師匠と弟子
迫り合う二人の武器が接触する。
力と力のぶつかり合い。
その直後、獣娘の木刀が上へと弾かれる。
「強いっ。」
「まだまだ敗けやせんよっ!」
師匠として、弟子には遅れを取る気は無いのだ。
そこから踏み込んだヴァグナーが、追撃を与えようと剣を振る。
「ほれっ。」
「くうっ。」
無防備の獣娘では、それを防ぐのは不可能だ。
なので、当たる直前に獣娘が後ろへと飛んでそれを避ける。
「わたしも、負けない!」
後ろに着地した獣娘は、直ぐに前へと踏み込んだ。
それにより、爆発的な踏み込みを生み出す。
「これでっ!」
「なぬっ。」
再び、迫り合う二人の武器が接触する。
そして、今度は獣娘がヴァグナーの剣を弾く。
「やるのう!」
「まだまだっ!」
今度は、先程の逆の状態だ。
獣娘が追撃を与えようと木刀を突きだす。
「甘いのうっ!」
ヴァグナーが両手で剣を持って振り下ろす。
そして、迫る木刀を下へと弾く。
「えっ。」
突然の事で、獣娘は呆気に取られてしまう。
その隙に、ヴァグナーが獣娘を蹴り飛ばす。
「ほらっ。」
「きゃっ。」
その蹴りは、獣娘のお腹に直撃。
吹き飛ばされた獣娘は、地面へと落ちる。
「初戦は、ワシの勝利じゃな。しかし、良い踏み込みじゃった。」
「・・・ふぅ。やっぱり届かない。」
「お主らの師匠じゃからのう。負けていては、威厳は保てんよ。」
教える者として、弱い姿は見せられない。
ヴァグナーは、楽しそうに剣の横で肩を叩く。
「お主よ、どうしてそこまで役目に拘る?」
「与えられたからです。この力を、復讐を手伝えと。」
「聖獣様が?」
「えぇ。実際、私だけは殺されていませんから。」
確かに、獣娘は他の者達とは違う。
普通に喋り、普通に戦う。
それは、命を奪われていないから。
「私が殺されなかったのは、使命を果たさせるため。だから、聖獣様の復讐が途切れないように見張り続けてきた。」
「ずっとか?」
「えぇ、ずっと。ずっと見てきた。」
仲間や親しい者達が焼かれる光景をずっと見てきたのだ。
その為に、生かされているから。
それを成す為に、力を与えられたから。
「だから私は、戦わないといけないんだっ!」
全ては、自分に力を与えた聖獣の為に。
獣娘が立ち上がると、再び踏み込みヴァグナーへと迫る。
「ふっ!」
「はっ!」
お互いの武器が接触する。
今度は互角の打ち合いだ。
「どうして一人で背負い込む!」
「聖獣様が選んだのは私だから!」
押し込み合うが、動きはない。
一度、武器を引いて再び打ち合う。
「仲間が焼かれとるのじゃぞ? 苦しくないのかっ!」
「そんな感情は捨てた! もう、どうにも思わない!」
身を引いてから、また打ち合う。
それを何回か繰り返す。
己の感情をぶつけるように。
「嘘をつけ!」
「嘘じゃない!」
更に引いて打ち合おうと迫る。
その時、獣娘が横へと跳んだ。
「私は!」
ヴァグナーの横へ木刀を突きだす。
それを、ヴァグナーが受ける。
「聖獣様の!」
踏み込んだ分、獣娘が優勢だ。
剣ごと、ヴァグナーを弾く。
「遣い!」
更に、その上からもう一撃。
ヴァグナーを押し込む。
「だから!」
そのまま押し飛ばそうと木刀を振る。
それに対して、ヴァグナーが踏み込んだ。
「馬鹿っ、もんがっ。」
踏み出した足が地面に着くと、もう片方で踏み込む。
二重の踏み込みにより、威力を上げた剣を木刀に当てる。
「おらっ!」
「ぐっ!」
剣が木刀を弾く。
威力は、ヴァグナーの勝ちのようだ。
獣娘が後ろへと吹き飛ぶ。
