旅立ち前のお楽しみです
崩壊した研究所から出た俺達。
その際、カミーユが手元の紙を見る。
そこには、関係者専用と書かれている。
「貰ってしまいましたが、どうしましょう。」
「使うしかないな。どうせ出発は明日なんだし。」
「そうですね。」
勿体ないもんね。
気軽に渡せるようなものでもないし。
本来、関係者に渡される大事なフリーパスだ。
そのような物を、適当に扱う訳にはいかない。
かといって、使わないのも勿体ない。
すると、話を聞いていたアイナが提案する。
「では、お嬢様とフィー様とにゃんすけ様のお三方で楽しんで来て下さい。私達は、先に宿の方で部屋を取りますので。」
「良いんですか?」
「はい。ごゆっくりと。」
そう言い残し、立ち去る三人の従者達。
後の事は、俺達に任せるとの事だろう。
そうして、俺達は残される。
「気を遣わせたでしょうか。」
「そうみたいだな。折角だし、受け入れようか。」
「そうですね。では、ゆっくりと探索しましょうか。」
にゃー。
アイナさんに感謝だね。
さぁ行こー。
カミーユとフィーが一緒にいられる最後の時間だ。
その時間を作る為の配慮だろう。
そうして、俺達は芸術の町を歩く事となった。
「とは言いつつも、何処から回りましょうか。」
「その事なら、私達に任せろ。ある程度の場所なら見て回ったからな。」
にゃ。
そのお陰で詳しくなったよね。
一通り見た事で、多少の知識ならある。
その知識なら、カミーユの案内も出来るだろう。
「そうなんですか? では、お願いしますね。」
「任せろっ。」
にゃっ。
任せてっ。
自信満々に答える俺達。
そんな俺達は、カミーユを連れて歩きだす。
まず向かったのは、町の入り口付近だ。
「凄い、至る所がお洒落です。」
彩りのある光景に目を輝かせるカミーユ。
周りを忙しく見渡しながら歩いている。
その足は、少し弾んで見える。
そんなカミーユを見たフィーが笑う。
「そんなに周りを見ていると転けるぞ?」
「大丈夫です。もう子供じゃないんですから。」
「ははっ、そうだな。……うん。」
それがいるんだよね。
子供じゃないのにこける人が…。
呆れるようにフィーを見る。
どうやら、虚無な顔をして遠くを見ているようだ。
しかし、すぐに戻ったフィーが近くの建物へと向かう。
「カミーユ、ここにある建物は全てお店だ。食事とかもここで買うんだ。」
「え? でも、机とかはありませんが。」
「出店みたいなものだからな。早速、何かつまんでいくか。」
「はい。丁度、お腹が空き始めてたので。」
同じく。
もう昼は越えてそうだからね。
この町に来る間に、昼を過ぎてしまっている。
お腹の方も、既に空いてしまっている。
そんな事もあり、お店を求めて歩きだす。
「あ、本当にお店だ。しかも、いろんな種類がある。」
「だろ? 本当なら、そこら中に食べ物を持って歩く人がいるんだが…。」
でしょう。
その筈なんだけどね。
前に来た時は、食事をしながら歩く人達がいた。
しかし、今はほとんど人がいない。
「人がいないですね。」
「例の事件で人が離れているのだろう。仕方あるまい。」
町を魔物が襲撃し、町の一部を吹き飛ばした。
それを聞けば、人が離れてしまうのも仕方ない。
そうしている間にも、フィーがお店で何かを買う。
「だからこそ、私達で買い支えてやろう。」
「分かりました。端から端までまとめて買いましょう!」
「いや、流石に食べられないだろう…。」
この子も意外と抜けてる所があるよね。
買ってくれる人がいない。
ならば、買える俺達で支えてあげれば良い。
気合いに燃えるカミーユは、手渡された物を一口齧る。
「んむぅー。」
伸びるそれを、更に伸ばして千切る。
いきなり千切れたせいで、その反動で頭が跳ねる。
それを見て、俺達が笑う。
そして、カミーユ自身も照れたように笑う。
そんな俺達は、引き続きお店を回っていく。
すると、町の端を横切る大きな水路へと辿り着く。
「大きい。フィーさん、この水路はどこに続いているんですか?」
「いや、知らんな。ここには来てないからな。」
そうだね。
あの時は上の方を目指してたし。
この水路があるのは、町の入り口の下の方だ。
宿がある上を目指していた時には、寄るという考えすら無かったのだ。
それを聞いたカミーユが微笑む。
「では、一緒に探検してみませんか?」
「おっ、面白そうだな。」
にゃっ。
良いね。
行こう行こう。
「では、満場一致という事で出発!」
「おー!」
にゃー!
おー!
意見が一致した所で歩き出す俺達。
大きな水路の片側へ向けて歩きだす。
未知への探検に出発だ。
「見て、船!」
「何か運んでいるのか?」
にゃ?
人とか荷物とか?
水路を走る船を見て騒ぐ俺達。
通り過ぎて行く船を見送る。
そしてまた探索を続けると…。
にゃっ?
