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虫の皇  作者: ムルコラカ
9/11

歯止め

 それからは、まさに快進撃だった。


 領主を斃し、バードウォールの街を解放した俺たちは、すぐさま他の地域へ進軍した。


 まだ終わりでは無い。国王を斃してこの国を根底からひっくり返さない限り、真の安息は訪れない。


 その意識が全員に浸透して、士気は下がるどころか益々高まる一方だった。


 俺たちは、街という街を襲ってはそこを“解放”していった。


 その度に、味方も増えた。これまで奪われるばかりだった人々が爆発させた怒りを、阻める者など存在しなかった。


 人が増えすぎた所為で食料に不足が出る、という弊害も生じたが大した問題では無い。


 食料は、その地域の領主が貯め込んでいた物資を奪えば大抵賄えたし、それでも足りなければ市民に供出させれば済む話だからだ。


 何せ俺たちは『解放軍』。主権を国民の手に取り戻す為に存在する正義の軍団なのだ。その俺たちに対し、国民が支援を行うのは当然に決まっている。


 接収とカンパで兵站の問題を解決した俺たちに、最早敵は居ない。


 増えに増え、万を超した『解放軍』はついに国王の膝下、王都にまで至った。


 国王側も、ここを最後の砦としてあらゆる戦力を結集させ、決戦への備えを盤石にしていた。


 戦いは熾烈を極め、お互いに数多くの犠牲を出した。


 しかし、それもいつまでも続かない。拮抗した戦局は、唐突に流れが傾き、勝敗が決まる。


 俺を基点にした攻勢を繰り返したことによって、敵の重厚な守りがついに崩れ、解放軍の刃はついに王城を捉えた。豪華絢爛な大広間は血と死体で埋まり、荘厳な玉座の間は王族の墓場となった。


 俺たちは、勝ったのだ。


 この国は滅び、貴族たちの支配はついに終りを迎えた。


 目的を達成した喜びに解放軍の全てが酔い痴れ、国中が報せに沸いた。


 これからは明るい未来が来る。誰もがそんな安心感に浸る中、俺だけは冷静に今後を見据えていた。


 まだ、終わりじゃない。隣国ウードラッドは、この国との戦争の為に軍備を整えている筈だ。この国の体制が崩れた今、ウードラッドが侵略してくる可能性は非常に高い。


 上等だ。俺の使命は、この世界の解放。ならば当然、隣国だけでなく全ての国々をここと同じように解放していかなければならない。


 やってやろうじゃないか。王城のバルコニーに登り、夜通し行われている解放軍の祝宴を眼下に眺めながら、俺は決意を新たにしていた。


 だが――


「もう、ここまでにして下さい」


 それに、水を浴びせる声があった。


「この国は滅びました。みんなの望みは果たされたんです。これ以上、戦いを続ける必要はどこにも無いでしょう?」


 震える身体で、目に怯えを滲ませて、それでもしっかりと俺を見据えながら、ジャクリーンは言った。


「……なんでだジャクリーン? まだ気を抜くわけにはいかないんだぞ。隣国は……」


「ウードラッドとはまず交渉するべきです! 戦争は最後の手段にして! そうじゃないと、いつまでもこんなことは続けていけません!」


 俺はジャクリーンが何を言いたいのか分からず、眉をひそめた。


「苦しんでいるのはこの国の民衆だけじゃないんだ。俺は、世界のすべてを救わなければならない」


「ええ、ここまでやった以上、あなたには責任があります! 新しい国の主になって、私達を導くという責任が! でもそれは、ずっと戦争ばかりして良いということじゃありません!」


 ジャクリーンは哀しみすら浮かべて、強く俺を睨みつける。


「気付かなかったんですか!? 街の人々が私達を見る目付き! みんな、私達を恐れて、憎んでいました! 私達があの人達の食べ物や持ち物を奪ったり、家を壊したりしたからです!」


 確かに、そういう事例もあった。非協力的な住民に対し、領主に与していると見なして容赦ない処罰をするというケースが。しかし、それは仕方のないことだった。


「ジャクリーン、お前も分かっているだろう? 俺たちには物資が必要だった。みんなを解放する為にな。解放軍は、彼らに援助をお願いしただけだ」


「あんなのは援助じゃありません! ただの略奪です!」


「……なんだと?」


 俺は初めて、ジャクリーンに不穏な感情を抱いた。自分でも、驚くほどの勢いでそれが膨らんでいく。


「俺たちは、民衆を苦しめる国王や貴族を倒す為に立ち上がったんだぞ? その俺たちに、他の連中が協力するのは当然のことじゃないか」


「違います! 私達がやったことは、この国がしてきたことと同じです!」


 ジャクリーンは切羽詰まった表情で俺に詰め寄った。瞳の中で、俺の無表情な顔がゆらゆらと揺れている。


「お願い光夜さん! まだ引き返せます! ここで終わりにしましょう! さもないと、私達の行き着く先は――」


「うるさいっ!!!」


 ――気付いたら、俺はジャクリーンを床に押し倒していた。はだけた衣服から、彼女の豊かな胸部が露わになる。外から差し込む星の光が、白い四肢を艷やかに照らしていた。


「光夜さん、やめ……!」


「俺に、指図をするなァァァ!!」


 ――そして、俺は事に及んだ。泣き叫ぶジャクリーンの悲鳴が頭の中でこだまする中、俺は本能に任せて望みを果たした。身体の中で滾りに滾った欲望を吐き出し尽くすまで、何度も何度も……。


「……ジャクリーン?」


 頭が冷えた後、俺は裸のジャクリーンにそっと声をかけた。彼女の目は、もう何も移していない。脱力しきった四肢がだらしなく投げ出され、上下に動くこともなくなった胸が星の光にただ浮かんでいる。


 ジャクリーンは、死んでいた。

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