飛ばしで登る。部室はこの校舎である。
高校と高専は制服の色が異なるため、通りかかった一年生が珍しいのかこちらをチラチラと見ていた。
◇
「あれ? ……えーと、そこの一年生。東雲柳のチームはどこに行ったか知ってるか?」
部室に入るとやけに人数が少なく、チームメイトの姿はなかった。今日は特にいつもと違う活動をするという連絡はなかったはず。
「あ、清宮先輩……チームJなら、写真部の部室に連れて行かれちゃいましたよ」
「全員一緒だと思いますが、清宮先輩と妹さんが来るのを待ってました」
「わかった。サンキュ」
答えてくれた後輩は背が低く、威圧感を与えないために笑顔で対応した。元から顔が怖いので、こうでもしなければ面倒ごとを引き寄せる。入り口の扉にかけていた腕をバネにして踵を返し、文化部棟へと早足で向かった。
このネオトラバース部は、文化部と運動部の合間のような内容であり、利便性の面から文化部棟と運動部棟の間に活動棟が割り当てられている。
この夏、親友である東雲柳とその幼馴染の桐崎クリスタル、自身の妹の玲緒奈、気に入らないが転校生のチェン・ユエンと共に、新たに作られた「ジュニアパートナーシップカテゴリー」でネオトラバースの全国大会に出場することになっている。
学校法人は同一なので同じ出場枠に入るのだが、高専と高校で所属が混合している。自分だけが高校、妹は中学。校舎が違うため、いつも高専生の三名と合流する時間は、自分と妹だけ遅くなってしまうのだ。
それをわかった上での催促なのだろう。真面目な柳のことだ。何か理由があるに違いない。
「お兄ちゃん!」
「あー、れお。お疲れ」
中学の校舎から妹の玲緒奈が走り寄ってきた。黒髪を鬱陶しそうに首の後ろで括りながら、自分に追いつこうとしてくる。
「暑いよぉ〜!」
「そーだな……」
暑いと言われたら暑いとしか返せない。気の利いたコメントなど今は浮かばなかったが、その代わり小柄な妹に合わせて歩幅を小さくしてやった。185センチの自分が本気の急ぎ足で進めば、150センチそこそこな妹はあっという間に置いて行かれてしまう。
「クリスちゃんからメッセージ来たの。なんか大変みたいで、急いで行こ!」
「お前のほうにも? 俺もシノから急かされた」
「シノくんが急かすの?! 何が起きてるんだろ……」
大きな瞳を揺らす玲緒奈は、無言で荷物を寄越すようジェスチャーすると、通学鞄を手渡してきた。その両手が空き、ようやくヘアゴムで髪を縛り終えたとき、写真部の部室に到着した。
「……一応ノックしとくか」
頷く玲緒奈を横目に片手を上げた瞬間、引き戸が勢いよく開いた。
「遅い!」
見た顔だった。彼女はネオトラバース部副部長となることがほぼ確定していると噂の、同級生の梨花である。妹と同じくらいの長さのセミロングであるが、こちらは自分たちとは違って赤茶色で毛先が跳ねている。
「遅いって、俺高校の……」
「いーから、並んで並んで! ああ玲緒奈ちゃんも!」
話を聞く気はないようだった。流磨は梨花に制服のワイシャツを掴まれ、写真部の部室に引き込まれた。
「…………あ、あの、ご、ごめんなさい、私……」
かわいそうに玲緒奈は息を切らしていた。ああ、それは自分の落ち度か。少しペースが早すぎたかもしれない。
「いいのよ、玲緒奈ちゃんは。校舎遠いもんね!」
なんなんだ、この扱いの差は。自分は梨花に何かしただろうか?
