こうなりゃとことんやってやる!
――死んでる。
その言葉の意味を、俺はもう一度脳内で咀嚼する。
「死んでるって、まさかそいつがか……?」
念のために確認すると、しゃがんでオバルの様子を見ていた村人が青い顔で振り返った。
「そうだよ! 首が変な方向に曲がって、目を剥いて舌まで出してやがる! 息だってしてねえ! 間違いなく死んでるんだよ!!」
村人が脇にどき、倒れたままピクリとも動かない小太りの男が目に映る。
脈を測るまでもなく、一目瞭然だった。オバルは、間違いなく事切れていた。
「なんてこった……! こりゃ大事だぞ!」
「反逆行為とみなされる……! このことが領主に知れたら、俺たちは終わりだ!」
「ああくそ、どうすりゃ良いんだ……!?」
歓喜から一転、村の空気はたちまち暗雲に包まれた。
だが絶望に駆られる村人たちと対照的に、俺は自分でも奇妙なほど落ち着いていた。人を殺したという罪悪感さえもなく、冷えた頭の中で思考だけが回り続ける。
「光夜さん……!」
「大丈夫だジャクリーン、俺にはこの先の考えがある」
不安そうにこちらを覗き込むジャクリーンに、微笑んで見せる余裕すらあった。
「みんな、聞いてくれ!!」
村人たちに向き直り、俺は声を張り上げる。そして全員の注目が集まったことを確認すると、俺は一世一代の大演説を始めた。
「俺たちは今日、イナゴの襲来という致命的な災害に遭遇した! 大切な麦を尽く喰われ、自分たちが今季を越す分さえも賄えない!」
大仰な身振り手振りを交えて、俺はとうとうと語ってゆく。村人たちは、誰も彼もが引き寄せられるように俺を見ていた。掴みはバッチリだ。
「ところがどうだ! 領主の奴はそれでもお構いなしに税を納めろと言う! 俺たちが飢えようと知ったことじゃないと言わんばかりにな! それも、貴族どもの身勝手な戦争の為にだ!」
ウンウン、と頷いている者がちらほらと出てきた。流れの良さに、思わず口が緩みそうになる。
「このオバルとかって役人を見ても分かるだろう!? 貴族どもは、俺たちのことなんかまるで考えちゃいない! 搾り取るだけ搾り取って、ゴミのように捨てる気でいるんだ! 税を納める代わりに民を守る? 俺たちを? はっ! 奴らは俺たちを守るどころか、ジャクリーンを拐って残りは始末しようとした! 何が領主だ、何が貴族だ! テメェらのことしか考えてねえカスどもに、これ以上従う必要はどこにも無い!!」
隣で息を呑む気配がした。ジャクリーンが、恐れの混じった眼差しで俺を見ている。だが他の村人たちは、俺の言葉を受けて熱に浮かされたように賛同の声を上げた。
「おう! その通りだ! あの野郎ども、いつもいつも無茶ばかり言いやがって!」
「俺たちの暮らしを守ろうともしない連中に、いつまでも好き勝手させてられっか!」
「光夜の言う通りだ! こいつらは、当然の報いを受けただけだ!」
さあ、ここが一番肝心だ。熱狂の渦を巻き起こす村人たちに、俺は最高に魅力的な提案を告げる。
「みんな、今こそ立ち上がる時だ! 権力者どもの横暴を、俺たちの手で終わらせてやろうじゃないか! 貴族どもの世を終わらせて、弱い者が虐げられることが無い素晴らしい未来を手に入れようぜ!!」
「うおおおおおお!!!」
「待って――!!」
最高潮に達しようとした村人たちの意気に、ジャクリーンがストップを掛けた。
「ダメですよみんな! 冷静になって下さい! 相手は貴族なんですよ!? 戦おうなんて無謀過ぎます! 私達は数だって少ないし、武器も無い! どう考えたって勝てる筈が無いじゃないですか! だから――!」
「だからこのまま黙って大人しく殺されるのを待てってのか!? 冗談じゃねーよジャクリーン!」
「――っ!?」
冷静な観点からみんなを抑えようとしたジャクリーンだが、既に心の閾値を超えた村人たちには通じなかった。ひとりが反論するのを皮切りに、次々とブーイングが上がる。誰も、ジャクリーンのように冷静な意見なんて求めちゃいない。村人全員から愛されているジャクリーンであっても、ここまでくると説得は不可能だった。もう、理屈では無いんだ。
「ジャクリーン」
怯えるジャクリーンに、俺は努めて優しく声をかける。
「ここまで来たら、もう止められない」
「光夜さん……!」
「お前も分かっているんだろう? 俺たちに残された道は、二つにひとつ。このまま何もせず、ただ滅びるのを待つか。それとも生命を懸けて立ち上がり、俺たちを縛り付けるものを取り除くか」
「それは……っ!」
「なぁに、大丈夫だ。俺には勝算がある。じゃなきゃ、こんな提案はしねーよ。それに、俺は元々この為にこの世界に来たんだ」
「えっ……?」
困惑するジャクリーンに、俺はただウィンクを返した。
「――さあみんな、鋤でも鍬でも何でもいい! 武器になるものを取れ! そして俺たちの戦いを始めよう! 弱者解放の戦いを! みんな、俺に付いて来い!!」
「オオオオオーーーッ!!!」
俺の号令に、ジャクリーン以外の村人たちが異口同音に答えた。