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14.裏主人公誕生




 店を壊す勢いで飛び込んできた俺に、店番していた髭面の店主が顔面蒼白となって座っていた椅子から転げ落ちた。



「おじさん! あの鎧! あれをくれっ」



 超高速で何度も何度も背後を突つき回す俺に、腰をさすりながら立ち上がったおっちゃんは相変わらず渋い顔したまま、店の入り口辺りを見た。


 この店は大通りに面している壁がガラスや柱などでできていて、そこに看板商品みたいなものが置かれていた。


 ショーケースのようなものはなく、入ってすぐのところから奥のカウンターまでのすべてが四角い一つの部屋になっていて、壁に武器、その下にはかさばる大きさの武具などが展示されていた。



「兄ちゃん、ちょっと落ち着きなって。そんなに早口でベラベラ喋られたら、何言ってっかわからんだろうが」



 椅子に座り直したおっちゃんが終始しかめっ面で口を尖らせる。なんだか知らないが、肩の上の白猫ちゃんまでそれに応じる形でミャーと鳴いた。



「そんなことはこの際どうでもいいんだよ! おじさん! あの甲冑を今すぐ売ってくれ!」



 周りが見えなくなっている俺はカウンターに両手をつく形でバンバン叩く。

 そんな俺におっちゃんはうんざりしたように額に手を当て、軽く首を振ってから溜息を吐いた。



「……まったく。本当に小うるさいガキだな……」

「いいから早く早く!」

「あぁ、わかったわかった。わかったから落ち着けって……」



 カウンターから出てきたおっちゃんのあとに続いて、俺はガラス壁へと歩いていく。



「兄ちゃん、こいつが欲しいのか?」

「そうそう! それ!」



 人型の木枠に装着されたフルフェイス&フルアーマーな兜と鎧をぺしぺし叩くおっちゃんに、俺は壊れたおもちゃみたいに何度も頷いた。


 その鎧は端的に言えばオーソドックスな作りのものだ。デザインもその辺にいる兵士がつけているようなお世辞にも格好のいいものではない。


 おそらく素材もそこいらにあるようなアイアンでできているだけの、あまり価値の高くない代物だろう。

 しかし、これをフルで装備したら誰が着込んでいるのかまったくわからなくなるような秘匿性の高い一品でもある。


 まさしく、正体を隠したい俺にぴったりの装備品だった。



「見かけによらず、目の付け所はよさそうだな。こいつはうちが取り扱っている中でも結構質のいい甲冑だ。何しろ、兜と鎧合わせて、全部で三万グラーツはするからな」



 そんなことを言いながら、俺のことを値踏みしてくるおっちゃん。

 グラーツというのはこの世界での共通貨幣の名称で、三万というと金貨三枚に相当する金額だった。


 都市や国によって物価が違うから一概には言えないが、金貨一枚あればおそらくど田舎なら一ヶ月は暮らせるのではないだろうか。


 つまり、三万グラーツは三ヶ月分の生活費に相当するということだ。



「高い……」

「まぁ、だろうな。何しろこいつは一級品だからな。兄ちゃんみたいな奴に買える代物じゃないんだよ。わかったらさっさと出直してくるんだな」



 さもバカにしたような態度でニヤニヤするおっちゃん。どうやら先程俺にびっくりさせられたことを根に持っているようだ。



「う~~む」



 一応、なんだか知らないけどお姉ちゃんからお小遣いはもらっている。今月分として、金貨十枚とかアホなくらいの大金をね。


 まぁ、あの人は伯爵家のご令嬢だし、金持ちだからそのぐらい持っててもおかしくはないんだけど、それだったらなぜ、冒険者なんてその日暮らしで危険な仕事をしなければいけないのかということになる。


 普通にご令嬢として伯爵領で優雅な生活を送っていればいいのに。



「解析が完了しました」



 ひたすら腕組みして考え事してたら、ネフィリムが耳打ちしてきた。

 仕組みはわからないが、白猫ちゃんは情報解析や録画だけでなく、組成分析とか色んなことができるらしい。本当に便利な課金アイテムである。



「ん? どうだった?」



 俺たちに興味のなくなったおっちゃんが再びカウンターに戻っていくのを尻目に、小声でネフィリムに応じた。



「素材はただの鉄で魔法金属でもありませんし、魔法付与も施されていないただの量産品ですね。価値もこの国のベースに換算しても千グラーツといったところでしょうか?」

「マジで……? それってただのぼったくりじゃん」

「そうですね。防御力を数値換算しても、おそらくは一〇〇ほどかと」

「一〇〇……」



 性能を数値化してしまえるネフィリムさんにこそ驚いてしまうところだが、この一〇〇という数値、俺が知ってるあの世界に換算しても、やはり初期装備に近い能力と言わざるを得ない。