衣装や小物が山と積まれたスペースを引っ張られながら駆け抜けて、撮影用背景らしきだだっ広く明るい空間に投げ出された。
「うわ!」
「あれっ……流磨、それにれおちゃんも……よかった、来てくれて」
よろけた先にいたのは、親友である柳だった。体が軽く当たったが、受け止めてくれたようだった。今日も柔らかな笑みを浮かべている。
「大丈夫?」
「……あ、ああ」
体重は確実に自分の方が重い。当たった瞬間の感触から、自分より軽いだろう相手を押し倒さないよう脚を使って踏ん張ったのだ。故に、それを問いたいのはこちらの方である。
しかしテキストから読み取った、何かが起きているという予感を確かめたく、口を開こうとした。
「あぁ! 流磨来たんだ、よかった!」
遮るようにクリスが現れた。
「はぁ? なんだお前、それ」
「はぁ? はぁー?! 失礼すぎない?! 一言くらい褒めるのが礼儀でしょうが!」
クリスは、まるでおとぎの国か絵本に出てくる王子様のような服装をしていた。いや、させられているのだろう。少しだけ恥ずかしそうに襟だの裾だのを弄っている。
柳の目の前では、天下無敵の桐崎クリスタルもただの恋する乙女だ。
ようやく人の波と荷物の山を抜けて現れた妹が、明るい空間に立つ柳と自分、そしてクリスの方を順番に見て後退りした。
「クリスちゃん?! ええっ?! かっ、かっこよ……違、かわ……! あっやっぱり、かっ……!」
突然の親友のコスプレに、大いに狼狽えているようだった。口を押さえてなぜか壁に背をつけてしまう。
流磨はこういう状態になっている人間を見たことがあった。『推し』や『アイドル』的な存在を前にした者は、だいたい喜びながら距離を確保しようとする。自分には理解できないが。
「もー、れおちゃんの反応と足して二で割んなさいよ! 流磨は」
「無茶言うなよ!」
軽口と悪口の応酬はいつものことだ。互いに気分を害したりはしない。それが証拠に、クリスは最後の一言の後で振り返ってにっこりと笑った。自分も薄く笑い返す。
クリスの長い金髪は高い位置でポニーテールにされ、動きに合わせて大きく揺れる。彼女は玲緒奈をなだめながら壁際に近寄るが、多分それは逆効果だろう。
「ままままま待って待って、はぁあう……かっこよ……かわ……うううう……!」
悲鳴を上げながら座り込んでしまった。玲緒奈が平常時のテンションに戻るには時間がかかりそうだった。
「流磨、いつも君は上下ともLサイズだったよね。靴は?」
「……30」
柳は立ったままふわりと笑った。
「よっしゃー!」
柳への回答のはずだが、何故か梨花が返事をして棚裏へ入る。意識の外だったが、この写真部の部室には少なくない人数の部員たちが活動していた。どうやら衣装係らしき一名が、慌ただしく何かを探しに行ったのが見えた。
「なんでそんなこと聞くんだ? ……てかシノ、お前もなんか……」
悪い予感がする。背後からチェン・ユエンが現れた。長身が撮影機材のライトを背にして、大きく濃い影を作っている。
「お、シノ! 似合ってるなー、警察官か?」
柳は全身が落ち着いたダークトーンになっている、警察官の衣装を着させられていた。所々がデフォルメされており、正規の日本警察の制服とはやや違ってエレガントである。
元々の真面目な雰囲気に優しげな面持ちが合わさり、その衣装と妙にマッチしている。元々顔がいいので何を着ても似合うだろうが。
「そういうユエンこそ漢服風の衣装、本当に似合ってるよ。アメリカでも仮装とかしたの?」
「あー、おれの学校はあんまそういうのなかったな。仲間内でならふざけて色々、電脳世界上で着せ替えしあったりしたけど」
チェン・ユエンは中国系であるらしい。アメリカで生まれ育ったのだからほぼアメリカ人と言って良いのだが、彼自身はそのルーツを楽しんでいることが見受けられた。いつも使用している小物や服装に、そのような装飾がある。
現在身を包んでいる衣装は、裾が長くて赤と金色の刺繍に彩られた、まさに王道中の王道・中華コスプレといったところだろう。つるつるとした布の光沢が筋肉に覆われた肉体を強調しているかのようだった。
「さて、清宮流磨くん」
突然に両肩を掴まれる。
「……は? んだよ、急に……」
どうもこいつの距離の詰めかたは嫌いだ。しかし、柳も共に一歩、二歩と近づいてくる。この瞬間、悪い予感は的中していたことを悟った。
「逃さないでね、ユエン」
腕を後ろで組んだ柳は、いつもの調子であるにもかかわらず、厳しい警察官の命令であるかのようにことの始まりを告げた。
