行き着く果て
解放軍は、その後も戦いを続けた。
ウードラッドとの開戦も、苦戦したのは最初の方だけだった。
俺が無双して戦線を押し上げてやれば、後は予定調和のように隣国の崩壊が始まった。
国内で相次ぐ民衆の反乱。特権を放棄して、俺たちの側に寝返る貴族。ウードラッドの実情も、俺たちの国と似たりよったりだったのだ。壊滅の切っ掛けは至る所に転がっており、俺たちが最後のひと押しとなっただけだ。
俺たちはその流れに乗じ、ウードラッドを蹂躙していった。
略奪、いやカンパを要請する回数とその量も、戦いを重ねるごとに爆発的に増えていった。
供出を拒んだ村や街は、容赦なく攻撃対象に指定して滅ぼした。俺たちに付き従った中でも、そんな行為に異を唱える声が上がったが、そちらも即潰した。殺して、奪い、その地を解放する。その崇高な目的に水を差すのは許せるものじゃない。ジャクリーンのように。だから、そいつらだって消去してやったさ。俺たちに楯突く者は、誰であろうと容赦しない。そう、決めたから。
一ヶ月後、ウードラッドの栄華は夢の跡と消えた。
そしてまた、俺たちは次の国へ戦いに赴く。
敵はいくらでも居た。どこにでも存在していた。その度に、解放軍は歓喜に沸いた。彼らは、もっと復讐したいのだ。贅沢を貪る奴らを、俺たちを否定する連中を、徹底的に叩き潰したいのだ。俺にはそれが分かった。そして、深く同調した。俺も同じ気持ちだったから。負け組と言われて塵芥のように扱われた恨みを、世の中にとにかくぶつけたかったから。
俺たちは戦った。どこまでも行った。殺し、奪い、破壊しつくした。俺たちが通った後には、何も残さなかった。それが、痛快だった。
燎原の火のごとく、俺たちの勢いは果てしなく広がり、やがて世界を覆い尽くした。
だが、まだ足りない。まだまだ、もっと殺さなくちゃ。奪わなくちゃ。俺たちの敵を、一匹残らず駆逐しなくちゃ。
それが、俺のしめい――
「良く、使命を果たしてくれました」
「……え?」
気付けば、目の前にいつか見た女が居た。誰だっけと束の間考えて、すぐにそれがあの時俺をこの世界に送った女神だと思い出した。
「あんた、どうしてここに……?」
「分かりませんか?」
女神はさもおかしそうに笑う。その意味が分からなくて、俺はイライラした。そうだ、この女には最初会った時もイライラさせられたんだ。
「用がないなら帰ってくれ。俺には、次の戦いが――」
「いいえ、もう全て終わりました。戦いを続ける必要なんて、どこにも無いんですよ」
「は……?」
「自分の後ろを御覧なさい」
そう言われて、俺は何気なく振り返る。
「え……?」
そこには、地獄絵図が広がっていた。
あちこちで倒れている死体の山。目に映る世界には草木の一本も存在せず、土は荒れ果て、川は干上がりひび割れていた。空は不吉な赤に塗られ、遠くには禿げ上がった山がまるで墓標のようにそびえ立っていた。
「こ、れは……?」
「あなたが辿ってきた道程です。全てを破壊し尽くし、世界全土を荒廃させた、その結果ですよ」
「せかいを、こう……はい……? おれ、が……?」
口から出る声が、まるで自分のものではないかのような錯覚を抱く。
「あなたとあなたが率いてきた者達は、生産をやめ、ひたすら敵を求め続け、消費を加速させて世界の活力を奪い続けました。そしてそれが枯渇した時、お互いがお互いに牙を向いたのです」
女神の説明が、冷えた脳に染み込んでいく。
「喰らうものを探し続け、敵を求め続け、あなたたちはとうとう共食いに至りました。人の憎悪や欲望には際限が無く、それゆえに留まるところを知らない。まるで、蝗のように」
くすくすくす、と女神が喉を鳴らして笑う。
「あなたが世界をそのように導いてくれた結果、世界は滅びを迎えました。ありがとうございます、“地ならし”の役目を忠実に果たしてくれて、深く感謝します」
「じならし……?」
そういえば、こっちに送られる時にそんな言葉を聞いたような……。
「あんたは……あんたの目的は、何だったんだ……? 俺に、この世界を救えって言ったのに……」
「ええ、救っていただきたかったのです。この世界を、人の手から」
「は――?」
女神の言葉を理解するのに、しばらくかかった。
「人間は愚かですが、勤勉で、しぶとく、飽くなき欲望を内包する存在です。野放しにすれば、やがて世界の覇権を握るのは必定。地球が良い例です。私は、この世界をあそこと同じにはしたくなかった」
「なんだよ、それ……?」
「私達神は、世界が種の繁栄を受けて活力に満ちている間は直接の介入が制限されてしまいます。ですから、あなたを転移者として使命を与え、この世界に送り込んだのです。人間同士の争いを激化させて彼らと世界の力を削ぎ、私が降臨出来るように」
ぞわぞわぞわ……! 抑揚のない女神の声が、その種明かしが、俺の背筋をどんどん冷たくする。
「あなたの働きは期待以上でした。度重なる戦いの果てに人類は破滅を迎え、世界は荒廃して私を妨げるものは無くなりました。あとは私が、この世界を浄化して新たな種を撒くだけ。人間とは違う、もっとコントロールしやすい知的生命体に、今度は世界の舵取りを任せるつもりです。百木光夜、本当にありがとうございました」
「ふ、ふざけるなよ……っ! 俺は、こんなことの為にこの異世界に来たんじゃない! 元の世界を忘れて、新しい人生を始めたくて……!」
「堪能出来たじゃないですか、新しい人生。女神の使徒としてこの世界における最強の存在となり、自分に従う者達を率いて思うままに生きたんです。どこに悔いがあるのです?」
本気で分からないと言いたげに、女神が首を傾げた。
「あなたを心配して、止めようとした女性を自分で排除しておいて、今更言うことではありませんよ?」
「――っ!!」
その言葉で、ついに俺の理性は崩壊した。
「あああああああああああああああッッッッ!!!!!」
全身の、怒りと悔しさと憎しみを全て込めて、俺は女神にぶつけようと――
「そしてあなたも、もう用済みです」
女神が、スッと片手を上げた。
「ぁ――!?」
瞬時に、俺の身体に次々と亀裂が入り、指先から崩れ落ちていく。俺の怒りも、憎しみも、後悔も、全てが急速に掻き消えて意識が遠ざかる。
ぼやけて、黒く染まってゆく視界の中、俺は最期にジャクリーンの姿を見たような気がした――。