第8話~デート3~
アリイちゃんに勧められた『神サラサラにしますか?』の1巻だけ買った。アリイちゃんは、『せめて、5巻まで買いましょう、1巻だけでは続きが気になって深夜しか眠れなくなるし、勧めてくれたわたしのことしか考えられなくしますよ』と謎の売り文句でとても勧めてきた。売り文句としては弱いような気がするけども。オレの金銭事情もあるし、オレに合うかどうかわからないマンガを5巻も一気に買うのは怖かった。オレとしてはお金があれば5巻一気にでもよかったのだが、まぁ、引越してけっこう経つけど、あれこれ、買い足したい物がまだまだある。『とりあえず、1巻だけ買うね』と普段は5の倍数巻数買っている事情と今回の妥協案を提案して納得してもらった。
「マンガも蒼空先輩に布教できたし、満足、満足〜」
本屋を出て、『さっきのB16の表紙の件で、カフェに寄ろうか?』と聞いたが、『もういいです』とアリイちゃんは答えた。おそらく、オレに『神サラサラにしますか?』を勧めたことがよほど嬉しいのだろう。アリイちゃんは本当に満足そうだった。でも、オレ的には、どうして、アリイちゃんがB16の表紙を見て動揺したのか気になった。やっぱり、服見るの終わったら、聞こう。
これでは、何の為にメトロに揺られて市内のここまで来たのかわからない。マンガを勧めるのが目的であれば、それこそ集合場所だった駅の近くのショッピングモールで大丈夫だろう。というか、やっぱり、なんかメトロってかっこいい。
本屋から移動しはじめた。
「もしかして、そのマンガの布教の為にここまで……?」
「あぁ、違います違います。本来の目的は、文化祭の男女衣装交換カフェの衣装の買い物で、男の人の服を買いに来たのです」
「それはさっきも言ったけど、こういうラフな格好だよ、いや、まぁ、オレの服装はオシャレじゃないですけど」
「それは、まぁ、蒼空先輩は、うん、ですけど。その……、蒼空先輩は、デートでもラフな格好なんですか? フリルのついた服を着たりしないんですか?」
「フリル? アリイちゃん、やっぱり面白いね。男性はフリルはよほどのことがないとつけないよ」
「えーでも、先輩がさっき見たいって言ったB16の近くに置いてあった雑誌の中をちらっと見ましたけど、『男でもギャップを狙って、手首にフリルつけてみよう』っていう記事もありましたよ? ギャップ萌えさせてどうするつもりですか? 女の子を手玉に取るつもりですか?」
「いや、オレは……」
「言い淀みましたね? やっぱり、蒼空先輩も彼女いたとしても、他の女の子のことばっかり見るんだ。見損ないました。蒼空先輩は罰として、今日はわたしのいうことを絶対聞くこと!! ヒミコさんに告げ口されたくなかったら!!」
「はぁ、もう好きにしてくれ」
ここで『そうではない』と否定するのもなにか違うような気がする。彼女はいたことがないから、何とも言えないのだが、誰もが振り向くようなすごくかわいい系やきれい系であったり、ふとした仕草が艶やかな女の子がいたら、一瞬、視線はそっちに行くと思う。アリイちゃんは確かに、オレの主観ではかわいい部類だ。部類というか、ふつうにかわいい。でも、世の同い年前後の日本人、皆が皆、アリイちゃんの顔を好きかと言えば、そこはわかれるだろう。性格に関してはノーコメントだ。そもそも日本人、皆から好かれてる人はいないだろう。
今度は、アリイちゃんが『ぷぅ〜』と頬を膨らませた。この『ぷぅ~』とさっきの『む~』の違いは何かと言えば、頬の膨らませ具合だろう。『ぷぅ~』の方が膨らんでいる。
「蒼空先輩のバカ、ツッコむところ、ふんだんに、とても、とてもふんだんに盛り込んだのに……、盛り込んだのに……、どうしてツッコんでくれないの!! とりあえず、あの服屋さん行きますよ」
「はい」
一応、年齢的にはオレが先輩だし、生物学的にもだんなのだが……、これではどちらが先輩で、どちらが男性なのかがわかりにくくなってきた。アリイちゃんと、一緒に9時30分からずっと過ごして、わかることがある。かなり面倒見がいいし、時折見せる女の子の一面にキュンとすることがある。目の前のけっこう高そうなレディースの服屋に入った。……、なんか彼女の買い物に付き合ってる彼氏みたいだな。いや、まぁ、彼女の買い物に付き合っている予定だったけど、なんかオレの予定を優先されている。
「蒼空先輩!! この服、蒼空先輩に絶対に、似合います!! 文化祭の先輩の女装はこれで行きましょ!! でも、試着はできませんね」
アリイちゃんがオレに勧めてくれたのは、地雷系のようなゴスロリのような服装だ。いや、どちらかというとアリイちゃんに似合いそうな……。アリイちゃんに地雷系やゴスロリが似合うのか? 今日の格好だけ見れば、高校生らしく量産型っぽい。そこまで深い付き合いはしてないけど、メンヘラの雰囲気はない。……、かわいいアリイちゃんが地雷系を着てるところを見たい気もする。そういうただの妄想なのだろうか。少し、いや、けっこう妄想で終わらせたくないと思うオレもいる。もしかしたら、オレが同じ服でアリイちゃんにプレゼントしたら、今度遊ぶ時着てくれるのでは……? もしかしたら、家を出てオレとの待ち合わせ場所までも地雷系の服だから、かわいいアリイちゃんだ、他の男の人が声をかけるかもしれない。いや、その子はこの後、オレと遊ぶんだぞ!!