あれは?
「どうしたんです? にゃんすけさん。…あっ、かわいい。」
「鳥の群れだな。食べるなよ? にゃんすけ。」
にゃにゃっ!
食べないよ!
「ふふっ。にゃんすけさんは、グルメですもんねー。」
こんな町にも鳥はいる。
近づくと羽ばたいていく鳥達を見送る。
そしてまた、探索を続けると…。
「お? 何か荷物を運んでいる人達がいるが。」
「郵便ですね。町の外から来た荷物をここから運んでるんでしょう。」
にゃっ。
町を支える大事な場所だね。
この場所に集められた荷物を、町全体へと送っているのだ。
ここが無ければ、町が機能しなくなる。
すると、目の前の大きな水路にある小屋に気づく。
「あっ、船の停船所ですよ。ここから運んでいるんですね。」
「目の前だしそうだろうな。今は動いてないみたいだが。」
にゃあ。
さっき出たばかりっぽいしね。
「そうなると。この水路の意味もそういう事なんですね。」
荷物をこの小型船に乗せて各地へと運ぶ。
その為の大きな水路なのだろう。
そこにある小型船を、カミーユがじっと見つめる。
「運ぶのは、荷物だけなのでしょうか。」
「乗りたいのか? なら、直接聞けば良いだろう。」
「そうですね。行って見ましょう。」
人がいればだけどね。
大丈夫かな?
大きな水路の小屋へと向かう俺達。
そうして、そっと小屋の中を覗き込む。
すると、小型船を整備している男の人を見つける。
「すみません。この船って人は運ばないんですか。乗ってみたいんですが。」
「ん? まぁ運びはするが、この町の公務に就く人だけだね。だから、君達は乗せてあげられないかな。」
誰でも運ぶ訳ではない。
運ぶのは、この町の関係者のみ。
それを聞いたフィーとカミーユは見合う。
そして、懐のフリーパスの紙を見せる。
「これでは駄目でしょうか。」
「なんだ、ここの関係者だったのかい。」
「まぁ、そんな所です。」
「ならば大丈夫だよ。準備をしてくれ。」
「はい。」「あぁ。」
にゃ。
楽しみだね。
男が寄せた小型船へと乗っていく俺達。
恐る恐る乗り込むカミーユの手を、先に乗ったフィーが引っ張る。
それを見届けた俺もまた乗船。
最後に男の人が乗って準備は完了だ。
「じゃあ、危ないから座ってくれな。良いなら出発するぞ?」
「大丈夫です。お願いします。」
「そうかい? なら、掴まってくれな。」
そう言いながら、小型船の魔科学道具を起動する男。
それと共に、小型船の後ろが激しく波打ちだす。
その直後、小型船が動き出す。
「わぁ、初めて乗りました。」
目を輝かせながら、周りを見渡すカミーユ。
そうしながらも、船の底をそっと撫でる。
初めての船の感触を楽しんでいるのだろう。
「立つと危ないからね。気をつけてな?」
「はい。分かりました。」
注意を受けつつも、再び周りの景色を眺めるカミーユ。
すると、楽しそうに何処かへと指をさす。
「見て下さいっ。あの建物、お洒落です。あ、こっちのも。」
「楽しそうだな。カミーユ。」
「はいっ。こうして、流れるままに進むのも良いものですね。」
にゃ。
そうだね。
いろんな所に目移りしちゃうよ。
船が進む度に、忙しなく景色が変わっていく。
その光景もまた、好奇心をそそられる。
そんなカミーユを見た男が笑う。
「ははっ。下から見上げるのも良いものだろう?」
「そうですね。視点が変わるだけで、見える景色も大きく変わりますね。」
先程とは間違い、建物が大きくそびえ立つように見える。
それだけで、見える物も変わってくる。
「そうだろう? 本当は、もっと人通りが多い場所なんだがな。」
「それってやはり、研究所の襲撃の件でですか?」
「そうだよ。あれ以降、運ばれる荷物も人も少なくなってしまってね。」
襲撃がもたらしたものは、人の流れだけではない。
ここに来る荷物にもまた、大きな影響を及ぼしている。
そう語る男は、深く溜め息をつく。
「俺の仲間の皆は、話しているよ。もう、この町は終わりなんじゃないかってね。研究所ももう無いし、立て直すなんて不可能だって。」
町の動力部である研究所はあの様だ。
そして、町を支える荷物や人も減っている。
このまま衰退する光景が、誰よりも見えている筈だろう。
それでも、俺達は微笑みながら振り向く。
「それなら、大丈夫ですよ。」「それなら大丈夫だ。」
にゃ!
うん、大丈夫だね!
