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第6話 魔王の姦計! だって嗜好品を護りたいもの


 視界の先で、幼体は全身を揺らし、ゼイゼイと苦し気な息をしている。それでも肌全体がビリビリとする嫌な気配を放ち続けているのは変わらない。


 2頭もそれを警戒しているのか、どこか及び腰だ。このまま何もせずに対峙していれば、2頭は幼体をあきらめて逃げ出すかもしれない。


 ――そう思っていたのに。


「ぼくの前に立ちふさがる奴は、ゆるさない!!」


 叫ぶや否や、幼体は地面を力強く蹴り、一瞬で1頭との距離を詰め、反応の遅れた魔獣の眉間に手にした棒切れを鋭く突き出す。攻撃か退避か、迷いの見えた魔獣は避ける事すらできずに「ギャン」と短く鳴いて地面に倒れ伏した。その様子を見ていた最後の1頭は、あっけなくやられた仲間の様子に完全に怯え切っている。腰の引けた様子で、尾を股の間に入れ、後足に巻き付けつつ牙を剥き出して「グルル」と唸り続けている。


 大きな音を立ててやれば、一目散に逃げだして、余計な争いは避けられそうだ。けれど幼体は大きく棒を振り上げると、残る1頭もあっけなく倒してしまった。


「容赦ないな。食う訳でもないのに倒すなんて……」


 無駄に失われた命に虚しさを感じて呟けば、ようやくこちらの気配に気付いた幼体が心底怯え切った表情を浮かべている。


「てっ……てんし、さまっ……。ぼく、は、いかないんだからっ!!」


 戦いに夢中だった幼体は、わたしの接近に近付いていなかったのだろう。いつの間にか、あと10歩の距離に迫っていたわたしの姿を認めて、攻撃を仕掛けるわけでもなく、強張った表情で、じりじりと後退する。よく見れば、棒切れを強く握りしめすぎた手は爪が真っ白になり、細かに震えている。


「あぁ、そっか」


 ふいに、わたしは理解して呟いた。この幼体は、無慈悲な殺戮者なのではなく、恐れ過ぎるあまり加減が分からない臆病者なんだ……。


「幼体」

「あ、あ、あっ……近付くなよ! こっち来るな!!」


 怯えさせないよう、ゆったりと歩いて近付いて行くのに、幼体は混乱する様子で棒切れをわたしに向けて来る。


「幼体、わたしにそんなモノは意味がない」


 だって、やろうと思えば形の無い瘴気にも戻れるからね。


「てっ……てんしにだってっ、ぼくっ、は、まけないっ!!」

「え」


 ぼっ


 鋭く突き出された棒の先端が、わたしの身体を作る瘴気の一部を霧散させる。ヒトの部分で言うなら「頭」だ。驚いた、まさか一瞬で頭が瘴気に戻るような衝撃を与えて来るなんて。普通の生き物だったら瞬殺されてたわ。やっぱりこの幼体はタダモノじゃない。


 感心しつつ、一瞬で欠損箇所を再構築する。頭への正面からの突きで上半身が背後に弾かれた姿勢になっているから、幼体からは、衝撃で仰け反った風に見えている――はず?


「あたまがっ!!! うわぁぁぁっ、無くなったのに、なくなってないぃぃぃっ!!」

「きっ……気のせいじゃないかなぁぁあ? わたしはこの通り何も変わってないし。何も起こってないんじゃないかなぁ?」


 しっかり見られちゃってたよ。けどここで認めたら、ただでさえ臆病なこの幼体は、恐怖でもっともっと凶暴になっちゃうよね!? さっきの魔獣を容赦なく倒し尽くしたのを見たけど、あれはまずい。わたしの食べ物でもある峡谷の魔獣全部をあっという間に殺し尽くしそうだもの!


 ならば、わたしはこの幼体を懐柔しよう。


 食い物を殺し尽くされないように。――魔獣以外も食べられるけれど、嗜好の問題よ。生まれたときから馴染んだ瘴気を纏ったモノの方が好きだから。


 あと、幼体にも、ほんの少しだけ興味がある。わたしに遅れをとらせる、とんでもない殺傷力を持つ、とんでもない臆病者が、どう成長するのか。


「わたしは『てんしさま』じゃないけど、助けられるよ」

「ぼく、を、助けてくれるの?」

「そう。峡谷は魔獣がたくさんいるから、襲われない離れた場所に行こ? 一緒に」

「いっしょ、に……」


 一緒の言葉がよほど嬉しかったのか、幼体はフワリと顔をほころばせる。


 あれ? なんだろう、この変化。こちらまで釣られる不思議な……あたたかさ?


「ありがとう!!」


 力強く明るい言葉が、わたしの中に妙に染み込む気がして……。


「これから一緒だね」


 言いながらふと気付けば、わたしも幼体と同じくほころんだ表情になっていた。

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