泣きっ面に追い打ち
ある意味、さっぱりしたと言えるのかも知れない。
畑一面に広がっていた黄茶色の大海原は、もうどこにも存在していない。
代わりに残ったのは、大量の虫の死骸と奴らが食べ散らかした麦穂の残りカス、そしてただ呆然と立ち尽くす俺たちだけだ。
「ああ、麦が……。俺たちの麦が……!」
「どうすりゃ良いんだ……! 領主に税を納める期日は今日までだって言うのに……!」
「おしまいだ……。税が払えないとなったら、もう……」
どいつもこいつも絶望を顔に貼り付けて愚痴をこぼすばかり。誰も善後策なんて考えようとすらしていない。
……いや、それは俺も同じか。
「くそっ……! ちくしょう、なんでなんだよ……!?」
「あの、光夜さんのせいじゃないですよ! 光夜さんは頑張ってくれました! そりゃあ、ここの大麦は全滅しちゃいましたけど……でも! イナゴだって全部駆除出来たじゃないですか! 他所に被害が出るのだけは食い止められたんです! 光夜さんのお陰ですよ!」
「……ここが守れなきゃ意味が無いんだ……! せっかく、力があるっていうのに……!」
ジャクリーンの優しいフォローにも、俺は礼を言う余裕が無かった。
さっきからずっと、どうしてこうなる前にイナゴ共を撃退出来なかったのか、そればかりがぐるぐると頭を巡っている。
女神からもらったチート能力は本物だ。今の俺には、常人には及びもつかない身体能力と魔法の力がある。
だがそれを持ってしても、あれだけの数のイナゴは防げなかった。どうしてだ!?
「……そうか!」
俺はふと気付いた。原因は、数だ。
どだい強くても、ひとりの力では限界がある。目の前に立ち塞がるひとつの障害を取り除くのは容易い。だが、俺の手が届かない範囲は守りきれない。圧倒的な数の力には、個人では抵抗しきれないんだ。
それはきっと、女神から託された使命にも言えること。
圧政を敷く貴族共を倒し、民衆を救う。それにはきっと、民衆自身の決断が必要だ。
イナゴの襲来は思いがけないもので、少なからず気持ちが打ちのめされたが、反面得るものもあった。
これからやることが、見えてきた気がするぜ……!
「みんな、大変だ!!」
頭の中で今後の予定を組み立てていると、村の方から大慌てで誰かがやって来た。
「どうした!?」
「領主の兵がやって来た! 今季の税を取り立てるためにってよ!」
「なんだって!? 普段はこっちから城まで届けに行くじゃないか! なんで今日に限って……!?」
「知らん! とにかく今、村長が奴らの相手をしてる!」
村長、という単語が出て俺は思わずジャクリーンを見た。
彼女は顔を真っ青にして、ガタガタと震えている。
「大変、お父さん……っ!」
「あ、おいジャクリーン!」
俺が呼び止めるのも聞かず、ジャクリーンは弾かれたように駆け出していた。