「ア……」
思わず妄想の中のナンパ師に『アリイちゃんと遊ぶのはオレだ!!』と文句言うのを現実で声に出すところだった。
アリイちゃんが店員のお姉さんに『これのXLとかあります?』と聞いていた。オレと衣装を一緒に買いに行ってくれそうなのは、アリイちゃんかヒミコさんだ。もしかしたら、船原さんあたりも、『転校せーい、買いに行こうぜ~』とか言って誘ってきそうな気もする。アリイちゃんが店員さんからXLサイズを受け取って、今からXLがオレにサイズがあってるか合わせた。レジに向かうと、アリイちゃんもついてきた。
「チョーカーはわたしがプレゼントしますね」
「ん? ありがとう」
「……蒼空先輩は今日だけじゃなくて、これからわたしのもの」
「なんか言った?」
「いえ、何も。さて、わたしはどんなカッコウして欲しいですか?」
「あー、萌え袖みたいになるような、ちょっと大きめのとこアリイちゃん似合うんじゃない?」
「結局、蒼空先輩も萌え袖が好きなんですね!! まぁ、わたしも萌え袖には興味ありましたけど」
アリイちゃんに着てほしい服装は、文化祭のことを抜きに考えると、地雷系とかかわいい系だ。しかし、今回は男女衣装交換のため、ダボダボのズボンに彼シャツとか履いてみてほしい。足がすらっと見えるスキニーを今日、履いてきているのでその対極にあると思うから履いてほしいのかもしれない。しかし、さっきからアリイちゃんの口調がご機嫌ナナメだ。
「なぁ、アリイちゃん、なんでそんなに怒ってるの? せっかくの買い物が楽しくなくなるよ?」
「蒼空先輩が悪いんです!!」
「オレが……? その……」
何かしただろうか……? いくら考えても特に思いつかない。
「蒼空先輩がわからないならまだ関西に馴染みきってません!! どんなに話し方とか関西に染ってても」
「えー……」
今日のアリイちゃんの言動を思い返すと、少しツンデレっぽい。けど、それではないだろう。でも、それ以外に思いつかない。
「わかんないなら、コークフロート奢るので許します!!」
「オレが奢るんちゃうかい」
思わず慣れない関西弁でツッコんだ。アリイちゃんは嫌な顔をするかと思った。実際は、オレの反応を見て満面の笑みを浮かべた。思わず、オレはつぶやいた。
「ヤバッ……」
満面の笑みのままアリイちゃんは言葉を続けた。
「何がヤバいんですか?」
「あ、あー、いや、それよりもさ、アリイちゃんの文化祭の衣装買いに行こ!!」
「そうですねーダボダボの彼シャツ、彼シャツ〜」
アリイちゃんは独自の鼻歌を歌いながら、オレと庶民の味方のアパレル店に入った。朝から何度も思ってることなんだが、これってデートなのでは? と思ってしまう。アリイちゃんはデートだと思っていないはず。きっと、異性の友だちが少ないので、先輩を頼っているのだろう。
「蒼空先輩って何色のパーカーよく着ます?」
「そこまでオレに合わせなくても……。文化祭の衣装なんだから好きなの選ぼうよ」
「ヒミコさんに言われたい? 今日、私に連れ回されたこと」
「聞かれたらオレからも言うけども? パーカーは無地の薄緑系が好きかなー、実際、持ってるのはグレーだけど」
「ふむー、これとかですかね?」
アリイちゃんはちょうど目の前にあった薄緑色のパーカーを手に取っていた。
「理想はそんな感じかなー、それで何度も着まわして少し色落ちしてくる感じが好きだなぁ」
「なんか、かっこいいこと言うー」
アリイちゃんは『このこのー』と小脇をつついてくる。すごくくすぐったい。
「とりあえず、私はサイズ探します、XLだったら絶対萌え袖になるよねー、で、あとー……」
薄緑色のパーカーを3着取っている。そのままレジに向かおうとしている。え? なんで3着?