「え、ちょ……待てって、おい!」
「はいはい、どーどーどー」
流磨はユエンに押されて更衣室ブースに押し込まれ、何が何だかわからないままにさまざまな服を当てがわれ、着替えさせられた。
◇
「うわ、引く程似合うね流磨」
クリスは今度は、古き良き応援団の長ランを着こなしている。女子としては長身であるが、さすがにその肩幅や袖口には余りが見えた。
「ここに辿り着くまでに何着着たかもわからねえ……」
「ふぅん、ご苦労様」
最終的に海賊の衣装を纏ったとき、流磨にはこの服装が一番良いということになったらしい。
ようやく解放され、ヘアメイク係に粉を叩かれている柳とユエンを眺めながら、撮影ブース端の折り畳みチェアが置かれた一角で項垂れている。
「私さっき撮影した分で、あともう1バリエーション……れおちゃん平気?」
「ごめんねクリスちゃん……あの、私ほんと、ムリ」
妹はたっぷりのパニエが入ったフリフリの何かを着ていた。目が大きくぱっちりとしており、全体の印象と完全に合致した衣装は似合っているといえるが、頑なにクリスに顔を見せようとはしなかった。多分これはあれだ。クリスの何かが玲緒奈のツボに入ってしまったのだろう。
「あの……れおちゃん、私何かした?」
「わ、私が悪いのぉ……! クリスちゃんはそのままでいて……」
近づくと腕を目一杯伸ばして距離を保つ。間違いないな、これは。
「クリス、多分これは悪い方のやつじゃない。……似合ってるってこと、だろ? れお」
玲緒奈はこくこくと頷き続ける。クリスは一応納得はしたようで、腰に手を当てて立ち上がった。
「これでうちのチームの仕事は終わるね! 流磨、あんたにはみっちり撮られてもらうから」
「何なんだそれ?」
「……あんた覚えてないの?! こーなったの、あんたのせいなんだけど?!」
クリスは青色の瞳を見開いて怒り出した。服装と相まって、迫力が増している。勘弁してほしい。
「……わりーんだけど、何言われてるかもわからねー! 説明してくれ」
「お兄ちゃん、梨花さんの提案に適当な返事したんでしょ」
玲緒奈は、目元に当てた手の隙間からこちらを見ながら会話に介入した。その指はクリスの方向を視界から隠そうとするように纏まっている。
「夏のチーム結成の記念写真、AからJまでの全部のチーム・サブメンバー・全員集合の撮影を写真部に担当してもらう代わりに学園祭に出展する何かしらに協力するっていう、ネオトラバース部と写真部の伝統行事みたいなものがあるんだって」
伝統、と言うのであれば、これは毎年のことなのだろう。クリスはそこまで言うと、流磨の背後に立った誰かを見た。
「柳が、チームJのコスプレ写真集を作らせてほしいっていう写真部の人の交換条件を、どうにか調整しようとしてたらしいんだけど」
「……あ。」
ようやく思い出した。数日前、流磨は多忙な柳に変わってチームリーダー会議に出席していた。しかし流磨も当日は複数のタスクに相談事も受けており、思考は会議の内容に集中できず途中で生返事をした記憶だけがある。
梨花の反応が妙に嬉しそうだったことに違和感はあったが、その瞬間以外は定例会議の内容と全く同じ会議であったため、いつも通りの会議でいつも通りの資料を流し見て、その確認の内容をすっかり忘れていたのだった。
「もう僕らは撮影終わったから、次は流磨だけど……僕、今回はちょっと怒ることにしたから。流磨のこの悪癖は、チームにとってよくない」
柳の背後からユエンがおもしろそうにこちらを眺めている。流磨は全てを把握すると、柳の微笑みを受けた。
「……悪い、お前の努力を台無しにした」
クリスや玲緒奈、ついでにユエンの方も伺う。
「皆もすまない。俺は人の話を聞いていないことがあるから、多分迷惑はかけるだろうが……改善の努力はする」
クリスや玲緒奈はいつものこと、という笑顔で顔を見合わせていた。
「まあ、この程度ならかわいいもんでしょ。普段頑張ってるから許してあげるよ」
「お兄ちゃんが話聞いてないのは家でのほうが酷いから」
ユエンも軽く肩を上げた。どうやら許しを得られたらしい。
「でも、仕事はしてね。流磨」
「……了解、リーダー」
写真部のメンバーたちはコスプレ好きの梨花と共に、チームJの写真集作成に全力を投じたらしい。その甲斐あって、その年の写真部の展示は大好評を博した。
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