オルファン帝国の危機 浪費家の皇太子妃Ⅱ 皇太子妃の危機とパンデミックの予感
薬草園と治療院を運営しているフロレンティーヌにハインリッヒがもう接近
「次から次へと。
なんで!邪魔ばかりしてくれるんだ」
メディルス公爵は手にした葡萄酒の入ったワイングラスを冷たい床に投げつけた。
パリッ~!
高い砕けた破片が白い床に散らばる。
公爵邸に集まっていた貴族達がけたたましい音のした方向をいっせいに振り向く。
召使があたふたとあわてて手に箒を持ち破片を回収している。
その横で興奮冷めらぬ公爵は巨漢の身体を震わせゼエゼエ息を切らせている。
一気に怒りが爆発した。
眼球が開き入り血走り、口は今にもあらゆるものを飲み込もうとしているかのように大きく開いている。
「くっそ!!
密輸船は摘発されて利益はおじゃんだ。
購入した武器の支払いだけが残されて。
あげく国家予算のむしんだと?」
そうあの密輸はメディルス公爵の指示の元フェレ皇国の高官の間で行われた取引だった。
現場は勿論黒幕だだれかとは知らされず、警察隊の調査も最後の黒幕までは摘発出来なかった。
正確にいうと、大公の関与の疑惑が解けた後、公爵である可能性は確定するも証拠を掴めなかったのだ。
逮捕され送還された現場の責任者も投獄中に心臓発作で死亡した。
おそらくは暗殺と言われている。
「まあメディルス公爵様
密輸の件はせめてトカゲのしっぽきりでなんとかしのげましたし」
隣で公爵派の貴族が慌てて宥めに入る。
「しかしあの抜かりない皇太子には要注意です公爵閣下。
今の皇帝ですら制御しずらいものの皇太子はそれを上回る。
若いうちに潰してしまわないといけないかもしれません」
公爵邸には公爵派の主だった貴族達が集結し、食事会を兼ねた会合を行っていた。
金銭面の援助を受けている者、弱みを握られた者、地位を約束された者いわば子分達だ。
「しかしどうしたら。
あからさまに対抗して皇室に上げ足を取られたらかえって勢力を奪われます」
「フェレ皇国もフェレイデン帝国と一戦を交える大戦には二の足だ。
まあ世界が消滅する可能性のあるからな。」
メディルス公爵は不服そうに投げ出す様に言った。
「公爵閣下。
まずは皇室一派に衝撃を与えるのがいいでしょ
う」
メディルス公爵は興味深そうに今日のグループの中で一番若い子爵の意見に耳をかす。
「で。貴殿はどうすべきと?」
「皇太子妃です。
あの慰問の旅でお二人の距離は親密になっている
でしょう。
事実皇太子は今薬草園にいる皇太子妃の元に時間を作って訪問しています。
あの皇太子妃を我々がいつでも潰せると警告すればいいのでは?
さすがの皇太子も大人しくなるでしょう」
メディルス公爵は二人しかいないかのように、身を乗り出して子爵の方に身体を向け神妙な眼差しで聞き入る。
「で具体的には?」
「全権を私に任せていただけませんか?