こんな状況でも、俺達は悲観しない。
何故なら、知っているからだ。
それを聞いた男が疑問を持つ。
「そうなのかい?」
「はい。研究所の皆さんは、誰も諦めていませんでした。」
「一から立て直してやろうと動いていたな。」
「だから、皆さんに伝えて下さい。この町はまだ大丈夫だと。」
その目には、一つの迷いもない。
今もなお頑張る研究所の人達を信じているからだ。
それが伝わったのか、男もまた笑う。
「そうかい。なら、我々も諦める訳にはいかないねぇ。立て直すなら、物資も大量に来る筈だ。忙しくなりそうだ。」
「はい。この町の事、よろしくお願いします。」
「こちらこそだよ。」
人の気持ちは伝染する。
これからまた、広まっていくのだろう。
そうして、この町は続いていくのだろう。
そんな話をしていると、別の停船所に到着する。
「到着だよ。お疲れさん。」
「ありがとうございます。」「ありがとう。」
にゃっ。
ありがとうございます。
船が停まると、そこから降りていく俺達。
最後に俺が降りると同時に振り向く。
すると、男が笑って返す。
「気をつけてな。」
「はい、さようなら。」
元の場所へと戻っていく小型船を手を振って見送る俺達。
しばらくそうしてから、お互いを見合う。
「では、行きましょうか。探検の続きです。」
「そうだな。行こう。」
にゃっ。
うん、行こー。
素敵な経験をした所で、探索の再開だ。
とりあえず、目に見える道を進んでいく。
すると、複数のお洒落な建物が見えてくる。
「ここはどこでしょうか?」
「位置的に、来客エリアの筈だが。」
「今日泊まる場所ですね。」
うん、なんとなく見覚えがあるよ。
今いる場所は、研究所エリアとは逆の場所。
宿泊施設が並ぶ、来客エリアだ。
訪れた俺達を、魔科学の電灯が受け入れる。
「おっと、いつの間にか暗くなってしまったな。」
「そうですね。すぐにこの券で食べれる場所を探しましょう。」
「そうだな。…いや、ここまで来たら、あれを見ないとな。」
「あれですか?」
にゃっ。
あれだね。
「ほら、こっちだ。」
「えっ、ちょっ、フィーさん!?」
急に駆け出すフィーを追うように駆け出すカミーユ。
その後を、カミーユを見張るように俺が追う。
そうして、電灯で照らされた道を駆けていく。
「一体どこにっ。」
「すぐに分かるさ。」
目的の場所は目の前だ。
電灯に沿って走っていく。
目の前は、一段と明るく光る。
そこに、飛び込むように入った時だった。
「わぁ。」
それと同時に、そこの光景が目に飛び込んできた。
電灯よりも強い光。
そして、様々な色で染まった光。
それらが彩る空間に、意識が飲み込まれてしまう。
「どうだ? 凄いだろう。」
「はい。綺麗です。」
「だろ? 私も一度来てみたかったんだ。」
前回は来れなかったもんね。
それにしても、綺麗だなー。
俺達もまた、カミーユのようにこの光景に見惚れてしまう。
それだけ、この光景が素晴らしいものなのだ。
すると、カミーユが前へと飛び出す。
「うー、えいっ!」
前へと出たカミーユは、広場を自由に駆けていく。
そして、駆けたり回ったりと自由に動く。
まるで、この光景の中を堪能するかのように。
「フィーさーん、にゃんすけさーん、こっち!」
「あぁ、今行く!」
にゃっ!
俺達も中へ!
光に包まれるカミーユを目指して光の中へと飛び込む俺達。
そんな俺達と合流したカミーユは嬉しそうに一回転。
しかし、途中で転んだ所でフィーが受け止める。
そうして、楽しそうに笑い合う。
その時、フィーがカミーユを立たせるように一回転。
それを受けたカミーユも、フィーを引っ張り一回転。
その繰り返しで、不格好な踊りのような何かを舞い続ける。
まるで、夢の中の世界にいるような感覚だ。
こうして、ひとしきりはしゃいだ後に広場の池の柵へと倒れ込む。
「フィーさん、時計塔! 綺麗ね。」
「あぁ、時計塔も装飾されてたんだな。」
照らされ輝く時計塔を見る俺達。
時計塔にも、文字や針が見えるように装飾されている。
勿論、時計塔の光もまた芸術的だ。
「ふふっ。こんなに楽しいのは初めてです。」
「私もかもな。やはり、誰かと一緒は楽しいものだ。」
「そうですね。私も同じです。」
にゃっ。
そうだね。
誰かと一緒だからこそだね。
一人では決して体験をする事は出来なかっただろう。
誰かと一緒だからこそ得られた物だ。
その余韻を、静かに堪能する。
「やっぱり、世界には楽しいものが沢山ありますね。本当なら、すぐにでも見に行きたいのですが。」
「ここに残るのを後悔しているか?」
「いいえ。…と言ったら嘘になるんでしょうけど、この光景を守るのも大切ですから。」
作る者と守る者。
それらがあってあり得る場所だ。
それに関わるのも必要な事なのだ。
「だから、私の分まで見てきて下さい。そして、また見に来て下さい。その時はまた、一緒に見ましょう。」
「分かった。約束だな。」
「はい、約束です。」
にゃっ!
約束だね!
こうして、いつかの約束を交わす俺達。
いつかまた、今と同じように笑い合う時が来るのだろう。
その約束と共に、今回の俺達の探検は終わりを告げたのだった。