お腹満足で旅立ちました〈完〉
「フィーさん、そっち押さえてて。」
「任せろ。」
「お願いね。倒れたら大変な事になるから気をつけて。」
ココルに促され柵を支えるフィー。
そのまましっかりと押さえるのだが…。
「あ。」
「あ。」
あ。
足を滑らして前に倒れてしまう。
その音で、家畜達はパニックになり暴れだす。
そして、倒れたフィーの場所から逃げ出す。
「だから言ったのにーーーーっ!」
「すまーーーーん!」
何してるんだか。
そうして、家畜との追いかけっこが始まるのだった。
そんな今は、一連の事件の三日後だ。
帰って来た俺達は、牧場の修理の手伝いをしているのだった。
「フィーさん、回り込んで! 奥にいかせないように!」
「わ、分かった! にゃんすけも手伝ってくれ!」
にゃー。
仕方ないなぁ。
あの事件の後、牧場が心配なマレーヌさんの為に帰ってきたんだよね。
カミーユや戦士の皆とは、そこでお別れ。
「わわ、大変な事になってる。」
「丁度良かった。皆も手伝って!」
「「「はーい!」」」
カミーユ達は、仕事を終えた報告をしに帰らないといけないって戻ってったよ。
それと、バレットの一家は闘技場の運営を引き継ぐ事になったみたい。
「子供達が止めている間に捕まえて!」
「よし。こいっ! …ぐへっ。」
前の主催者は引退だって。
だって、息子が死んでたんだもん。
落ち込んじゃうのも仕方ないよね。
「フィーさん大丈夫?」
「大丈夫だ。それよりも家畜はっ。」
でも、バレットの家族や側近は喜んでたよ。
没落から抜け出せるって。
「あーっ、何匹か逃げた!」
「どうする? 追いかけるか?」
「ううん、私が追いかけるよ。おいで、リーフ。」
ちなみに、なついたドラゴンの子も牧場に来る事になったよ。
マレーヌさんにお願いした所、一つ返事だったよ。
人でもドラゴンの子でも何でも来いって。
凄い人だよね。
ちなみに他の子は、闘技場のお手伝いだって。
「逃げちゃ駄目だよ。…よし!」
「やるな! 私達も負けてられないぞ!」
「「「おーーーーっ!」」」
にゃ!
おー!
何はともあれ、無事に平和が戻ってきて良かったよ。
「ぐはぁ。あー疲れた。」
にゃ。
同じく。
捕まって良かったね。
家畜を捕まえた俺達は、立て直した柵の中に入れて終了だ。
辺りに広がる草原のど真ん中で寝転がる。
そんな俺達を、心地よい風がそっと撫でる。
「気持ちいいな。」
にゃー。
気持ちいいね。
「ほんと、今回の旅は色々と疲れたな。」
にゃん。
全くだね。
いつになくハードだったよ。
一息ついて一休み。
すると、懐の中から小さな玉を取り出すフィー。
それは、ドラゴンから出た魔力核だ。
「私は自分の力の事が分からない。使い方も、どんな物なのかも。もし使いこなせてたら、ドラゴンの親だって救えたかもしれない。」
にゃん。
俺もだよ。
自分自身の力の筈なのに。
「これからも戦いが続くなら、一度調べ直す必要があるかもな。そうでないと、今度こそ大事なものを失ってしまうかもしれないからな。」
にゃ。
そうだね。
次もまた上手くいくか分からないしね。
今までが上手くいっただけ。
それが、これからも続くとは限らない。
「でも今は、取り戻したものを堪能しよう。」
魔力核を戻して起き上がるフィー。
そして、明るく笑い合う従業員達を見て微笑む。
「折角、皆の笑顔がもう一度見れたんだからな。」
にゃ。
うん。
皆、良い笑顔だね。
襲撃の跡こそ残るものの、従業員の顔には笑顔が溢れている。
大人や子供といった、誰もが今を楽しみながら作業をしている。
戻ってきた日常を噛みしめるかのように。
「それと、やはり一番の楽しみと言えば…。」
からんからーん。
フィーが言いかけたと同時に、鐘の音が牧場に響く。
それに乗って、空腹を刺激するかのような良い匂いも漂ってくる。
「皆、ご飯出来たわよ! 早く片付けて支度をしなさい!」
「「「はーい!」」」
マレーヌの声に、従業員達が元気な声を返す。
楽しみにしていたご飯の時間だ。
それを聞いた俺達も立ち上がる。
「行こうかにゃんすけ。ここでの最後の牧場飯だ。今まで頑張った分堪能してやろう。」
にゃっ!
ご飯っ!