皇太子妃を使い皇太子に揺さぶりをかけてみます。」
メディルス公爵は不敵で何をするのかわからない子爵の発言に怒るでもなく、むしろ願ったりかなったりだ。
もし失敗しても若い子爵の暴走と言えばいい。
そう考えてたからだ。
さきほどの怒りはどこかに置き去りにして、今は上機嫌で注ぎなおされた葡萄酒を口に運ぶ。
「いいだろう。
資金はだそう。
いい結果を期待しているぞ」
「ご期待にそえるような結果をご報告いたします」
子爵は確信したように自身たっぷりだ。
公爵が上機嫌になった所で豪華な食事がテーブルにサーブされる。
皆だされた上質の牛肉に驚嘆している。
オルファン帝国は基本的に牛は農耕と運搬に重要な家畜で基本的には肉食されない。
禁止されているわけではなく、どちらかというと倫理的な理由によって食される機会が極めて珍しい。
その肉を食す者のなかで、やたら腕を搔きむしる年配の貴族がいた。
他の者はその行動を無視するか。
無作法なと眉をひそめるだけで、気にさえしていなかった。
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僕はフロレンティーヌの薬草園の予算を通した後、比較的国政も落ち着いていたので頻繁に薬草園に出かけている。
別に何をしに行くでもなく。
施設で駆けずり廻るフロレンティーヌが楽しそうにしているのを見ているだけでよかった。
あの笑顔とやりがいに満ちた顔を見れるのが癒やしになる。
「ねえ。フリップ
さっきのデーターだけど。
安定的に出すにはやはり質の高い薬草の収穫が一番ね」
「あぁ。前回の数値は完璧だった。あの解熱効果で
隣の治療院の子供の発熱が治まったからね。」
この薬草園には広い敷地に治療院を併設していた。
ようやく近郊の貧民に無料で治療しているそうだ。
「ライアンに言っとくわ。」
「アレック。
例の皮膚病の軟膏どんな感じ?」
アレックと呼ばれた研究者はボサボサの髪に無精髭、身なりもシワシワで汚れた白衣を着ている。
「ん…な…もうちょっ…出来る……」
「オッケー」
「セレナ
こないだの新しい消炎薬どうだった?」
「即効果的面。
高かったからいままで試せなくて。
皇太子妃殿下様様で〜す」
「アンリ!
こないだの衛生学の論文の実践啓発プロジェクトしようよ」
「うん。わかったよ」
「妃殿下!この間の抗菌薬と解熱薬の配合が一番効果がよかった。
でも個体差が激しくてね。」
「ん~マリア!体重差で量を調整するか」
「そうですね。副作用も気になるので調整します」
フロレンティーヌはここでは平民の娘のように皆遠慮なく接していて、彼女自身も全く気にしていない。僕にはそんな姿が新鮮だった。
でもでも…。なんだか親しすぎないか?
わかってるのか?皇太子妃だぞ。
とおもわず叫びたくなるのを言えば怒られるのは確定なので黙り込む。
僕の知らない彼女を知る人がいるのが嫌だ。
自分でも子供っぽく思うけど、本当に嫌だ。
胸の中で何かがジリジリジリジリと蠢くそれに釣られたようにそうしたいと思う前に身体が動いた。
フロレンティーヌの白い小さな手を握って言った。
「フロレンティーヌ
たまには息抜きしないとね」
無理やりひっぱって足早に研究所を出ていこうとする僕に困惑しているフロレンティーヌ。
スタスタと部屋を出て建物から出る。
「どうしたの殿下?」
フロレンティーヌが思わず言葉を漏らした。
僕は無言を貫く。
日差しが強いもう暑い夏がやってくる。
フロレンティーヌの柔らかな手を取りながら薬草園の畑を歩く。
研究者が追ってこれないように歩く速度を上げる。
畑では老若男女が薬草の雑草取りと生育の確認だろう。
幾人も作業をしているその姿はどこか誇らしそうだ。
「妃殿下!」
「殿下と妃殿下だ」
僕達を見つけた作業員達は口々に言った。
「フロレンティーヌ様。
こないだの差し入れうまかった」
初老の男が話しかける。
「それは良かった。
また家族で食堂に来て。
待ってるって伝えて」
フロレンティーヌは聞いた事ないくらい大きな声で楽しそうにその男に手を振っている。
僕はあたふたするフロレンティーヌの手を強く握って小川の方へ進む。
きっとフロレンティーヌは何故何故何故って思ってるだろう。
そんなのかまやぁしない。
僕は二人っきりになりたかったから。
薬草の畑の合間を抜け、木々から漏れる日差しで、少し目が眩しい。
目を細めた先に小川が現れた。
