想像していたのと若干違うぞ!?
俺、百木光夜19歳。高卒バイトの社会底辺。ネットの世界じゃ大体ウジ虫扱いされる人種。
現代社会じゃ使い捨て要員としての価値くらいしかなさそうな俺だが、なんと寝ている間に女神が接触してきて異世界を救ってほしいと頼まれる。しかもチート能力付与の特典つき。
降って湧いた幸運に、もちろん俺は二つ返事でOKした。これでクソッタレな現実を離れ、憧れの異世界ライフを謳歌出来る!
ついに俺の時代がやってきたのだ!
「――と、思っていたんだけどなあ……」
ため息を吐きながら、俺は腰をかがめて目の前の大麦の茎を握り、もう片方の手に持った鎌の刃をあてがってざっくりと刈り取った。
「こっちに来ても、やっぱりバイトみてーな仕事やらされてますよっと」
脇においた草カゴに収穫したばかりの大麦を放り込み、俺はもう一度盛大にため息を吐いた。
ラグネット国の辺境にあるファント村、その外れに広がる一面の大麦畑では、これでもかと言うほどの大麦が穂を実らせており、今日が待ちに待った収穫日だ。
俺はその手伝いとして、朝早くからこうして駆り出されたというワケだ。
「ったく、どうしてこうなった? 最初のフラグ立て間違えたか?」
女神のいた謎の真っ黒空間から飛ばされたと感じた直後、俺は見知らぬ森の中に立っていた。着ている服はそのままで、体調にも特に異変はなく、身体は問題なく動いた。そこまでは想像通りだった。異世界転移のテンプレを忠実に守ったと言える。
が、そこから先が想像とはだいぶ違った。
行けども行けども人っ子一人見当たらず、かと言ってモンスターに遭遇するでもなく、薄暗くて不気味な森の中をただただ無意味に彷徨った。期待していたイベントが何も置きないことにイライラしながら進んでいたら、次第に腹が減って身体も疲れてきた。
とうとうブチ切れた俺は、手をかざして手当たり次第に魔法をぶっ放した。チート能力を与えてくれるという女神の言葉は本当で、火やら雷やらが俺の手のひらから生まれて辺りを焼き払っていくサマは爽快だった。頭の中で思い浮かべたイメージがそのまま実際の現象として発露する、これこそ魔法! 夢にまでみた理想の力を手にしたことで、興奮のあまり一時的にだが空腹感も忘れられた。
だがそれが余計に体力を消耗させたのは確かだ。楽しくなって光線やら瞬間移動やら色々試していた俺は、自分のコンディション悪化に気付かなかった。んで、とうとう限界が来て、目眩と共にぶっ倒れた。
で、気付いたらこの村に担ぎ込まれていたってワケだ。俺の魔法の余波を見たファント村の連中が何事かと様子を見にすっ飛んできて、気絶した俺を発見した。
村長の村で目を覚ました俺は、村人たちに諸々の事情を説明したが、彼らの反応は半信半疑であり、ひとまずは俺にこの村で療養してもらおうということで話をまとめた。
そんで、今に至る。
「まあ、親切な奴らなのは間違いないけどな。普通なら、俺みたいなのは不審者として通報して終わりだろうし」
周りでせっせと麦刈りに勤しむ村人たちの顔は、どれもこれも陰気さがまとわりついていて生気に乏しい。国から掛けられている租税が重く、日々食うや食わずでしのいでいる貧しい連中だ。それにも関わらず、いきなり現れて周囲を焼け野原にしていた俺をすんなり受け入れてくれた。
「こいつらを苦しめている貴族どもをぶっ倒して、世界を救う。それが女神が俺に言った使命とやら、だったよな」
正直、使命だなんだと大仰にされるのは好きじゃないが、いけ好かない体制をひっくり返してやるのは悪くない。そうなりゃ俺は、英雄としてこいつらに語り継がれる立場になるだろう。地位も名誉も思いのままだ。