食べて食べて食べまくるよ!
起き上がった俺達は、従業員達と共に匂いがする方へと向かうのだった。
「凄ーい! なにこれーーー!」
ココルや従業員達が、目を輝かせながらそれを見る。
そこにあるのは、部屋の端から端へと並べられた机。
その上には、色とりどりの食事が所狭しと並んでいる。
「はいはい皆、慌てないでね。まずは、ご挨拶から。先日の事件で、牧場は大変な目に合ってしまいました。でも、皆のお陰で、もう一度やり直す事が出来るわ。ありがとう。」
マレーヌが頭を下げると、従業員達が拍手する。
俺達もまた、拍手をして牧場の再開を祝う。
「本当にありがとうね。それで、今回は牧場の再開と皆への感謝を込めて腕を振るったわ。遠慮しないで堪能していってね。」
「「「はーーーい!」」」
従業員達がお皿を取って食べ物へと群がっていく。
そして、俺達もお皿を取って向かう。
すると、机の前に立つココルとウィロを見つける。
「師匠、どれ食べる?」
「それぐらい僕が…いてて。」
「ほら、まだ直ってないんだからさ。」
そう言って、ココルが適当にお皿に食べ物を乗せていく。
実は、ウィロの体のダメージは深く残っているのだ。
治るには時間がかかるらしい。
「相変わらず、世話を焼かれているな。」
「あぁうん。僕一人でも大丈夫なんだけどね。」
「動く度に体が痛む人が何言ってんのさ。いいから席に座った座った。」
あらら。
まぁでも、それだけ心配してるって事だよね。
面倒を見るのは、傷が悪化しないようにだろう。
追い払われるように、ウィロは席へと向かう。
その横に、食べ物を取ったココルや俺達が座る。
「良い匂いだな。どれも美味しそうだ。」
「ママの料理だからね。美味しいに決まってるよ。」
「ははっ、それもそうだな。では、いただこうか。」
にゃっ!
いただきまーす!
これは、野菜を肉で巻いた奴かな?
早速一口…美味い!
気になったお皿の料理を口に入れていく。
肉だけのものもあれば、野菜と組み合わせたものもある。
それらを口に入れたフィーもまた、味わうように堪能する。
「相変わらず美味しいな。味付けも塩辛いだけではないな。何を使ってるんだろうか。」
「さぁ。ママと調理班にしか分からないよ。」
「ココルは料理はしないのか?」
「うーん。たぶん無理かな、ちまちまするの苦手だし。こうやってパンに乗っけるぐらいしか出来ないよ。」
そう言って、色々と乗せたパンを口に運ぶココル。
料理は細かい作業が多い。
力仕事が得意なココルには向かないだろう。
すると、その話を聞いていたウィロが昔の事を思い出す。
「確かに、昔料理をしようとしてすぐに止めてたよね。」
「あったねぇ。どうやっても、切ったのが大きくなっちゃうんだよね。それで、自分には不向きだって気づいたよ。」
「でも、練習したら出来るようになるのでは?」
「それがまず無理なんだよね。残念な事に。」
自分で言っちゃうんだ。
まぁでも、得意不得意が出るもんね。
挑戦した自分が一番詳しいという事だろう。
そんな風に、昔の話をしながら食事を楽しむ。
すると、料理を乗せたお皿を持ったマレーヌが現れる。
「なんの話?」
「私には料理は無理って話。」
「あー、その事ね。」
思い浮かぶ事があるのだろう。
思い出しながらも、ココルの横に座るマレーヌ。
「良いのよ苦手でも。貴方には貴方の出来る事があるんですもの。」
「でしょ?」
「でも、やりたくなったらいつでも言ってね?」
「うーん。まぁ、その時は。」
曖昧な返事を返すココル。
自分が上手に料理をしている姿が思い浮かばないのだろう。
「まぁ気にする事はないわ。まだまだ時間ならあるんだもの。ゆっくりと考えて色々試していけば良いわ。」
「そうだよ。これからいつでも出来るんだから。」
「うん。これからね。」
時間が決まっている訳でもない。
だから、これからの長い時の中で挑戦していけば良いのだ。
それだけの時間が待っているのだから。
そう考えるココルが俯く。
「どうしたの?」
「うん、えっとね。えっと…。」
口を開こうにも言葉が出てこない。
その代わり、目から涙がこぼれ出す。
「えっと…。」
自分でも何が起きているか分からない。
それでも、何かが奥から込み上げてくる。
「何でだろう。嬉しい筈なのに。ごめん。」
悲しくはない。
