全てを喰らう者達
「イナゴだ! イナゴの大群だ!!」
誰かが叫んだ。喉が張り裂けんばかりの悲痛な声だった。
それを皮切りに、村人たちが一斉にパニックに陥る。
「冗談だろ!? 今季は前兆なんて無かったのに!」
「まっすぐこっちに向かってくるぞ!」
「みんな、なんでも良いから武器になりそうな物を取れ! 火も燃やせ!」
「人手が足りない! おい、誰か他の連中をかき集めてこい!」
大麦の収穫にあたっていた村人たちが口々に叫び、右往左往していた。その間にも彼方から雲霞のごとく湧いた黒い波は、速度を落とすことなくこっちに迫ってくる。
「イナゴ、だって!? おいジャクリーン、イナゴってまさか……!」
「く、草木を食べ尽くす害虫です! このままじゃ、大麦畑がダメになっちゃいますよ!!」
やはり、俺の世界でもあった『飛蝗現象』らしい。
たしか大型のバッタ類が群れて、集団で移動しながら道中の植物を食い尽くすことをそう言うんだったか? 飛蝗と化したバッタどもは突然変異を起こしていて、普段は食べないような草花まで餌食にするようになり、奴らが通った後には荒れ果てた地面しか残らないとか。
「くそっ、冗談じゃねーぞ! 虫けら風情に、せっかく収穫した大麦を食われてたまるかよ!!」
俺は鎌を投げ捨て、大麦畑から出た。鮮やかな黄茶色の大海原を背に、迫り来る黒い津波に相対する。
近付いてくるにつれて、次第にその解像度が上がってきた。黒い津波を構成するイナゴ共の輪郭がくっきりと形を現し、光を反射する複眼や激しく羽ばたいている翅の動きが見えた。
「うえっ、キモ……!」
グロい光景極まりないが、敵の正体が確かに集まった虫の群れに過ぎないと目視で確認出来た。
こんなの、俺の敵じゃない!
「炎よ、焼き尽くせ! 《バーニング・ウォール》!!」
手をかざし、呪文を詠唱する。すると俺の目の前でボッ、ボッ、と空気が弾けて火の粉が吹き上がり、次いで巨大な炎の壁が出現した。
「さあ、飛んで火に入る夏の虫だぜ! 文字通りな!」
前方広範囲をカバーする炎の壁に、黒い津波が雪崩れ込む。
たちまち津波の色が真っ赤に染まり、ぼとぼとと飛沫が落ちる。火に包まれて撃墜されているのは、言うまでもなくイナゴ共だ。
「はっ、どーだってんだ!」
いくら群れようと所詮は虫だ。魔法で作った重厚な炎の壁の前には為す術がない。前進することしか考えられない狂ったイナゴ共は、次々と自分から火の中に飛び込んで焼け死んでいく。
「いいぞー!」
「さすが、放火魔の光夜だぜ!」
「いよっ、魔法使い!」
村人たちが口々に俺を称える。聞き捨てならない単語もあったような気がするが、今は気にしない。
やっと、俺の魔法を役立てる機会が来たのだ。気分は最高――
「……ん?」
そこで俺は気付いた。衰えたと思った黒い津波の勢いが、また強まってきていることに。
「お、おい――なっ!?」
炎の壁の上から、または端から、新たなイナゴ共が溢れ出て突っ込んできた。
「しまった、範囲外から……!」
俺の《バーニング・ウォール》は、かなりの広域にわたって展開していた筈だ。にも関わらず、コイツらはそれ以上の物量と勢いでそれを凌いできやがった。
「くそっ! 《ファイアボール》! 《ファイアボール》!!」
俺は防衛戦を突破してきたイナゴ共を撃ち落とそうと火の玉で迎撃する。さらに合間合間で新たな炎の壁を作り、今度こそ奴らの勢いを止めようととにかく思いつく限りの手を打った。
だが、ダメだ。あまりにも数が多すぎる。俺がいくら回転率を上げようとしても、コイツらの足を止めることは叶わない。
「うわああああ!!?」
「くそっ、諦めんなああああ!!!」
「俺たちの麦を守るんだあああ!!!」
村人たちも、それぞれが思い思いの農具を構えて必死に加勢するが、焼け石に水だった。
黒い津波が黄茶色の海原に注ぎ込まれる。鮮やかな水面はたちどころに真っ黒に蝕まれ、見る見る消えてゆく。
稲穂や茎に取り付いて一心不乱にそれらを齧るイナゴ共の姿は、飢えた餓鬼の大群に等しく、どうあがいても止める手立ては……無い。
死物狂いで追い払おうとする俺たちをあざ笑うかのように、奴らは全てを貪り尽くしていった。