重ねた絆の一撃です
「フィーさん。私、怒ってるんだよ?」
相手を睨んだままの姿で、フィーへと語りかけるココル。
その言葉からは、どんな感情かが読み取れない。
「師匠の事もそうだけど、フィーさんだって私を置いて先に行ってた。私はフィーさんと一緒に戦ってたつもりなのに。」
それを聞いたフィーは、返す言葉が見つからない。
その言葉で、ココルの意思を無視していた事に気づいたからだ。
「でも違ってた。そう思ったら、自分がここにいる意味が分からなくなったんだ。いてもいなくても関係ないって。私がいても関係ないんだって。師匠の言ってた通りだよ。」
「そ、それは…。」
違うと口にしようとした言葉は続かない。
フィーの行動自身が違わないと証明しているようなものだからだ。
「それでも私は戦うよ。だって、私だってママを助けたいんだもん。」
足手まといと分かっても、それだけは変わらない。
マレーヌを助けたい気持ちは、誰にも負けないのだから。
しかし、そんな気持ちを踏みにじろうと大きな犬が立ち上がる。
「そう…だったな。すっかり忘れてた。私達で一緒に助けるんだったな。」
そう言って、フィーもまた立ち上がる。
そして、ココルの横に並んで立つ。
「すまない。私が悪かった。」
「じゃあ、もう二度と一人で動かないでね?」
「勿論だ。今度こそ一緒に…戦おう!」
そうして、二人同時に武器を構える。
共に戦う為に。
離れた絆を結び直す為に。
襲い来る大きな犬へと走り出す。
『まだいくか! 戦士の目はまだ死んでないっ!』
盛り上がる司会者。
並んで駆ける二人だが、フィーを置いてココルが前に出る。
「フィーさん、私の後に続いて! 私じゃとどめをさせないから!」
「役割分担だな。頼んだ!」
ココルには、相手を仕留める手段がない。
一方、今のフィーには転がせるだけの力がない。
ならば、補えば良いだけだ。
「てやっ!」
迫る牙を寸前まで引き付けたココルは、避けて下へと潜り込む。
そして、そこからの拳の突き上げを顎下へと叩き込む。
「もう一発!」
大きな犬の顔がそれたと同時に一回転。
そのまま裏拳を相手の足へと叩き込む。
すると、体勢を崩した大きな犬が倒れ込む。
「今だよ!」
「任せろ!」
返事をしたと同時に、勢いのまま突っ込んでくる大きな犬へと向かうフィー。
そのまま相手の首へと足をかけると、首元に剣を突き刺す。
そうして、剣で裂こうとするも…。
「動かないっ。」
剣を振り抜くだけの力が入らない。
それでも、笑いながら残った力を腕に込める。
「だがっ、それがっ、どうしたっ!」
意地で剣を振り抜くフィー。
そのお陰か、肉を裂いて剣を振り抜いた。
「やったな!」「やったね!」
そのまま着地すると、ココルと手と手を叩き合う。
今度こそ倒した筈だろう。
『決まったぁ! 今度こそ一匹がノックダウン! しかし、まだワンちゃんはいるぞ!』
まだ一匹が倒れただけだ。
仲間の敵を取ろうと、もう一匹が迫ってくる。
「私が倒した奴だ。勢いよく殴り飛ばした筈なんだけど。」
「構わんさ。今の私達にはな。」
この個体は、先程までココルが相手をしていたものだ。
一発を与えたようだが、元気にこちらへと飛びかかる。
それに対処しようと二人が構えるが…。
忘れてもらっちゃ困るよ!
距離を詰めた俺が、大きな犬の胴体を蹴り飛ばす。
それにより、少しだけ胴体が傾く。
「にゃんすけ!?」
それでも敵の動きは止まっただろう。
咄嗟に俺を見るも、そこにはもういない。
既に下へと潜り込んでいたからだ。
こっちだよ!
地面、お腹、足へのポイントダッシュ。
更に地面の点を蹴り飛ばして顎の下へと飛びかかる。
これならっ、どうだ!