「駄目、なのに。使命を果たさなきゃ、駄目なのに!」
がむしゃらに、獣娘が黄色い聖火を飛ばす。
しかし、咄嗟に出したので威力はない。
「ふん。」
その聖火は、ヴァグナーの一振りで払われる。
思いがこもらぬ攻撃が、ヴァグナーに届く訳がない。
「どうして届かないの。実力の差だけじゃない。何もかもが届いていない。」
「それは、お前が勘違いしてるからじゃ。」
「勘違い?」
ヴァグナーの言う通り、獣娘は勘違いをしている。
それは、根本からの違い。
「気になってたんじゃ。憎しみに満ちた聖獣様の力を受けたお主が平気なのが。」
「それは、私を遣う為にっ。」
「違うのう。ワシも聖獣様の聖火を受けた事がある。あれは、冷たく心が潰されそうな苦しみじゃった。ただの人間には受けきれまい。」
聖獣の気持ちが、直接流れ込んだのだろう。
だから、ヴァグナーには分かるのだ。
「では、その力を体の中に流すお前は何故平気なんじゃ? 答えは簡単じゃろ。お主に力を与えたのは聖獣様では無いからじゃ。」
「聖獣様の力ではない? では、この聖火の色は聖獣様の。」
この地に住む聖獣と同じ色。
しかし、その聖獣の力では無いと言うのだ。
「そうじゃ。でも、もう一体いるじゃろ?」
「もう一体。まさかっ。」
聖獣は、一体だけではない。
もう一体いるのだ。
同じ色の聖火を持つ聖獣が。
「聖獣の子?」
「そうじゃ。お主に力を託したのは子の方じゃろう。」
親子の聖獣なら、同じ色の聖火を持っていてもおかしくはない。
そうなると、聖火が体に流れても平気だという考えとも矛盾しない。
「しかし、あの子は殺されているのですよ。」
「うむ。それは確かじゃが、そうとしか考えられん。」
既に、その聖獣の子は命を失っている。
しかし、同じ色の聖火を持つものはその子供しかいないのだ。
「そんな、どうして。じゃあ、私がしてきた事って。」
「意味の無い事じゃった。だから、もう良いじゃろう。武器を下ろしなさい。」
全ては、獣娘の勘違いだった。
だから、もう戦う必要は何処にもない。
「でも、私のせいで。そうだ、これは償いなの。だから、誰の力とか関係ない。」
それでも、獣娘は立ち上がって木刀を構える。
今までしてきた事を否定したくないのだろう。
「もうよい。無理をする必要はないんじゃ。」
「無理なんてしていない。私は聖獣様に遣える為に、全てを捨てたんです。」
「そのわりには、ワシに褒められて喜んでおったけどのう。」
「えっ。」
獣娘が拍子抜けたような顔をしている。
その姿を見て、ヴァグナーは笑っている。
「お主の実力を認めた時じゃよ。お主の事はずっと見てきたんじゃよ? 気づかぬ訳はないじゃろう。」
「そんな、そんな事は。」
ヴァグナーが剣を下ろして歩き出す。
それに対して、獣娘が剣を振り回す。
「いや、来ないで。来たら、斬りますよっ。」
「もう、無理じゃよ。お主では斬れまい。」
それでも、ヴァグナーは歩き出す。
そして、獣娘はゆっくりと後ろへ下がる。
「斬れるっ。私は聖獣様の為に心を捨てたからっ。」
「いや、嬢ちゃんから聞いたよ。聖火は、持ち主の心に反映される。なら、お主の聖火は何故澄んでおる。お前は何も染まってなどいないからじゃろ。」
獣娘が下がるのを止める。
すると、ヴァグナーがその前で止まる。
「お主は、あの頃と何も変わっとらん。ワシの大事な一人の弟子じゃ。」
獣娘は、木刀を持つ手を震わせている。
ヴァグナーを斬れるのに斬ろうとしない。
その代わり、ヴァグナーが獣娘のお面を取る。