 何しろ、最強装備の防御力が9999だからな。

 もはやゴミである。

 そんなものをこの店が誇る最高の一品とか言ってしまうあのおっちゃんは……。



「鑑定眼とか真眼とかがまったくないただのぼんくらだよな。てか、本人があれ作ってたとしたら、まさしく無能鍛冶師」

「……ご主人様……聞こえますよ?」



 碧い猫目を細める白猫ちゃんだが、俺はまったく気にしない。



「う~ん。どうしようかなぁ。見たところ安くて正体誤魔化せそうな装備他にないしな」

「ご主人様は、このような形状の装備品を所望しておられるのですか?」

「ん? うん。だって、ギルドの規定だとパーティー組まないと悪党ボコってヒャッホイできないし、ソロでやるにしても、万が一誰かに見られたら面倒でしょ?」

「それは確かにそうですね」


「基本的には正体隠していても、本気出したら大事になるからパーティー組むこともないけど、とりあえず、ああいう身元を隠せてなおかつ見た目がかっこいい装備品が欲しいんだよね。そうすれば、万が一誰かに見られても、『あのかっこいい強者はいったい何者だ!? やっぱりあれだけ強ければ、どこかの国の名だたる英雄に違いない!』的なことができるよね」



 真っ黒い甲冑着てそこら中の敵をボコって大勢の可愛い女の子からキャーキャー言われている姿を想像して一人ニヤける俺。

 そんな俺に白猫ちゃんは軽く溜息を吐いたものの、



「……ご主人様のその思考回路には賛同いたしかねますが、ですが、あまり性能のよくないものでよければ、今貯蔵している素材でこれと似たようなものを作ることはできますが?」

「え……? マジで!? それを早く言ってよ、ネフィリムさん!」

「いえ、聞かれませんでしたし」



 目を瞑ってそっぽを向く白猫ちゃん。俺は俄然やる気になってきた。



「おっしゃ~~! 善は急げだ! 今すぐ作って遊びに行くぞ!」



 興奮のあまりその場で飛び跳ね絶叫を放つ俺。そんな俺に、



「おい、小僧! 買うのか買わねぇのかはっきりしろ!」



 機嫌が悪そうにおっちゃんが叫び返してきた。

 俺は一瞬、きょとんとしたが、すぐに笑顔を浮かべる。



「えへへ。僕にはこのような素晴らしい装備、ちょっと手が出せませんので、また別の機会に伺います」

「はンっ。最初っからそう言やいいんだよ。わかったらとっとと帰んな。クソガキが。商売の邪魔だ」



 ぶそーとしながら頬杖ついて舌打ちするおっちゃんに軽く手を振ってから、俺は店の外に出た。



「ネフィリム」

「はい?」

「あとでこの店の悪評を街中にばら撒いといてくれる? 詐欺には要注意って」

「……ご主人様……」



 呆れる白猫ちゃんを余所に、俺は終始ニヤニヤするだけだった。




◇◆◇




 翌朝。

 いつものようにセシリーお姉ちゃんは、きつ~く、門限やらなんやらを言い含めて出かけていった。


 見送りを済ませた俺はすぐさま与えられている豪奢な自室へと舞い戻ると、絨毯の上に座っていたネフィリムの前で、わくわくを抑えきれずに身体を上下に揺さぶり始めた。



「まだかなまだかな?」

「落ち着いてください。今作っていますので」



 そう。

 ネフィリムさんは昨日の提案を早速実行に移してくれていたのだ。


 昨日の昼間、家に帰るなりすぐさま俺だけ入れる天空城内の生産工房にて、フルフェイスとフルアーマーの二点を作り始めた。

 現時点で行ける地下一階には小規模な生産工房があって、そこで色んなものが作れるようになっている。


 あまりにも大規模なものは別の階層に行かないと作れないようだが、携帯アイテムや武具の類いなら普通に作れるらしい。

 ただし、当然、素材の備蓄がほとんどないので、大したものは作れない。


 今後の冒険で超高級レア素材などが手に入ったら、武具の強化や俺が知っている最強装備を作り上げることも夢ではなかった。


 そんなわけで、俺はネフィリム本体が工房内にある生産ロボを駆使して作ってくれている最高にかっこいい防具が完成するのを、今か今かと待ちわびていたのである。



「――できました。ご主人様」

「きたかっ」



 制御のほとんどを本体に使っていたからか、微動だにしなかった白猫ちゃんが息を吹き返し、てくてく左の方へと歩いていった。


 この部屋は隅の壁にデカいベッドと執務机、家具などが設置されているだけの殺風景な部屋で、部屋中央に高そうな絨毯が敷かれているような一室だった。


 ネフィリムと俺はその中心を注視するかのように遠巻きに佇んだ。

 そして、



「転移させます」



 そうネフィリムが宣言したときだった。

 部屋中央に青白い魔方陣が現出し、部屋中に眩い光が溢れかえった。

 そして、それが完全に消滅したとき、そこにはどす黒い甲冑が現出していたのである。



「でかした! さすが、猫型ロボット。素晴らしい!」



 ネフィリムの分体がなんの素材でできているのかわからないが、ともかく、まるで異次元から取り出したかのようなそれを見て、俺はひたすらニヤニヤしながら白猫ちゃんをもふもふするのであった。



 ――こうして、俺の輝かしい裏主人公伝説は幕を開けた。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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