呆気ない終わりです
「どうしてだ。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。」
真っ白な頭を働かせながら自室へと向かう。
斬られたピグルンの屍の山を越えて部屋へと入る
そして、そこにある資料を抱きかかえる。
「こな事になるはずなんて。でも、この資料さえあれば。」
資料を持った魔族は、すぐさま魔界の門へと向かう。
そこに逃げさえすれば、追ってくる事はないだろう。
そう思い、門のある部屋へと入るが…。
「門が…閉まっている?」
あった筈の門の魔方陣が無くなっているのだ。
もはや、ただの何もない部屋にすぎない。
「なぜだ、なぜなぜなぜっ。なぜなんだあっ!」
怒り任せに資料をぶちまける魔族。
次の瞬間、一定のリズムを刻む音が聞こえてくる。
「馬鹿だなぁ。ちゃんと部屋を見てみな。」
「なっ。」
来た部屋の入り口から、リュノが問いかける。
それに驚くと共に、部屋に展開されたそれに気づく。
「結界っ。私が作った奴か!」
「正解。便利だったから利用させて貰ったよ。上手く仕掛けてくれたようだね。」
その結界とは、マレーヌを閉じ込めていた魔法錠の結界だ。
その力で、魔界に繋ぐ魔方陣を閉じたのだ。
「は、あははっ。ならば、解けば良いだけだ! 作り手相手に使ったのが間違いだったな!」
そう言って、本物の魔法鍵を掲げる。
しかし、何も起きない。
「な、なぜっ!?」
「そりゃ、そのまま使う訳ないだろ。鍵穴ぐらい変えるさ。」
「変える? そんな馬鹿な!」
作った本人になら開けられる事ぐらい分かる事だ。
そうさせないようにするのは当たり前だ。
「解いた本人曰く、鍵を開けたと同時に鍵穴も変わるようにしたってさ。」
「ふざけるな! そもそも、鍵はこれでしか開けられないはずだぞ!」
「さぁ、僕に言われても。本人にでも聞いてくれ。って、遠い場所にいるから無理だろうけどな。」
真相は、それをした本人だけが知っている。
関係ないリュノに聞いても意味がない事だ。
「それよりも、今回の目的はなんだ? 軍団作ってそれで終わりなんてあるはず無いよな?」
「ふん。教える必要はっ…。」
「大陸への進行。」
「っ!?」
「当たりか。」
リュノに指摘された魔族が動揺する。
それこそが答えだ。
「大陸のあちこちに門の魔方陣を作ってたもんな。封印するのに苦労したよ。大方、軍団は攻める時に利用する為に使ったんだろ?」
「封印だと? 起動するまでは術者にしか場所は分からない筈だぞ!」
起動して初めて禍々しい力が溢れるのだ。
つまり、それ以前に痕跡を辿るのは不可能な筈なのだが…。
「それなら簡単だ。お前の魔法自身が瘴気を利用したものだ。それを辿ればいい。」
「なっ!? それでも人間には分からん筈だぞ。辿るなんて出来るものか!」
「残念ながら、こっちには出来る人物がいるんだよ。その人に辿って貰って封印っと。な? 簡単だろ?」
瘴気を辿れるなら、どこに仕掛けようが無駄なのだ。
そこに向かって封印する。
ただそれだけの事だ。
「ぐうっ。どこまでも邪魔をしやがって! 人間ごときが!」
「じゃあどうする?」
「こうするのさ!」
突然、魔族の姿が変わっていく。
筋肉が増し爪も伸びていく。
そして、口には立派な牙が生える。
そんな獣のような姿に変わっていく。
「はーっはっはっ! これぞ魔獣化なり! 我々魔族の最終兵器!」
「能力値が倍増し、どんな攻撃をもかき消す。なるほど、ウィロさん程の強い人がお前に従ったのはこれが理由か。」
「分かっているのか。なら話は早い。この力でお前を捻り潰す!」
魔族がリュノへと殴りかかる。
それを、リュノが避ける。
すると、部屋を壁が大きくぶち抜かれる。
「はっ、どこ狙ってんだ雑魚っ。こっちだっ…。」
そう言おうとした瞬間、魔法がリュノを貫く。
「はっ!」
そんなリュノへと笑いながら殴り続ける魔族。
更に、拳のラッシュがリュノを襲う。
その度に、血が飛び散っていく。
「ひゃっはぁ! 何が雑魚だ! どうだ? 何か言い返してみたらどうだ!」
ただひたすら殴り続ける。
ただの肉塊になっても殴り続ける。