そこには、涙を流す女性の顔があった。
「戻ってこいフォリア。皆が待っておる。」
「皆?」
そう言って、ヴァグナーが後ろを見る。
そこには、同期の五人が立っていた。
「何でだろう。私、あなたの事を知っている。」
「僕もだよ。そう、ずっと一緒にいた。」
「そうだ、俺達の大事な仲間。」
「どうして、忘れてたんでしょう。」
「あぁ、そうだ。そうだぜ。忘れちゃ駄目だったのに。」
フォリアの顔を見た同期達の記憶が甦っていく。
それは、一緒にいた時間。
必死に後をついてくる女の子を迎える記憶。
「「「「「フォリア!」」」」」
呼ばれた獣娘が駆け出した。
木刀を放り捨て、同期達の下へと走り出す。
「リアさん、イグルさん。」
既に諦めていた。
そう呼ばれる事を。
でも、呼んでくれた。
「エイスさん、ナンシーさん、ドーセンさん!」
それが、押さえ込んでた思いを爆発させる。
あの時の、純粋だった頃の少女を呼び覚ます。
その気持ちを胸に、大事な仲間へと飛び込んだ。
「みんなっ!」
「すまねぇな、フォリア。一人にさせちまって。」
「でも、もう大丈夫。私たちがいるから。」
皆が、フォリアに向かって頷いた。
大事な仲間へと向かって。
それを見たフォリアは、ただ泣きじゃくる。
「ったく、身長は伸びたのに中身は成長してないな。」
「ほんとね。私より大きくなっちゃったのに。」
あれから月日がたち、一人だけ生きた少女は成長した。
かつて、見上げていた皆とほぼ同じ身長になっている。
「まだまだ僕たちが見てあげないとだね。」
「はい、見てあげましょう。今度こそ、離ればなれにないないように。」
「もう、どこにも行くんじゃないぞ。」
「うん。うんっ。」
しかし、心はあの頃と同じままなのだ。
フォリアは、同期達の言葉にただ頷いているしか出来ない。
その姿を、ヴァグナーが暖かい目で見ている。
「これで、ひと安心じゃな。」
「皆、嬉しそうだな。」
「うむ、あれが本当のあやつらじゃ。嬢ちゃん、ちびっこ、ありがとな。」
「いや、私達は見てただけだよ。」
だよね。
皆ががんばったからだよ。
俺達は、お手伝いをしただけ。
同期達は、フォリアをあやしている。
昔のように、妹を可愛がるように。
すると、そこに守る者が近づいていく。
その手に鎌はもうない。
「お姉ちゃん?」
フォリアが気づくと、守る者がその頭に手を乗せた。
大事な妹を愛でるように。
すると、ドーセンがその者に近づく。
「お久しぶりです、セフィナさん。意識があるんですね。」
呼ばれたセフィナが頷いた。
どうやら、彼女も意識を取り戻したようだ。
「お前達と同じじゃろ。フォリアの顔を見て意識を戻したんじゃな。」
「じっちゃん。」
ヴァグナーの言葉に、セフィナがもう一度頷いた。
やはり、それまでは意識が無かった。
フォリアと同じく、仲間との絆がセフィナを起こしたのだ。
「再開を喜んでいるところ悪いが。フォリアに用がある。」
「何ですか? 師匠。」
「今こそ、あの時の約束を。」
果たそう。
そう言いかけた直前。
それは、振ってきた。
どすん。
「おい、あれっ!」
物音がした方を見ると、黒くてドロッとした何かが村へと落ちていた。
それは、黒い聖火に包まれた何か。
「どうしてだ。聖獣は、倒したんじゃ無かったのかっ。」
そのはずだ。
実際に、ドクロの蜘蛛は倒れたままだ。
「じゃあ、あれは一体何なんだっ!」
得体の知れない何か。
それが、まだ終わりじゃない事を俺達に伝える。




