入れ替わってしまった心
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「蓮……、お願い。話だけでも聞いて」
ーーある日の学校の放課後。
梓は教室から廊下に出て行く蓮のブレザーの袖をギュッと引っ張り、今にも泣きそうな表情で引き止めた。
始業式の日から聞く耳すら貸さない蓮と二人きりで話し合う為に……。
だが、振り返った蓮はまるで別人のように非情な目をしている。
蓮は手を引き離すと何週間ぶりに口を開いた。
「あれから自分なりに考えたんだ。お前からこれっぽっちも思われない程度なら、自分が頑張る意味なんてない。俺はお前を忘れるから、お前も俺の事なんて忘れろよ。もう金輪際近付かないから」
梓はそう言われると、まるでシャッターが閉ざされてしまったかのように目の前が真っ暗になった。
クリスマスの日に咄嗟に吐き出した言葉が蓮の心を入れ替えてしまうなんて思ってもいなかった。
今まで優しくしてくれた分、甘えていた。
『ごめん』と頭を下げて謝れば、『今回だけだよ』と言って許してくれると思っていた。
でも、実際は幸せだった日をハサミで切り取ってしまったかのように、違う未来が用意されていた。
蓮は最後まで感情を覗かせぬままその場を後にした。
だが、梓は諦められきれない。
廊下を行き交う通行人に目が入らないほど感情的になっていた。
「蓮! 待ってよ……蓮……」
結局、蓮は一度も振り返らなかった。
名前を呼び続ける私の声だけが廊下に響き渡っている。
遠ざかる背中を見ているうちに虚しくなって次々と涙が溢れてきた。
手で顔を覆っていても、周囲の人達が自分に注目してるのがわかる。
だけど、私は周りの状況なんて気にならないほど蓮との決別に胸を痛めていた。
いきなり『俺の事なんて忘れろ』など言われても、頭の中が整理が出来ない。
でも、本当はこれで良かったのかもしれない。
高梨先生と交際を続けていくのなら、蓮と距離を置くのが正解だよね。
ただ、少し巻き戻しをするだけ。
蓮の浮気が発覚して別れたあの頃に戻るだけ。
友達以下の関係に戻るだけ。
そうやって、頭の中で何度も言い聞かせているのに。
蓮の言葉や気持ちを理解しようと思っているのに……。
どうして心は騙されてくれないんだろう。
「梓、大丈夫? ……別の場所で一度落ち着こうか」
教室から二人を一部始終見守っていた紬は、廊下にぺしゃんと直座りしている梓の肩を抱き寄せて屋上前の踊り場へと連れて行った。
梓は階段に座って前屈みになり、溢れ出る涙をハンカチで拭っていると、紬は隣から髪を撫でた。
紬の優しさに思わず梓の肩が揺れる。
「蓮が、俺はお前を忘れるから、お前も俺の事なんて忘れろよって。もう金輪際近付かないからって……」
「うん……」
「私はただクリスマスの日に傷付けてしまった事を謝りたかっただけなのに」
「うん……」
「だけど、伝えられなかった。話すら聞いてもらえなかったよ」
「うん……」
「私、最近おかしいの。蓮とぶつかり合ったあの日から胸が苦しいの。先生の事が頭の中から消えてしまうくらい、毎日蓮の事ばかり考えてる」
「梓、もしかして……」
「どうやら私、蓮が好きみたい。……18年間生きてきた中で今が一番辛い。別れた時はこんなに辛くなかったのに、今は息ができないほど苦しいの」
蓮と心に距離を感じるようになってから、私は自分の気持ちに気付いてしまった。
本当は、気持ちに気付くのが怖かっただけなのかもしれない。
きっと、蓮がやり直したいと言って距離を縮めるようになってから、二度目の恋が始まっていた。
先生とのデートを簡単にすっぽかしちゃうくらい蓮の存在が大きくなっていた。
だから、突き放された瞬間はまるで処刑台に立たされた囚人のような気分に。
紬は肩を震わせながら泣いている梓の頭を手で引き寄せ、自分の肩にもたらせた。
「大丈夫。蓮くんならきっと梓の気持ちを理解してくれる。梓自身が自分の気持ちに気づいた事が、きっとこの間より大きく前進しているはずだよ」
「そうかな……」
「二人はたっぷり積み重ねてきた思い出があるから、関係は簡単に崩れないと思う。だから、今日はゆっくり休んでまた明日から頑張ろうよ」
さっきまではどうしようもないくらい落ち込んでいたけど、親友という心強い存在に救われた。
紬は蓮との関係が崩壊しないと信じている。




