という訳で潜入です
闘技場は、一日を通して観客の歓声で賑やかになる。
しかし、夜になると静寂に包まれる。
そんな中、闘技場の通路に立つフィーと俺。
「という訳で潜入だな。」
にゃ。
潜入です。
…にゃあ?
…どういう訳なの?
辺りは、昼の喧騒が無かったかのように静まり帰っている。
そんな静かで真っ暗な通路でふんぞり返るフィー。
そして、そんな姿を呆れるように見上げる俺。
「今の所、次の戦いを待つしかない。だが、そんなのを待ってられるような私ではない。そこで、潜入だ。私達と言えば潜入だからな。」
…だそうです。
だろうと思ったけどね。
フィーとの付き合いはそこそこ長い。
なので、何もしないでじっとするような性格ではないと分かっている。
そうなると、こうなる事ぐらいは想像出来る。
「なんか不安そうな顔だな。しかし、大丈夫だ。昨日と今日見てみた所、幸いにも見張りはいても見回りはいないみたいだからな。まさに、潜入しろと言ってるようなものだ。」
にゃん。
言ってないと思うよ。
でも、見回りがいないのは俺も気になってたけどね。
通路を通る際、数人の職員がいるのを見る事が出来た。
しかし、どれも通路の扉の前だけだ。
それ以外で、職員を見た事がない。
実際、近くの扉を見ても昼にいた警備員はいない。
「ここに警備はいない。潜るなら今だ。早速行こう。」
にゃ。
行こー。
こうなったら行くしかないよね。
不安だけど。
警備員がいない扉を潜り奥へと目指す。
そこにあるのは、曲線の通路と等間隔の扉だけ。
その途中には、シャワーや食事処といった部屋の扉が挟まれている。
フィー達がいる低ランク体の場所と似たようなものだ。
「ここは上のランクの場所か。ここにウィロが…いや、今日の戦いでまた上に上がったのだったな。」
らしいね。
どんどん引き離されていくよ。
負けた俺達と違って、ウィロは次々とランクを上げている。
つまり、ここにはもうウィロはいない。
なので、見向きもせずに次へと向かうが…。
「あれ、行き止まりか。」
ほんとだ。
ただの壁だ。
進んだ先には、立ち塞がるように壁がある。
つまり、ここから先への道は繋がっていないのである。
「これより上のランクの宿舎は逆側か。それ以上の情報はなし。まぁ、ただの寝床だしな。こんな所に秘密があるはずもないか。」
にゃ。
だね。
人の多い場所にわざわざ秘密なんて隠さないもんね。
「うむ。探すとすれば、もっと人の少ないところか。闘技場の方に行ってみよう。」
にゃー。
行ってみよー。
人の目に付く場所に、わざわざ隠し事を隠すとは思えない。
そう判断した俺達は、壁の前から引き返して寝泊まりする部屋とは逆側の扉を開く。
戦士達が闘技場へと向かう時に使われる扉だ。
そこから、奥の様子を覗き込む俺達。
「ここにも見張りはいないか。恩恵を受けている身でなんだが、守る気はあるのか?」
にゃ。
あったら見張りを置いてるでしょ。
まぁ、ここに盗むような物は無いからだろうけど。
こんな何も無い場所に、盗みに来るような奴などいないだろう。
そう考えると、見張りを置いていないのは頷ける。
そう決断し、扉を潜る俺達。
「さて、進んでみたがどう探そうか。」
にゃ…。
考えて無いんだね…。
予想はしてたけどね。
先程も言ったが、そこそこ長い付き合いである。
後先考えていないのもお見通しだ。
呆れるような俺の視線に気づいたフィーが慌て出す。
「まぁ待て。先程の考え通りだと、人が通る場所には秘密はない。つまり、あるとすれば奥の方だろう。」
まぁ、そうなるよね。
今まで通りなら。
戦場へと繋がる道もまた曲がっている。
しかし、寝床の通路と違って左右の道が一つに繋がっている。
戦士達が入る為の戦場の入り口があるからだ。
そうなると、当然人目は増えるだろう。
つまり、向かうべきはその反対の道だ。
「向こうになら、設備の部屋もあるかもしれない。探すならそこだろう。どうだ? 私だってちゃんと考えているんだぞ?」
にゃー。
今思い付いたよね。
バレバレだよ?
「むぐっ。まぁ目的が分かればこっちものだ。行ってみよう。」
にゃっ。
あっ、はぐらかした。
まぁ、当てもなく迷うよりかは良いのは確かだけどね。
秘密があるとすれば、戦士が立ち入る事が出来ない場所。
戦場の入り口とは違う方向へと歩き出す俺達。
すると、目の前に扉の付いた大きな壁が現れる。
「またか。警備が薄いわりに、しっかりと区分けされてるじゃないか。いや、区分けされてるからか?」
にゃ。
なるほどね。
戦士達がいる場所とは分けられてるから、見張る必要もないって所かな?
本来見張るべき場所と、戦士達がいる場所は分けられている。
ここの通路に見張りがいないのは、見張る必要がない方の場所だからだろう。
「そうなると、鍵が掛かってそうだな。」
立ち入ってはいけない場所ならば、鍵が掛かっていても可笑しくはない。
そう思いながらも確認の為にドアノブを回してみた時だった。
「あれ、開いてる?」
開いてるね。
鍵が掛かっていると思っていた扉があっさりと開いていく。
どうやら、鍵は掛かってないようだ。
ゆっくりと扉を開くと、奥を覗き込む。
「見たところ人はいないな。行ってみよう。」
にゃ。
大丈夫かな。
ここまで来たら行くしかないけど。
ここからは、関係者がいてもおかしくはない場所だ。
今度こそ、警戒が必要だろう。
そんな事もあって、恐る恐る扉を潜る俺達。
「ここは通路か? その割には広いけど。」
にゃー。
ほんとだね。
通路って言うより、一つの建物みたいな。
今までの一直線の通路と違い、大きな空間が横へと延びている。
天井は二階の上に届く程高い先にあり、ガラス張りの窓からの月の光が空間を照らす。
所々には椅子が並べられており、人が生活しているような感じがする。
「ここの職員の寝床だろうな。思ったより充実してるじゃないか。」
なんかずるいなー。
まぁ、ここの経営を支えてる人達だから仕方ないだろうけど。
あまりの広さに見上げてしまう程だ。
植物といったり、寛げる場所なのが見て分かる。
その空間を見ていた時だった。
「ぐえっ。」
ちょっ。
椅子に躓いたフィーが、そのまま椅子へのダイブを決めた。
顔面を椅子の座る所へと打ち付ける。
「ぐうっ。」
にゃ。
こんな所でやらかすとはね。
大丈夫?
「あぁ。柔らかくて…助かった。」
にゃー。
それは良かったけど。
って、いや、良くはないけどさっ。
俺達は見つかってはいけない身だ。
そんな時に大きな音を出しては、気付かれる可能性が高まってしまう。
それが分からないフィーではない。
「すまない。気を付けるよ。」
ほんとだよっ。
潜り込んでる立場なんだか…。
そう言おうとした時だった。
その場所にある一つの部屋の扉がかちりと開く。
「っ!?」
っ!?
誰かが扉から出てきたのだろう。
扉が開き、そこから人影が現れる。
「誰かいるのか?」
その人物は、ゆっくりとフィー達のいる方へと近づく。