フィーとカミーユ
巨体の大蛇の体内に入ったフィーは、落ちるように降りる。
そして、立ち上がると共に周囲の様子を見る。
そこには、海やら山やら森やらといった光景が至る所に見える。
「ここは、あの大蛇の中なんだよな?」
ガタ。
その筈だけど。
間違いなく、ここは巨体の大蛇の中だ。
それにしては、ありえない光景が広がっている。
そして、その光景には一つの共通点がある。
「どれも自然の風景か。ここの大陸の風景か? 今、こいつが見てる風景とか。いや、外はもっと荒れてた筈だ。」
ガタッ。
そうなんだよね。
って事は、やっぱりどこかの風景かな?
「にゃんすけもそう思うか? では、一体この景色は何なんだ。」
周囲の風景は、巨体の大蛇による魔法で荒れている。
その風景は、見渡す限りどこにもない。
ならば、巨体の大蛇が見ている光景とは違うものだろう。
しかし、今はそれどころではない。
「気にはなるが、今はカミーユが優先だな。カミーユを探そう。」
ガタッ。
そうだね。
手遅れになる前にね。
カミーユが飲み込まれる前に、助け出さないといけない。
その為にも、俺達は周囲を見渡しカミーユを探す。
すると、何かに手足を捕らわれているカミーユを見つける。
「カミーユ!」
見つけたよ!
見つけるやいなや、すぐさま駆け出す俺達。
しかし、そんな俺達を拒むように周囲の風景が変わる。
どこかの風景は消え、辺りは真っ白に。
「なんだっ!」
何か来る?
突然の変貌に警戒する俺達。
すると、急に地面が揺れ出す。
「なんだっ。」
地震?
こんなところで?
本来なら、揺れる筈が無い場所だろう。
その揺れに耐えていると、いきなり地面が浮き出す。
そして、土で出来た刺がフィーを襲う。
「くっ。」
ガタッ!
危ない!
このままだと、フィーは串刺しだ。
それを察したフィーは、横に跳んで避ける。
更に現れたのも避ける。
「この程度でっ。」
そのまま、迫る土を避けながら駆ける。
今更、この程度で止まる訳にはいかない。
そうして突き進んでいると、地面の境目から複数の樹の枝が現れる。
「邪魔だっ。」
前を塞ぐように現れる枝を斬っていく。
次から次へと迫る樹を斬っていく。
そうして駆け抜けると、今度は地面の境目からマグマが吹き出す。
すると、それにより吹き出されたマグマの塊がフィーを襲う。
「くうっ。どうしても、私の邪魔をしたいようだなっ。」
ガタッ。
しつこいよねっ。
迫るマグマに構わずに駆け出すフィー。
裂けた地面を飛び越えながら進んでいく。
そうして、落ちる前にと駆け抜ける。
すると、今度は目の前から津波が押し寄せる。
「まずいっ。」
それを見て、地面へと剣を突き刺す。
そうして、迫る津波を受ける。
長く押し寄せる津波。
そんな津波から、抜け出したフィーが現れる。
「甘いっ。こんなもので止められると思うなよ。」
そうしてフィーは駆け抜ける。
ただひたすらに駆け抜ける。
この程度の邪魔では止まらない。
止められるものなどありやしない。
そうして遂に、カミーユの下へと辿り着く。
「はぁはぁ。…待たせたな、カミーユ。来たぞ。」
そう言いながら、未だに目を閉じるカミーユを見る。
声をかけるも反応はない。
ただじっと、静かに眠り続けている。
そんなカミーユへと、フィーは手を伸ばす。
「さぁ戻ってこい。」
次の瞬間、二人は光に包まれる。
目を覚ますと、お城の庭の光景が目に入る。
どうやら、そのお城の庭にいるようだ。
そして、横からカミーユの声が聞こえてくる。
『どうやって証明するんです?』
『え?』
『さっきの話ですよ。見ない事には証明出来ませんよね?』
子供のカミーユが小さいフィーへと問いかける。
それを聞いた子供のフィーは、自信満々に胸を張る。
『それなら、直接見れば良いだけですよ。』
『見るってどうやってです?』
『それはまぁ、その時までに考えます。』
『…つまり、まだ考えてはいないと。』
あまりの計画性の無さに呆れる子供のカミーユ。
それでも、子供のフィーは余裕を崩さない。
『でも、きっと楽しい旅になると思いますよ。いっぱい沢山の場所を見て、いっぱい沢山の物を食べて、いっぱい沢山の人と出会うんです。』
子供のフィーは、見に行った時の事で頭が一杯だ。
どうすれば出来るかなど、二の次なのだ。
その様子を見た子供のカミーユが微笑む。
『確かにそれは楽しそうですね。世界には、本の中には無い景色が広がっているのでしょうから。』
子供のカミーユもまた、その世界の事を思い浮かべる。
知らない事への興味は、子供のフィーには負けない。
そんな子供のカミーユへと、子供のフィーが顔を寄せる。
『なら、貴方も行きましょう。』
『私もですか?』
『えぇ。どっちが正しいか確かめないといけませんからね。』
どちらが正しいか言い争った事の答え合わせの事だ。
それは、二人で同時に見ないと意味がない。
しかし、それを聞いた子供のカミーユがうつむく。
『それは楽しそうですが、私には無理かもです。』
『どうしてです?』
『少し、事情が…いえ、旅に出るのも大変ですから。』