でも、涙が溢れてくる。
そんなココルに二人が寄り添う。
「良いんだよ。」
「えぇ。一杯経験して一杯育ってね。」
二人の言葉でココルは実感したのだ。
自分は戻って来たのだと。
いつもの日常に戻れたのだと。
そんな泣きじゃくるココルの頭をマレーヌが撫でる。
「貴方は私の大事な娘なんだから。」
「……うん。うんっ!」
明日から、またいつもの日常が戻るのだ。
そして、これからも一緒に思い出を作っていくのだろう。
大事な家族の思い出を。
そんな三人の姿を、俺達は笑顔で見続ける。
もう大丈夫だろうと確信をしながら。
こうして、牧場最後の晩餐を堪能するのであった。
そんな心温まる時間も過ぎて次の日が来る。
俺とフィーは、近づいてくる馬車を待つ。
「すまないな。わざわざ呼んで貰って。」
「ううん。ごめんね? 本当は私が連れていく約束だったのに。」
「いいや。今は皆といてやると良い。」
にゃ。
そうだね。
まだまだやる事はあるんだし。
まだまだ復興にはいたらない。
そんな中で、マレーヌを連れ出す訳にはいかないだろう。
そんな事もあり、知り合いの馬車を呼んで貰ったのだ。
「フィーさん。ちょっと。」
「なんだ?」
ココルに呼ばれて目線を合わせるフィー。
すると、ココルがフィーに抱きつく。
「また、来てよね。それまで牧場を立派にしておくから。」
「あぁ。楽しみにしてるよ。」
「にゃんすけさんもだよ?」
にゃ。
うん、楽しみだね。
また牧場飯を食べたいしね。
別れを惜しむ俺達。
それでもまた会いに来ればいい。
その時には、立派に成長した姿を見られるだろう。
「フィーさん、ありがとうね。」
「お礼なら何度も聞いたよ。それよりも、幸せにな。」
「うん。本当にありがとう。」
フィーの言葉に頷く三人。
すると、フィーが後ろのウィロを呼び寄せる。
「次来るまでには、別の意味で言わせてくれよ?」
「えっ!? う、うん。まぁ、頑張るよ。」
本当に?
じゃあまずは、へたれを直さなきゃだね。
次来た時は、二人の関係も進展しているだろう。
と、少なからずの希望を持つ俺達だった。
その後ろでキョトンとするマレーヌと苦笑いするココル。
そんな話をしていると、馬車が牧場の前に止まる。
「お別れだな。」
「えぇ。と、その前にこれを。」
「これは?」
手渡されたのは、良い匂いがする袋とグローブだ。
グローブは、鎧の着いてない革製のものだ。
「干し肉よ。お腹が空いたら食べてね。それとこれ。この子が成長した時ように練習で作ったグローブよ。」
「良いのか?」
「えぇ。手、擦りきれてるでしょ。隠しても無駄だよ?」
「あ、はは。ばれてたか。」
フィーは自分の掌を見る。
その掌は、剣を振り続けた事により血が滲んでいる。
「フィーさんの旅の無事を祈ってプレゼントするわ。」
「ありがとう。早速使って見るよ。」
フィーは早速グローブを着ける。
そのサイズは丁度よく綺麗に収まった。
「良さそうね。」
「うんバッチリだ。」
手を閉じて確認をすると、止まっている馬車に乗る。
その間に、マレーヌが馬車の運転手と話をする。
「行き先は近くの町よ。そこから別の場所に向かう馬車があるから利用してね。」
「何から何まですまないな。では、さよならだ。」
「えぇ。気をつけて。」
別れを告げると馬車が動き出す。
その馬車へとココルが手を挙げて大きく振る。
「じゃあね!」
「あぁ。じゃあな!」
にゃ!
じゃあね!
俺達もまた手を振り返す。
そして、見えなくなるまで手を振り続ける。
「はてさて、次来た時はどうなってるかだな。」
にゃ。
気になるよね。
次までのお楽しみだよ。
「でも、お腹も満足にさせて貰ったし良い所だった。次もそんな場所だと良いんだがな。」
にゃっ。
さあて、どうだろう。
でも、きっとそうかもね。
何があるか分からない放浪旅。
俺達を乗せた馬車は、どこまでも進んでいく。
そんな馬車を見送るように、暖かい風が駆けていく。
四章終わりです
お付き合いいただきありがとうございます
途上人物が増えると文字も増えて大変でしたが無事に終わらせる事が出来ました
次回、大陸編最終回
魔族と全面戦争をしながらフラグの回収の章となります
フィーとカミーユの関係とは何か、にゃんすけの存在とは何か
そんな次回もまたお付き合いいただければと思います