「待って、アリイちゃん! なんで3着?」
「『衣装用』、『プライベート用』、もうひとつは秘密です」
用途を教えてもらったが理解ができない。衣装はわかる。プライベートなら自分にあったサイズを買うべきだ。もうひとつは秘密なんだからわからない。
今日は土曜日で学校はなく、完全にオフの日だ。そう、プライベートだ。私服だ。アリイちゃんがけっこう大きめのリュックサックで来てたのは、大量買いする為か。でも、同じ服を3着……? 謎は深まるばかりだ。
アリイちゃんはパーカーが2着入った袋と1つ入っている袋をリュックサックに直した。これも謎だ。わざわざ、袋をわける必要があるのだろうか……?
「さてと、蒼空先輩、そろそろお腹すきません?」
「そういえば、お腹すいてきたな」
時計を見れば12時はとっくに超えていた。もうほぼ13時だ。楽しくてお腹がすくのも忘れていたのか。
エスカレーターで1階まで降りて、フードコートまで降りてきた。この『さんくゆー』には1階に2桁くらい店舗数があるフードコートと3階のレストラン街、外の空気を吸いながら食べることが出来るテラスがあるフードコートがある。
「うーん、ボリュームがあって美味しいのは1階が多いんだけど、やっぱ、けっこう混んでるよね。テラスのフードコートの方行きましょ!!」
アリイちゃんに言われるがまま、3階に向かった。
「おっ」
思わず『おっ』と言ってしまったのは、一部地域では行列ができるほど美味しいけど、ニンニクをたくさん使っていることで有名なフランチャイズの中華料理屋がガラガラであったのだ、
「あー、あの中華料理屋おいしいですよねー!」
「らしいねー」
「まぁ、キスとか粘膜接触しないから、ニンニクくさくてもいいんだし、あそこにしますか」
「なんか、粘膜接触って……」
「エロいって言ったら私の拳が飛びますよ」
アリイちゃんは『拳が飛ぶ』と言ったが、既に殴られていた。
「びでぶー」
「なんで、断末魔なの」
思っていた以上にアリイちゃんが殴るのが痛かったのだ。しかし、そうは言えない。
「ま、まぁ、さておき、頼もうか」
「ですねー、おなかすいたー」
店員さんが元気に機嫌よく『まいど、うちはニンニク多めもチャーハン大盛りも無料だからね!!』と教えてくれた。
「じゃ、餃子定食の餃子にニンニク多めのチャーハン大盛りで」
「私も同じのもうひとつ!!」
「いける?」
「だから、さっきも言ったけど、キスとかしないので大丈夫です!! それともする予定ありました?」
「ないけどさ」
「じゃ、ニンニク臭くても大丈夫です」
オレ的にはニンニクの多さよりも、チャーハンの大盛りが心配だ。注文を受けた威勢のいい店員さんが、『ふぅむ』と考えて、注文が進まない。
「兄ちゃんがチャーハン大盛りなのはいけそうだけどな〜、彼女の方がチャーハン大盛りなのは心配だな」
またもや、アリイちゃんはオレに向かって『む~』と頬を膨らませた。なぜにオレ!?
「アリイちゃん、チャーハンわけようか……?」
「はい、よろこんでー!! お兄さん、注文変更で、私は餃子を1人前だけで!!」
「そんなチャーハンわけられないよ!?」
「おう、兄ちゃん、特別だ!! 少し多めにしとくわ!! その代わり、SNSで食べた的に書いてくれ!! 多めの話はなしで」
アリイちゃんと2人で餃子定食を食べていた。……、食べ始めて気づいたが、あの兄ちゃんやりやがったな、スプーン1本だけだよ。
「え」