澄み切ったた清らかな水が流れ、川底の水草が風に打たれるように揺れている。
小川の冷たさで風が涼しい。
「綺麗だ」
感じたまま自然と口から出た言葉だ。
「でしょ。
薬草園を拡張したら、何故か更に透明度を増して
ね。綺麗な水質じゃないと育たない貴重な薬草
も育成しているのよ
ほら。川の中で揺れているでしょ。
あれも珍しい薬草なのよ。
まだ効能を詳しく調査出来てないけど」
お洒落や美容の話題をするかのようにはしゃぐフロレンティーヌは新鮮だ。
「座ろうか」
研究所を出て、始めてフロレンティーヌの顔をちゃんと見た。
「ええ」
草村に腰をかけた。
並んで小川を眺めている。
キラキラした光が川のせせらぎに反射して揺れている。
どんな高価なダイヤもこの輝きには勝てないだろう。
「殿下と伯母様…」
フロレンティーヌが言いかけた時に。
「ハインリッヒだ」
と話を割って改めさせた。
フロレンティーヌは目を丸くして、ふっと恥ずかしそうに話し始める。
「…ハインリッヒ殿下と伯母様には、勿論皇帝陛下にも感謝しているわ。
だってこんなにやりたい事させてもらって。毎日楽しいわ。
楽しすぎて申し訳ないように思うの。
でも理解してほしい。
絶対に大切な研究なの。
ずっとしたかったけど。
私はフェレイデンの大公女にすぎないし。
うちは豊かだけど湯水のようにお金を使う権利は私にはないわ。
すごく嬉しい」
紅潮する頬が。上がった口角が嬉しい。
「君の論文はすごかったよ。
フェレイデンで賞を総なめにしていたじゃないか」
フロレンティーヌははっとして驚きすぎて身体が固まっている。
「知ってたの?
うちの家族でさえ知らなかったし。
御祖父様御祖母様さえ知らないのに」
僕はすました顔をしてフロレンティーヌを見つめ言う。
「母上が僕の花嫁候補を探していた時にね。
実は君の論文を見て内容が素晴らしいって。
密かに調べさせたんだその書いた研究者を。
君だと知って驚愕していた。
皇太子妃候補は君しかいないって思ったみたい。
国立研究所と治療院を併設して新薬を開発する提案とか。
人口増加と貿易交流における衛生問題と解決。
正直僕は面食らった。けど……。
ちゃんと向き合おうと思ったよ。
母上に感謝しているんだ」
僕はこの結婚を感謝しているというこの言葉だけはフロレンティーヌに伝えないとと強く思った。
フロレンティーヌは恥ずかし中にも困ったような影の宿す複雑な様子だ。
「僕は待ってる。君を待っているよ。
いつまでも…ね」
フロレンティーヌの顔はますますあたふたしたかと思ったら、深い溜息をついて身体を低く崩した。
僕の告白は期待したものではなかったようだ。
でも僕も譲らない。譲れない。
じっとフロレンティーヌの可愛らしい顔を眺めていると。
フロレンティーヌは二人の間に流れる艶っぽい雰囲気が苦手らしく、急に思い立ったようにしゃべりはじめる。
「最近ね。
オルファンで皮膚病が流行っていて。この治療院にも子供の患者がくるの。
アレックが治療の新薬を開発中なの。かゆみは静まるのだけど。
その皮膚病というのが、最初はポツポツした湿疹が出来るのだけど。
そのうち赤黒く変色して百合の様な文様になってね。
すごくかゆいんだって。どうしたら治るのかって治療院でも話題になっているのよ」
「そうなんだ」
「それでね。
薬草の育成なんだけど。
いろんな国で自生する植物も植えているのだけど。寒い地方の物がほしいけど。
育たないのよ。気候が暑すぎて枯れちゃうの。
温室の逆で冷室って造れないかしら?」
研究には貪欲だ。さすが研究者目線だ。
「冷室か。
難しいよね。地下に部屋を作る方法だと、太陽の光がいるからね」
「そうよね。
他に方法はないかしら?」
「なくもないね。
寒い地方なら元々そんなに日光はいらないんじゃ
ない。
寒い地方から氷を調達出来るから氷室で育てるのもありじゃないか?」
「氷室か。
ありがとう。
それとね。娯楽室すごく好評よ
息抜き出来て発想がドンドン出るって
ありがとうハインリッヒ」
あぁ~~彼女のありがとうシャワーに僕は幸せすぎて溺れそうだった。
次は皮膚病がとんでもない感染症だった?
フロレンティーヌに忍び寄る危機とは?
ご愛読お願い申し上げます。
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感謝!!
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