第6話~デート1~
「さて、山下さんや」
「はい」
「オレを駅前に呼んでどうするつもりだ?」
「男の人の服って持ってないし、男友達もほぼいないので、せめて男の人がどんな服を着るか知りたいのもあって……」
「あーはいはい。なるほどね。ご覧の通り、こんなラフな格好だよ、いや、でも、オレの服装ってオシャレというか無地のTシャツにカッター羽織ってるだけだしなー」
山下さんはむぅ〜と頬を膨らました。オレと山下さんは、高校のある市の栄えている方の駅前にいる。学校で、『付き合ってください』、厳密には山下さんの言葉不足で色々足らなかったけど、『文化祭の関係の買い物に付き合ってください』という意味の『付き合ってください』と言われて、土曜日の今日、朝9時半に集合した。なお、学校で、山下さんに『付き合ってください』と言われた時に、周りのクラスメイトはかなりざわついていたのを覚えている。まぁ、ちょっとだけ、ほんの少し、気持ちくらいだが、恋愛的な意味の『付き合ってください』を期待していたオレがいたのも事実だけども。
この駅の近くには、大規模なショッピングモールがある。しかし、朝の9時半だとまだショッピングモールすら開いていない。映画館が朝早い上映分が始まって中盤くらいに差し掛かる頃だ。ちなみに、ちょっと寝坊したと思って朝ごはんを抜いてきたのは秘密だ。おそらくだが、このショッピングモールで買い物をしようとオレを誘ったのだろうか? それなら、午後からでもよかったような気がする。
「さて、三条先輩は……いえ、2人きりの時は、蒼空先輩って呼んでもいいですか?」
「ん? いやいやいや、それはちょっと……」
またむぅ〜と頬を膨らました。こいつはこれをすれば、男はイチコロとでも思ってるのか? 確かにすごくかわいいけども。うぅー。
「あぁ、わかったよ」
オレも一応は男だ。かわいい女の子の頬膨らませて『む~』と、拗ねられるのにはイチコロだった。これは、男ならだれでも一発で言うこと聞くよ……というレベルのかわいさだ。それとも山下さん自身がかわいいからだろうか……。
「やった、さすが……。んじゃ、わたしは『アリイ』でよろしくお願いします」
「えっ? キミは山下 美波じゃなかったけ? どこから『アリイ』になるの?」
「いやぁ、本名はそうですけど、そのーTogetherでの名前ですよ!!」
確かに、言われてみれば、山下さんと同じ中学の先輩であるヒミコさんもアリイちゃんと呼んでいたな。それならば、別に特別なことはないか。
「了解、アリイちゃん」
「ちゃんまでつけてくれるんですか!! やった」
さっきから、この子は何に喜んでいるのだろうか? 後輩の女の子で害がなさそうで、もっと仲良くなりたいのなら、敬称の『さん』か『ちゃん』はつけたい。アリイちゃんに関しては、『さん』よりも『ちゃん』のほうが似合いそうだと思った。ふと、ある疑問がオレの中に湧いてきた。駅前から一歩も移動していないのでは?
「ねぇ、アリイちゃん、そろそろ目的地、教えてくれない?」
「電車に乗って市内に出るか? それとも、動物園のついでに市内のショッピングモールに行くか?」
「んー、なんかそんな映画のタイトルあったような……。ん? でも、それって結局、大阪市内に出ない?」
昔、公営だった鉄道会社で急行に乗って1区間乗れば、動物園もあり、ここにあるものよりも大きなショッピングモールがある大阪市内の駅がある。ただ、その駅に行くにはここからだと1度バスか徒歩で昔の公営の鉄道会社まで行くか、地下鉄に乗るかで1本で行ける。なお、地下鉄は前の公営の鉄道会社よりも遠い。そちらに行くなら、確実にバスの方がいい。今いる駅からも大阪市内に行けることは行ける。その場合、乗り換えが2、3回あるのだ。
「あはっ、バレたか。切符は…後で買いますから!! お金返してほしいから!!」
「お金はオレは交通系電子マネーがあるから大丈夫だよ。まぁ、とりあえず、市内行こうか。でも、この鉄道会社からだと、遠回りじゃない? もう少し歩くかバス乗るかしたら、1本で行けることはない?」
「それなら、地下鉄で行きましょう!! やった、蒼空先輩は今日はわたしのもの」
「いや、別にオレは誰のものでもないから……」
そんな会話をしているうちに、オレとアリイちゃんはバスと地下鉄に揺られて、大阪市内に出てきた。初めて知ったけど、この市、地下鉄の始発駅だったんだ。そして、いつの間にかメトロと地下鉄が名前を変えていた。ずっと、他県に住んでいたオレは地下鉄だと思っていた。いや、走っているのはずっと地下だけど。この数日後、なんとなく、『メトロ』の意味を調べたら、フランス語や英語で『地下鉄』という意味らしい。フランス語と英語で厳密には違うのだろうが、素人発音で『メトロ』と同じ発音なのは面白いなと思った。
バスでもメトロでも、すごくアリイちゃんは楽しそうに話をしてくれていた。中学の話や高校での話、後、アリイちゃんの両親の話もちらほらあった。ホント、話題のデパートだなぁと思ってしまった。それに対して、オレはだいたい相槌を打っていた。こういうオレからがっつり話さなくていい関係がいい。でも、もし誰かと恋人になっても、オレから話すことはないのだろうか……。あまり、好き好んで、恋愛マンガは読まない。けど、恋愛マンガに限った話ではないけどもマンガでは受け身のキャラって、基本的にいい人止まりだ。ホントに、もしもの話だけど、アリイちゃんのことを好きになったら、積極的に行くべきなのではないか? でも、積極的に行く、そんなオレが想像できない。幼少期からなんにでも消極的だったんだ。今さら変わる必要なんて……。
「変化に痛みはつきもの」
長いメトロの揺れで心地よくなったのか、横の座席に座って舟をこいでいたアリイちゃんがぼそっとつぶやいた。それはどうやらオレに対してではなく、アリイちゃん自身に言い聞かせているようだ。
バスとメトロに揺られて辿り着いた大阪市。
外に出ると、『もう大都会!!』と思っていたら、『そこまで都会でもなく……』と感動と落胆を同時に味わえると思っていた。改札を出て、出口から出ると建物の大きさに驚いた。まごうことなき都会だ。まぁ、元々いた県の都会に比べると大都会なんだけども。そして、ふと、なんとなく、ちょっとだけ、ほんの少し、気持ち程度、懐かしく感じた。なんなんだろう、この妙な懐かしさは。
「さすが、都会だなぁ」
「え、これでも田舎ですよ?」