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見失った自分



それを見た瞬間、驚くあまりすかさず返事した。




『どうしたの?』


『具合が悪いんだけど、家には誰もいないから今すぐ来て。お願い。』




緊急を促す返信が目に映った瞬間、心臓がドクっと低い音を立てた。

『助けて』と書いてあるくらいだから、体調が悪化したのかな。


続いて返信しようと思ったけど、あと30mほどで高速道路の合流地点に到達する。

一度高速に乗ると次の出口まではだいぶ先に。

毎週この道を通っている分、道路状況がよくわかっている。


今のんびりと返信してたら、タップしている間に高速へ突入してしまう。

かと言って、先生の目の前で蓮に電話する訳にもいかないし。



もし、行けないと断った後に病状が悪化したら?

家には誰もいないと言ってるから助けられる人がいない。


でも、先生は先月からサーカスのレアチケットを用意して、今日という日を楽しみにしている。


蓮の体調が心配だけど、先生の気持ちも大切にしたい。

どうしよう……。




私は二者択一の苦しみに板挟みされていた。

車は想像以上のスピードで高速道路へ接近している。


街から離れて行く車。

脳裏に描かれていく蓮との思い出。

事態が急迫している中、気持ちは煽られていく一方。


しかし、普段から蓮の体調を心配していたせいか、この時ばかりは正確な判断力を失っていた。




「車を停めてっ! お願い……」




隣から悲鳴混じりの叫び声が届くと、高梨はスピードを落としてハザードランプを点滅させて車を道路脇へ停車させた。

梓の急変した態度に思わず目を見張る。




「急にどうしたの?」




高梨は暗い影を被って深刻そうに俯いてる梓の膝の上に置いている手を握ろうとするが……。

梓は手が触れる直前に足元に置いていたカバンを強く握りしめた。




「ごめんなさい……」




震えた声で謝罪を伝えると、受け取ったばかりのサーカスのチケットをシートに残して車から飛び出した。




「梓っ……」




高梨が背中から引き止める声は、蓮の事だけしか考えられなくなっている梓の耳に入っていかない。




先生は私を喜ばせる為に今日という日をセッティングしてくれた。

さっきまでは、そんな気持ちに応えてデートを楽しむつもりだった。


それなのに、高速手前で突然送られて来た蓮からのメッセージ。

体調不良を訴える内容と高速道路の一歩手前という切迫した状況によって、私は本来の自分を見失なってしまった。


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