横暴な要求
「ジャクリーン、待てよ!」
呼び止めてもジャクリーンは足を緩めない。俺は仕方なく彼女の後を追った。
ファント村は小さい。人口はせいぜい五十人前後だ。だから見慣れない人物が居るとすぐに分かった。
村の広場に、数人の兵士たちと彼らを従える役人のような男が立っていた。その足元にひれ伏して身体を震わせている小柄な男がもうひとり。彼が村長にしてジャクリーンの父親、イグバートだ。
ジャクリーンは、彼らから少し離れたところで足を止め、息を詰めて様子を窺っていた。
「村長殿、困りますなぁ~。あまり笑えない冗談を言われては」
すがめですきっ歯、小太りのチビという如何にも小物感溢れるその役人は、これみよがしに深々とため息を吐き、厭味ったらしげに首を振った。
「我々も遊びで来ているのではないのです。規定の大麦、ちゃんと耳揃えて払って頂きましょうか」
「そ、そうは仰られましても……! 抜き差しならない事態が起こったと言いますか、我々にとっても実に痛恨の至りなのですが……!」
尊大に構える役人に対し、村長イグバートはひたすら畏まった態度で答える。
「言い訳は聞きませんよォ? 今日、領主様から布令が下されたのです。隣国ウードラッドとの戦争が決まった為、今季の税を急ぎ徴収せよ……とね。それでわざわざ、このオバル徴税使が直々に出向いてあげたのです」
ジロリと薄くなった村長の頭部を睨め付け、オバルという小太り役人が居丈高に言った。
「別に臨時で新たな課税をしようって話じゃないんです。これまで通りに、納めるべきものを納めてくれればそれで良いんですよ。こんな臭くてちっぽけな村、生産量なんてたかが知れてますからね。領主様の賢明にして慈悲深いお心に感謝するべきですよ」
「も、もちろんでございます! 私どもとしても、ご上意には従うべきと存じておりますが、その……。何分、いざ収穫という時になって、突然彼方よりイナゴの大群が現れまして……!」
「イナゴぉ? イナゴがどうしたっていうんです? まさか、納めるべき大麦を全て喰われたとか言うつもりじゃないでしょうねぇ?」
ずい、とオバルは身体ごと乗り出してイグバートを威圧する。俺からすれば、その仕草はあまりにも滑稽で失笑ものだったが、権威と権力に弱い村長には効果てきめんなようだ。
「も、も、も……! 申し訳ございません……っ! その、通りなのでございます……!」
枯れた喉から絞り出すように、やっとのことでイグバートはそれだけを告げた。
「はっ! ダメダメダ~メっ! 税を納めないなんて許しませんよォ! 大麦を失ったなら、それに代わるものを支払いなさい! 今すぐ、さあ!」
「ど、どうかお時間を下さいませ! 必ず、必ずやお求めの分の税をご用意致しますから! あと、数日のお時間さえ頂ければ……!」
「あ、あのっ! 私からもお願いします! どうかしばらく待って下さいっ!」
ついに耐えられなくなったのか、それまで黙って成り行きを見守っていたジャクリーンが村長とオバルの間に割って入った。
「あっ、こらジャクリーン! 出てきてはいかん!」
「私達だって、税を納めることの大切さは分かっています! 数日待ってさえもらえれば、村の皆で大麦の代わりになるものを調達出来ます! ですからどうか……!」
止める村長を無視して、ジャクリーンは必死に頼み込む。
「ほう」
ジャクリーンを見るオバルの目が細まった。もともとすがめだったこともあって、殆ど閉じてるんじゃないかというくらいに目蓋と目蓋の隙間が狭い。
「美しい娘ですねぇ~。この僻地に、こんな器量良しが居たとは実に意外です、クックック……!」
舌なめずりをしながら、オバルがジャクリーンに手を伸ばす。
「あっ!? な、何を……!?」
「ジャクリーン!」
ジャクリーンと村長が悲鳴を上げる。ジャクリーンの手首を掴んだオバルは、そのまま強引に彼女を引き寄せた。
「税を納められないのなら、代わりにこの娘を質として頂いていきましょうかね。これほどの上玉なのです、きっと領主様もお気に召しましょう」
「あいつ……!」
流石にこれ以上は俺も傍観出来ない。だが、俺が前に出るより先に、周囲から次々と非難の声が上がった。
「おいやめろよ役人、ジャクリーンを離せ!」
「税なら後で納めると言ってるだろ!?」
「いくらなんでも横暴だ! イナゴの被害に遭ったんだぞ! 少しくらい猶予をくれたって良いじゃないか!」
いつの間にか、村中の人間たちが集まってきていたようだ。彼らは一丸となってオバルに抗議し、ジャクリーンの解放を訴えた。いつも明るくて誰にでも別け隔てなく接するジャクリーンは、村人全員から愛されていたのだ。
「ええい、黙りなさい! 薄汚い賤民風情が、領主様の使いであるこの私に意見するなど、思い上がりも甚だしいっ!!」
ジャクリーンを捕まえたままのオバルが、片手を上げて兵士たちに指示を出す。
「お前たち! この者共に立場の違いを教えてやりなさい! ひとりふたりなら斬っても構いません!」
「はっ!」
命令を受けた兵士たちがためらいなく剣を抜く。たとえどれだけ内容が乱暴でも、上からの命令に従うことに疑問を抱かないってことらしい。
「殺れっ!」
号令一下、無慈悲な殺戮者たちが村人の群れに突進する。
――もう、我慢しなくて良いよな?
「がっ!?」
「ぐっ!?」
「げっ!?」
短い悲鳴が連続して、兵士たちの半分がその場に崩れ落ちる。
「な、何事だ!?」
何が起こったのか分からず、困惑するオバルや残りの兵士たち。
俺は、今しがた振り抜いた拳を掲げて高らかに宣言した。
「ちょいと調子に乗りすぎだぜ、テメェらよ」