勢いを増した蹴りを、相手の顎へと叩き込む。
その一撃には溜まらずに、斜め上へと顔が向く。
そのまま俺は、フィーの下へ。
にゃん!
行くよ!
「そういう事か! ココル、着いてこい!」
「う、うん!」
お面になった俺を被ったフィーが前へと踏み出す。
その後をココルが追いかける。
そして、前に出たフィーが相手の首へと剣を突き刺す。
「ココル! そのまま剣を蹴り飛ばせ!」
「ええっ!? わ、分かった…よっ!」
理由が分からないまま飛んだココルは、突き刺さった剣へと両足をかける。
そのまま膝を屈めると、反動をつけて勢いよく蹴飛ばした。
「これならっ!」
その勢いは、フィーの振り抜く力に加算される。
その合わさった力によって、相手の首が切り裂かれる。
「これでどうだ!」
首を切り裂かれた大きな犬は、そのまま動かない。
それからしばらくの静寂。
そして、横へと静かに倒れていった。
『二匹目撃破っ! 力を合わせて敵を撃破だ! 残すはもう一匹!』
残る大きな犬はもう一匹。
これを倒せば決勝へと進める。
「一緒なら大丈夫だ。この調子でもう一匹を倒すぞ!」
「うん!」
もう一息だよ!
まだ戦える。
二人の力が合わされば問題はないだろう。
その筈だったが…。
「終わっ、た? もう一匹は、倒して、おいた、よ。」
「え?」「え?」
ええええっ!?
そこには、倒れている大きな犬の上に座っているリュノがいた。
その横には、人の半分程ある斧が立て掛けてある。
『ええええええええっ!? えーと、動かないですね。いつの間に…。まぁでも倒れたのは事実! 決勝進出だーーーーっ!』
「「「わあああああああああああああっ!」」」
フィー達に視線が集まっている内に倒したのだろう。
結果はどうあれ、ノルマはクリアしたのは事実だ。
『まさかの伏兵! 今まで援護に回っていた二人の大活躍により見事クリア! 見事な戦いだったぞ! 観客達も大盛り上がりだ! これでまたファンが増えたんじゃねぇの? このこのーー!』
闘技場がフィー達の活躍を褒め称える。
そんな中、フィー達がリュノと合流する。
「強かったんだな。いや、そういえば貴族の護衛だったな。」
「確かにそーだったね。でも、何で隠してたの?」
「反動が、大きい、からね。でも、二人を見てたら、僕も、頑張らな、きゃって。」
なるほどね。
使いたくても使えないんだ。
「そうだったのか。無理させてすまないな。」
「ううん。僕も、力に、なりた…。」
グオオオオオオオオオオッ!
リュノが言おうとした時だった。
会場の歓声をはねのけるように、獣のような咆哮が響き渡る。
「な、何だ!?」「何なの!?」
何の声!?