せっかくもらったチート能力もあるんだし、一日も早くその未来図を実現させたいところだが、ここで焦ってはいけない。まずはこのファント村の連中に、俺の存在をしっかり馴染ませる方が先決だ。物事には順序というものがあるのだ。
というワケで、こうして地味でキツい収穫作業にも手を貸しているのである。本当は村を襲うモンスターでも討伐して俺の力を印象付けたいところだが、残念ながらこの世界にはゴブリンだのオークだのといった雑魚モンスターは居ないらしい。冒険者という職業も無く、当然それを統括する冒険者ギルドも無い。
忌々しいが、地道な肉体労働の積み重ねで信用を得ていくしか無い。
「あ~、でもめんどくせえ。クマとかオオカミとかでも良いから、一気にバアーっと襲いかかってきてくんないもんかね? そうすりゃ俺の魔法で……」
「こらこら、そんなこと言っちゃ駄目ですよ!」
脇から甘ったるいハスキーボイスが聞こえた。
「よう、ジャクリーン。今日も可愛いな!」
ニカッと笑ってチャラ男セリフ。現代に居た頃じゃ絶対に出来なかったことだが、今の俺には余裕である。
「か、可愛いって……! そ、そんなこと言われてもごまかされませんよ! 私は注意してるんですからねっ!」
艷やかで色鮮やかな金色の髪、整った目鼻立ち、小柄な体躯、あと巨乳。全て揃った完璧美少女のジャクリーンが、色白で健康的な頬を赤く染めて俺を睨む。
ジャクリーンは、ここの村長の娘だ。陰気なこの村には似つかわしくないくらい元気で、綺麗で、口達者で、それでいて人懐っこい。負けん気が強い一方で、こうして褒めるとすぐ照れる。
ファント村の中で、俺がもっともよく話す相手だ。
「光夜さんも、もう立派なこの村の一員なんですから! あまり不謹慎なこと言っちゃ、めっ! ですよ! たとえ何も無くたって、地味で平和な毎日が続くのが一番良いんですから!」
あー、あざとい。けど可愛い。アニメとかで見たら『オタクなめんな!』とキレそうなキャラなんだが、こう実際に現物として目の当たりにしてみるとこれはこれで悪くない、と思わせられる。
「地味で平和な毎日ねえ。領主や国王に搾取されるお先真っ暗な毎日、の間違いじゃねーの?」
「贅沢言っちゃダメですよ! この大麦を納めたら、今季の租税は終わりなんですから! 高い税金は、私達を守るために必要なものです! 領主様たちが頑張ってくれてるお陰で、私達はこうして無事に暮らせるんですから!」
ファント村にはあまり通貨が浸透していない。村内での取引は大体が物々交換で事足りるし、都市部に買い出しに行く必要もあまり無いからだ。なのでこの村は、農作物や畜産物で税を納めることとなっている。
今季で言うと、この大麦がそうだ。課せられた税率は、実に収穫量の七割。三公七民が善政だと言われるが、この国では真逆で刈り入れた大麦の大半が領主に吸い上げられてゆく。
ジャクリーンはそれでも弱音を吐かずにこの現実を受け入れているみたいだが、実に盲目的だね。まあ、そこが可愛いんだけど。
しかしまあ、溌剌とこんなことを言えるのはジャクリーンくらいで、他の村人はほぼ全員目が死んでいる。誰もが現状を良しとしているワケではない。
遅かれ早かれ、行動を起こす必要はあるだろうな。女神との約束もあるし。
「今に見てろよジャクリーン。この俺が、必ずお前たちを救ってやるからよ!」
「人の話聞いてませんね!? 私は光夜さんにもっと真面目に働いてくれって……」
ジャクリーンの言葉が尻すぼみになる。彼女は俺じゃなく、遠い目でその後ろを見ていた。
「何だ――いっ!?」
振り返った俺の目に飛び込んで来たのは、空を覆い尽くすような巨大な黒い波だった。