本音
デートの帰りはいつものように近所まで送ってもらった。
煮えきれない気持ちのまま「じゃあ」と言って車から降りようとすると、先生はすかさず私の手をギュッと握った。
ハッとして振り返ると、先生は何かを訴えるような目をしている。
「梓、僕に何か話す事はない?」
「えっ……」
「梓の口から言ってくれるのをずっと待ってたけど……。本当に何もないの?」
「何の話?」
この時、丸1日先生と別れる事しか考えてなかったから、先生が私の頭の中を見透かしてるかと思った。
だから、胸がドキッとした。
「梓は学校で誰かから嫌がらせをされてるんだってね。それをどうして僕に相談しないの?」
「何処でそれを……」
「こんなに大事な話なのに、どうして一番に話さないの? 僕は梓の何の力になってる? これじゃあ、恋人以前に教師としても失格じゃないかな」
「ごめんなさい……。遼くんに迷惑かけたくなくて」
何処から情報が漏れたのかわからない。
いずれにせよ、嫌がらせの根本的な原因は蓮だから言えるはずがない。
仮にそれを明かしたとしても、校長先生達から関係が疑われている間柄上、先生に出来る事は限られている。
「黙ってるだけじゃ思いが伝わらないよ。口にしたら気持ちが楽になる事もある。相手に伝えなきゃいけない話を怠わったり、気を遣い過ぎて一人で塞ぎ込んだり。そこが梓の悪い所だよ」
「うん……。今後は気を付けるね。それじゃあ、私も遼くんに質問したい事があるから聞いてもいい?」
「遠慮せずに言って。何でも聞くから」
「二人で校長室に呼ばれた時、遼くんは教室には二人きりじゃないと言った後、教頭先生に私達以外に誰が居たかという質問に、どうして第三者の名前を挙げなかったの? 嘘でもいいから答えて欲しかったのに……」
心の中に留まっていた事を初めて口にした。
あの時、先生が第三者の名前を即答してくれれば、恋心が一度立ち止まる事はなかったかもしれないから。
あの瞬間は精神的に追い込まれていたから、一刻でも早く温かい衣に包まれたかった。
すると、先生はあの時を思い描くような目で呟くように言った。
「考えてた」
「えっ、考えてた?」
「写真を撮られた時は後夜祭中だったから、校舎から人が出払ってた。嘘で塗り固めた終末に待ち受けてるのは心の負債だから、別の切り抜け方を考えてた」
「……」
「教室で二人きりでいるところに柊が入って来たから、柊の名前を挙げるのも有りかなと思ったけど、人に頼りきるのは間違いかなってね。自分の問題は自分で解決しなきゃいけないから、柊を巻き添えにしたくなかった。……で、最善策を練ってるうちに柊が校長室へ入って来てね」
「そうだったの。私は即答しなかった遼くんを少し誤解してた。ごめんなさい」
校長室での話が今になってしまったけど、初めて先生の想いを聞いて、ようやく蟠りが解けた。
大人には大人の考え方がある。
私はまだ未熟な人間だから、結果ばかりを追い求めていた。
でも、あの時の先生は私の考えを上回るほど慎重に考えていた。
話を聞いてるうちに先生の気持ちを理解しきれていない自分が恥ずかしくなった。
「僕達はお互いがお互いを理解しようとしていなかったのかもしれないね」
先生はそういうと寂しそうな目でふっと微笑んだ。
私は自分の目で見たものだけで判断してしまい、真実を追求しなかった。
ぶつかる努力もせずに楽な道ばかりを選んできたバチが当たったのだろう。
それなのに、私は自分を守る為に先生に嘘ばかりついていたから、心の負債が積もり積もっている。