『な、ななな、何の声でしょうか! もう何もいない筈…い、いや、生きている! 今、立ち上がろうとしているっ!』
会場にいる全ての者が咆哮がした方を見る。
すると、そこには立ち上がろうとしている大きな犬がいた。
しかし、それだけではない。
「見て! 何か纏ってる!」
大きな犬の体からは、どす黒い何かが漂っている。
それは、見ているだけで気分が悪くなるもの。
「あれはまさか。」
「瘴気、だね。」
うん、昨日見たやつだ。
まさに、昨日見た瘴気そのものだ。
その瘴気は次第に大きくなり、手のような物へと変わっていく。
その手は伸びていき、他の倒れている仲間を掴んで引きずる。
「何をする気だ?」
更に、瘴気の手が仲間を引きずりながら戻っていく。
そして、立っているものの中へと仲間を引きずり込む。
すると、その顔の横から他の犬の顔が生えてくる。
「三つ首。まさか、魔界の生き物か?」
「違うよ。一匹一匹は、間違いなく、こっちの生き物、だよ。」
「じゃあ何で瘴気なんかを纏ってるんだ?」
そう疑問を持つのも無理はない。
瘴気を持つのは魔界の生き物だけだ。
こっちの生き物が持っている筈がない。
『一体これは…。今までにない事で焦っておりますが…。どういう事なのでしょう。』
予想外の出来事に、闘技場が動揺に包まれる。
見慣れた観客達も心配そうに話し合っている。
そうしている間にも、三つ首の犬が大きくなっていく。
「ちょっ、大きくなってる!?」
「なるほど、ね。分かって、きたよ。ここの、目的が。」
「いや、分からないんだけど!? ど、ど、どうすれば良いの!?」
「とりあえず、来るよ。」
「えっ?」
目を離した瞬間に、三つ首の犬が頭上に迫ってきていた。
「うわああああああっ!?」
突然の事に叫ぶココル。
驚きながらも、三人は何とか横に飛んで避ける。
「ぐうっ、首が増えても行儀は悪いままだな!」
「そういう事じゃないよ! こんなのどうするのさ!」
先程よりも大きさは倍に増えている。
落ちた時に、激しい衝撃が広がる程だ。
間違いなく力を増している。
『取り合えず、戦いは続いているようです! 一体何が起きてるんだあああああ!』
降り下ろされる三つ首の犬の顔。
それを逃げながら避けていく三人。
近づこうにも、地面に顔が落ちた時の衝撃で近づけない。
「私もそろそろ限界だ。逃げ続ける訳にはいかないぞ!」
「でも、あんなのどうやって倒すのさっ。絶対体も固くなってる筈だよ!」
「あれ以上となると打つ手はないぞ! どうする!」
どうするったって。
無理じゃない?
力も先程より強くなっているのだ。
その分固さも増しているだろう。
さっきまでの攻撃は通じないと考えるのが普通だ。
しかし、それを聞いたリュノが斧を構える。
「仕方ない。もう、一振り。」
「どうする気だ?」
「僕が、斬るよ。その後に、二人で、叩き込んで。」
「む、無茶だよ!」
「一緒なら、大丈夫。なんでしょ?」
「っ!」「っ!」
その一言で、フィーとココルが驚く。
そして、二人で見合って頷き合う。
二人には絆がある。
何者にも負けない大事な絆が。
「それじゃ、行くよ!」
「あぁ!」「うん!」
こちらへと迫る三つ首の犬。
その顔に向かってリュノが人差し指を向ける。
「ばん!」
そう叫んだと同時に、手を跳ね上げる。
すると、三つ首の真ん中の顔が弾け飛ぶ。
「今だよ!」
そう言って走り出すリュノ。
その後を、フィーとココルが続く。
目指す先は、三つ首の犬の横だ。
「どこに行くんだ?」
「瘴気が、溜まってる、場所! 僕が、穴を、開けるから、二人で、押し出して!」
そう言いながら回り込むように走ると、三つ首の犬の胴体へと突っ込む。
そして、そこに向かってリュノが斧を振り下ろす。
「ざん。」
そう呟いたと同時に、斧が胴体を切り裂いた。
すると、そこからドロリとした瘴気の塊が地面へと落ちる。
「ヒット、だね。後は、任せたよ。」
そう言ったリュノの横を、二人が勢いよく駆け抜ける。
そして、傾いた胴体へと飛び上がる。
「行くぞココル!」
「うん!」
胴体に足をかけて更に飛ぶ。
そして、二人同時に武器を構える。
「「はあっ!」」
二つの力、二つの絆が合わさった一撃が叩き込まれる。
グオアアアアアアアアッ!
それにより、斧の切り口から空気が抜けるように瘴気が吹き出す。
すると、三つ首の犬は空気が抜けた風船のように萎みながら倒れていく。
倒れた三つ首の犬はそのまま動かない。
『た、倒した! 今度こそ倒しました! で、良いんですよね? はい。では、今度こそ決着だあああああああああっ!』
「「「わあああああああああああああっ!」」」
今度こそフィー達の活躍を褒め称える歓声が響き渡る。
こうして、今度こその決勝進出を手に入れたのだった。