「おらおらおら! 初めからこうしてたら良かったんだ! 何が軍団だ! てめぇらごとき、俺様の力があれば余裕なんだよ! 見てろ! お前の次は向こうにいる奴らをっ…! あはは、あははは、ひゃあーーーーーはっはっはっはっは!」
もう肉塊すら残っていない。
それでも殴り続ける。
その腕は止まらない。
そして…。
『言っただろ? この力は、感情を増幅させるって。』
次の瞬間、切り刻まれた魔族の横にリュノが立つ光景に変わる。
「言わば、脳みそへの攻撃。あれだけ揺らせば、幻覚ぐらい見せれるさ。もう聞こえてはいないだろうけど。」
「ひゃは、ひゃははははは。」
魔族は、顔だけしか残っていない状態で笑い続けている。
そして、そのまま楽しい幻覚の世界で命を終える。
そんな魔族を見送ったリュノの耳に声が流れてくる。
『やぁやぁ元気かい? 元気だよね? うん、元気だね。良かった良かった!』
通信魔法から聞こえてくる声だ。
それを聞いたリュノが耳に指を当てる。
「あ、キュリア、ちゃん。魔法鍵、ありがと、ね。」
『役に立ったようで何より。いやはや、壁だけ立派に作っといて鍵は適当って笑えたよね! お陰で、簡単に鍵を作れた訳なんだけどね。あははははは!』
声の主のキュリアは楽しそうに笑っている。
鍵を作ったのはキュリアのようだ。
「うん、本当に助かった、よ。今回ばかりは、大変、だった。」
『みたいだねぇ。お姫さんから、ある程度は聞いてるよ。でも、力の反動の方が大変そうだけどね。楽器は空気の振動で音を作る。その際、楽器自身も振動する。困った能力ちゃんだ。』
振動での攻撃は、振動を放った方も振動する。
普段まともに喋れないのは、その振動の後遺症のようなものだ。
「でも、慣れたら、ポワポワで、気持ち、良いよ? 一緒にどう?」
『それは、興味深い話だね。暇だったら一緒にポワポワしたいけど、それどころじゃーないんだよね?』
「うん。もうすぐ、魔族が、来る、からね。」
大陸に魔族が襲撃に来る。
その為の今回の事件だ。
来ることは間違いないだろう。
『どうする? 私達だけでどうにかなると良いんだけど。』
「どう、だろう。相手の情報が、無さ、すぎるから、ね。」
『なら、私が行くしかないってこった。』
『だね。じゃあ、よろしく。』
『はいはーい。』
しばらくの沈黙。
すると、いきなり介入してきた人の声が流れてくる。
『って、無視かーい!』
『いやいや、反応したじゃん。』
『そうじゃなくてさ、わぁ驚いたぁ! みたいなさぁ。』
『ワーオドロイター! これでどう?』
『馬鹿にしてる?』
『さぁ?』
通信魔法の向こうで漫才が始まる。
すると、介入してきた方が深いため息をつく。
『絶対に馬鹿にしてるよね。リュノも何か言ってあげてよ。』
「わぁ、驚い、たぁ!」
『うん。君もかい? そうかい、そうかい、仲間思いの仲間を持てて嬉しいなぁ。』
「?」
介入してきた方が、やけくそ気味に吐き捨てた。
相手をしてくれない事に拗ねているようだ。
『まぁ冗談はさておいてと。こっちに来るのかい? そっちの守りは?』
『代わりに人が来るってさ。まぁ、そっちほど荒れてないから必要ないんだけどねぇ。』
どうやら、この大陸にはいないようだ。
魔族の進行の為に来るらしい。
『んじゃ、来るまでに適当に始めとくよ。』
『よろしくねー。っと、それとさ。例の対象はどうなん?』
『にゃんすけちゃんの事? 当たりだよ。私達が追ってるやつ。ね?』
「うん、間違いないと、思う、よ。」
キュリアとリュノが確かめ合う。
間違いがないと確信する為に。
『やっぱりか。一応お頭には言ったけど。』
『お頭さんはなんて?』
『契約者共々全力で守れ、とさ。言われなくてもやってるみたいだけど。』
『まぁ、向こうから飛び込んで来るからね。面白い子らだよ。あははっ。』
キュリアの笑い声が聞こえてくる。
それを聞いた、介入してきた声は背伸びする。
『楽しそうでなにより。まぁまずは魔族をどうにかしてからかなーっと。折角組織のNo.3が出向くんだ。空回りなんて期待はずれは勘弁してほしいもんだ。』
その言葉を最後に通信魔法が切れる。