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第4話 運命の出会い! 魔王が天使と呼ばれるとは……


 抜けるような青空に、黄金色の蜘蛛糸のような繊細な髪が、幾筋も波打ってふわふわと宙を舞う。


「ちちちっ、ちちゅ、ちち(ひとの髪は、そんな自由に空中をさまよわないよ)」

「ぴゅいっ、ぴぴぴ(海の中の草みたい)」


 樹海の中ほどまでやって来ると、魔獣になっていない動物や鳥を見掛けることも多い。今日は、そんな彼らに『ひと』のことを聞きたくて、足を延ばしてみたのだ。


 わたしが過ごしている峡谷はもちろん、樹海で『ひと』を見掛けることはまず無い。見たとしても、冷たくなってしまっているモノがほとんどで、動くモノに出会うなど、ごくごくまれだ。だから樹海と『ひと』の居るところを行き来する鳥や動物に話を聞くのが、このところの楽しみになっていたりする。


「うぇぇっ、じっと下げておかなきゃいけないの!? こんないっぱい筋に分けたものを、ずーっと下げるように気を遣うなんて……『ひと』って凄いことしてるのね」


「こうかなぁ?」と鳥たちの言葉通りにシュバッと勢い良く髪を下げれば、黄金色の真っ直ぐな針金が地面に突き刺さらんばかりの形になった。


「ぴぴ、ぴゅ(水から上がった毛長牛(ヤク)みたい)」

「ちちちち(ひとの髪も広がったり、揺れたりするよ)」

「注文が多いなぁ」


 下に向けていた力を抜けば、また髪は波打ってふわりと広がる。すると、鳥たちはもう一度「分かってないなぁ」と囃し立てて、わたしの頭の上をクルクルと飛び回る。


 ガサ


「なっ……!」


 ふいに、すぐ傍の藪から、今の『わたし』と変わらない大きさの影が現れた。この身体で10歩の距離。見通しの悪い樹海の中とは言え、ここまでの至近距離に近付かれるまで気付かないことなど無かった。谷底ならば、次の瞬間には相手の牙が食い込んでいるくらいの状況だ。


 油断した!? いくら敵の少ない地上だって言っても、そこまで気を抜いたつもりはないのにっ!


 咄嗟に全神経をそちらに集中し、攻撃を迎え撃つ覚悟を決める。――が、頭上の鳥たちは未だ呑気にクルクルと円を描き、陽気に歌い続けている。暢気すぎてこちらの気まで抜けそうになるから、勘弁してほしい。


「てんしさま……? ぼくを迎えに来たの?」


 気配を気取らせぬ、最大級の警戒を抱かせる相手が発した音は、『わたし』と同じ言葉だった。けれど、もっと高音で、どこか曖昧な音の交じる声は、目の前の相手が幼いことを伝えている。


「てんし?」


 知らない言葉を思わず繰り返す。怪訝に目を細めるわたしと同じく、目の前の()()も警戒した視線をこちらに向けて来る。


 幼体は、怯える素振りを見せてはいるが油断はできない。黄金に煌めく瞳を揺るがせることなく、わたしをピタリと見据えて来ているから。こちらの姿が見透かされるような、力に満ちた視線に、数多の生物を屠ってきたわたしに動きを気取らせなかった動きのどちらもが、この幼体を見た目通りのモノでないことを物語っている。


「いやだよ! ぼくはまだ、てんしさまの所へはいかないんだからねっ!!」

「はぁぁ??」


 肩を怒らせ、身体の前に持ってきた両拳を力いっぱい握りしめながら、真っ赤な顔で一気にまくしたてる幼体は、こちらを威嚇したつもりなのだろうか。隙の無い身のこなしのくせに、気の抜ける威嚇を披露されて、こちらの戦意が一気に失せた。


「ぼくはっ! いきのびるんだっ!!」


 言い捨てると、わたしにくるりと背を向けて駆け出し、現れた時と同じように一気に樹海の木々の間に姿を――気配までもを完全に隠してしまった。


「いやいや……生き延びられて良かったって思ってるのは、わたしなんだけど……」


 得体のしれない恐ろしいほどの殺傷能力の片りんを見せつけてきたくせに、あまりにあっけなく立ち去った『ひと』の幼体だった。緊張の糸をここまで張りつめさせられたのは、初めてのことだった。なのに、訳の分からない、あっけない幕引きに、どっと身体が重くなった気がする。


「気が抜けた。――うん……谷にもどって休もう」


 ふぅぅ――――と、大きく息を吐きだしたわたしは、頭の上でうるさく歌い続ける鳥の声が苛立たしくて、ぷるると頭を振る。すると、髪がまた空中を好きに揺蕩いはじめるけれど、下ろす気はおこらない。


 得体の知れない幼体は、高い殺傷力をもつだけでなく、わたしの気力をも奪う恐ろしい相手だったに違いない……多分。





 そうしてわたしは、いつもより早く、まだ太陽の高いうちに谷底の瘴気の中へ戻ろうとした―――が、


「(たすけてっ! 痛いっ、たすけてっ!!!)」


 樹海の奥から微かに響いて来た悲痛な叫びに、戻るのを諦めたのだった。

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