不安そうな顔をする子供のカミーユ。
何かを言いかけるが誤魔化す。
そんな子供のカミーユを見て、子供のフィーがにやける。
『なるほど。つまり負けるのが怖いんですね?』
『んなっ。誰が怖がっていると?』
『いや、良いんだ。目の前で負けるのは恥ずかしいもんな。』
得意気に笑う子供のフィー。
それを見た子供のカミーユは、少し口の端をひきつらせる。
『分かりました。良いでしょう。その勝負、受けて立ちます。』
『ふふっ、そう来なくてはですね。後で逃げるのは無しですよ?』
『そちらこそ。』
笑顔のままで睨み合う二人。
直後、同時に吹き出し笑い合う。
そして、目尻を拭いた子供のカミーユが尋ねる。
『思ったよりも強情な方ですね。何が貴方をそこまでさせるんです?』
『え? それは…言えないです。』
突然聞かれた子供のフィーは、今までの強気な表情を崩す。
そして、恥ずかしそうにモジモジしだす。
それでも、子供のカミーユは構わずに詰め寄る。
『ここまでお互いさらしたんですから、今更でしょう。教えて下さいよ。』
『え? そ、それはそのー。』
『それは?』
立場が逆転したように、今度は子供のカミーユが迫る。
すると、それに参ったのか子供のフィーが小さく口を開く。
『えーと。一緒に……だから。』
『え? 聞こえませんよ?』
『ぐっ。い、一緒に…』
『一緒に?』
『一緒にいてくれる人が…欲しいから。』
恥ずかしそうに声を絞り出す子供のフィー。
それを聞いた子供のカミーユは、目を大きく見開く。
その目に映る顔は、すぐに分かる程に真っ赤だ。
『一緒にいたいと言うのは? そういった人は、貴方の地元にはいないんですか?』
『えぇ。家の事情で常に家の中にいるので、家族や付き人さん以外の知り合いがいないんです。』
『では、その家族の人は違うんですか?』
『家族はちょっと。少し、相手にしてくれる事が少ないので。』
この時のフィーは、家の都合で一人でいる時が多いのだ。
子供の時期に一人でいては、寂しくなるのも頷ける。
その気持ちから、一緒にいたい人を求めているのだ。
『私は、一人でいるのが好きでは無いのです。だから、一人にならないように、沢山の友を作るんです。』
『なるほど。でも、沢山なら友じゃなくて友達では?』
『それだと、その他多数みたいで好きではないんです。私は、一人一人をちゃんと見たいから。』
一緒にいてくれる友が沢山欲しい。
でも、沢山なんていう扱いはしたくない。
そんな思いが、友という言葉に詰まっているのだ。
それを聞いた子供のカミーユが笑う。
『なら、私はその一人目ですね。』
『良いんですか?』
『はい。私達は同じ思いを持つもの同士、もう立派な友ですよ。』
そう言いながら、手を差し出す子供のカミーユ。
それを見た子供のフィーは、恥ずかしそうにその手を掴む。
『これで私達は友ですね。』
『友。初めての…。』
『はい。初めての友です。』
にっこりと微笑む子供のカミーユ。
その顔を見た子供のフィーもつられて微笑む。
そして、嬉しそうに顔を見合わせる。
その時だった。
「デテイケ。」
その声と共に、周辺の空間にヒビが入る。
そして、大きな顔が宙に浮かぶ。
「デテイケ。」
原型が分からない程に無機質な顔。
その顔が、二人の中を裂くように睨む。
すると、それを見た子供のカミーユが下がる。
『フィーさん…。』
震えるように、子供のフィーの服を掴む。
それを見た子供のフィーは、子供のカミーユを庇うように前に出る。
『大丈夫ですよ。』
『え?』
『友を守る時は…。』
そう言いながら、前へと出るフィー。
そして、どこからか剣を取り出す。
「絶対に負けないと、決めたからな。」
背が伸びたフィーが剣を構える。
そうして、目の前の顔を睨む。
それでも、相手の反応は変わらない。
「ココカラデテイケ。」
「それは、こちらの台詞だ。」
互いに譲らない両者。
ヒビからのからの衝撃が、空間を破壊していく。
その中で、フィーが前へと踏み出す。
そして、その顔に向けて高く跳ぶ。
「これ以上、私達の思い出を荒らさないでもらおうか!」
そのまま相手へと迫って剣を振るう。
その一撃で、その顔を真っ二つに叩き斬る。
すると、その顔が消えていく。
「言っただろう。この程度では止まらぬと。」
それを見送り着地するフィー。
そして、後ろにいる小さなカミーユを見る。
「ようやくだな。」
カミーユの下へと歩き出すフィー。
「あの時は邪魔をされたが、今度こそだ。」
そうして、子供のカミーユへと手を差し出す。
「改めだ。もう一度、私と友になってくれ。カミーユ。」
あの時、出来なかった契りを行う為に。
それを見た子供のカミーユは、ゆっくりとその手を掴む。
「こちらこそ。よろしくお願いします。フィーさん。」
その時、空間が完全に崩壊し元の世界へと戻る。
お互いが手を掴んだままで微笑み合う。
初めて友になったあの時のように。
「お帰り。」
「ただいま。それと…。」
「「これからも、よろしく。」」
こうして、本当の意味で友になったのだった。