霧に包まれた村に着きました
目の前に広がる霧が、視界に邪魔をする。
追いかけていたゴブリンの位置はもう分からない。
「逃げられたか。」
その様だね。
かなり悔しい。
「・・・っ! にゃんすけ、山を見てみろっ。」
や、山?
な、なんじゃこりゃ!
森だけでなく、山一面に霧がかかっている。
気づかぬうちに、霧が広がっていたようだ。
この霧が、ゴブリン達を隠したのだろう。
「どう考えてもおかしい。まるで、ゴブリン達を助けるかの様なタイミングで現れたように見えたが。」
そうだね、これが無ければ追い付いていたのに。
でも、どうして急に。
「いや、今の問題は頭の良いゴブリンだ。悪さをされたらたまったもんじゃないな。」
にゃ。
そうだね。
近くに村もあるようだし。
襲われでもしたら大変だからよ。
「そうだよな。よし、早く村に知らせよう。」
にゃー。
うん。行こう。
急いだ方が良いね。
そこからは、走って村へ向かう。
その度に、森の外にも霧が漏れていく。
視界がどんどん覆われていく。
「道にまで霧か。厄介だな。にゃんすけ。道から逸れるなよ。」
にゃん。
分かってるよ。
こんな所、目印なしで進める分けないしね。
更に進むと、目の前にうっすらと村が浮かび上がった。
道沿いと言っていたので、ここで間違いないだろう。
フィーが止まったので俺も止まる。
「ここが? 随分、霧に隠れた場所にあるんだな。」
確かに、こんだけ霧まみれだと生活しにくいだろうね。
村の中で迷ってしまいそう。
「っ!」
ふにゃっ。
村に近付くと、薄気味悪い何かが頬を撫でた。
恐らく、フィーも同じものを感じたはずだろう。
辺りを警戒しながら見渡している。
「嫌な気配だ。急ごう。」
にゃっ。
うん、急ごう。
こんな薄気味悪い場所に、長くはいられない。
門を潜り、村の中へと入っていく。
しかし、誰もいない。
そもそも、何も見えない。
「どういう事だ? 静かすぎる。にゃんすけ、何か分かるか?」
にゃあ。
いいや、誰一人として見えないよ。
まぁ、見えないだけなんだろうけど。
これだけ霧が濃いと、いたとしても分からないだろう。
それでもと、周りを注意しながら歩いていく。
すると、どこからか足音が聞こえてくる。
「おい、あんたっ」
「っ。なんだ、人か。」
驚いたぁ。人、いたのか。
見えなさすぎて、全然分からなかったよ。
「あんたら誰だ? 何でここに。」
「何って。」
「たまたま来たんなら、悪いことは言わねぇ。早く出ていった方が良い。」
なんか焦っているね。
もしかして、余所者を受け入れないとか?
その村人らしき人からは、歓迎の様子は見られない。
やはり、余所者を寄せ付けない村なのか。
だからといって、ここで引く訳にはいかない。
「いや、私達は港の村の依頼で来た。突然、音信不通になったって心配してたぞ。」
「あぁ、そういう事か。わざわざ来てもらって悪いけど、もう取り引きしないって伝えてくれねぇか?」
「なぜだ?」
「なぜって。」
ん?
なんか急に黙っちゃったけど。
何か言い淀んでいるようだ。
言いたくない事でもあるのだろうか。
そんな話をしていると、遠くから新たな足音が聞こえてくる。
「おーい。どうしたぁ。」
「それがよぉ。港の村の使いが来ちまったんだ。」
「はあっ? 何てこった。くそっ。よりにもよって今来るなんて。」
何か全然歓迎されてない。
一体どういう事なの?
「やはり、何かあるんだな?」
「…いいや。何にも無いから、早く向こうに帰って伝えてくれ。さぁ、ほら早く。」
何か急かしてる?
ひどい慌てっぷりだけど。
誘導され村の外へ逆戻り。
追い出されようとする。
背中を押されるが、まだ説明すべき事がある。
「そうだ、ゴブリン。外に頭の良いゴブリンがいる。こっちに向かったはずだ。」
「し、知らねぇよ。早く帰れっ。」
知らない? どういう事?
あれだけいたなら、村人の誰かは見てる筈だけど。
村の近くに現れたのなら、何か騒動にでもなっていてもおかしくはない。
しかし、どうやら村人達は何も知らないようだ。
そんな村人達は、焦るようにフィーの背中を強く押す。
「どうでも良いだろ。早く。」
「わ、分かった。帰る。帰れば良いんだな?」
これ以上何を言っても埒が明かなさそうだ。
取り合えず、言われた通り外に向かうが。
『ならぬ。』
「ひいっ。」
「ひゃっ。」
突然、何処からか声が。
その声に村人が怯えだした。
そして、フィーと俺は周りを見渡す。
「どこからだ?」
にゃあ?
さぁ?
ってか誰?
どこからか聞こえた声の主を探す。
それでも、村人達以外に誰もいない。
すると、再び先程の声が聞こえてくる。
『この村から出ることは許さぬ。誰であろうともな。』
「っ。誰だ! 出てこいっ!」
フィーが前に出た。
そして、声の主に向かって叫んだ。
ついでに俺も叫んでおく。
にゃー!
そうだ、出てこーい。
ひきょーものー。
『この村は、大蛇様によって支配されている。逆らう様なら大蛇様の餌にするぞ。』
「何が大蛇だ。そうやって、村人を騙しているんだろう? いい加減出てこい。」
そうだっ。そんなものがいるわけないっ。
とっとと出てこーい。
「騙す? 何の事やら。そこまで言うなら、大蛇様に会わせてやろう。さぁ、来てください。」
次の瞬間、霧の中に二つの光が。
続いて、大きな影。
で、デカイ。間違いなく蛇だ。
そういえば、ファンタジーだったよね。
この世界って。
「ひっ、ひーぃっ。お許し下さいっ。」
「お願いしますっ。」
村人が土下座をした。
必死に懇願している。
「まさか、本当にいたとは。」
『ふあーっはっはっ。どうだ、恐れ入ったか。』
何か偉そうにしてるけど、別にあいつの手柄じゃ無いよね。
それに、何故か違和感を感じる。
いや、そうじゃない。何て言えば良いのか。
『貴様らだな、私の可愛い子分を苛めたのは。全部知ってるぞ。』
「だからどうした?」
「生意気な。大蛇様の捧げ物にしてやるぞ。」
「やってみろ。」
おぉ、格好いい。
でも、どうやって戦うの。あれ。
まさか、俺にやらせないよね?
『ふん。態度を変えないようだな。このまま、食わせてもつまらん。そうだなぁ、そこにいる奴を食わせてやるか。お前のせいでそいつは死ぬっ。』
「ひ、ひいっ。」
代わりに食わせて、罪に意識を植え付ける気?
やっぱり卑怯だよ。
『どうだ?』
「ちぃっ。村から出なければ良いんだな?」
『話が早くて助かる。良いか? ちょっとでも村から出ようとしてみろ。村人を食い殺してやる。』
「分かった。」
村から出ると村人が危ない。
でも、何で出させようとしないんだろう。
『この事。しっかりと胸に刻み込め。さらばだ。』
大蛇が霧の中に消えていった。
声の主も、もういないだろう。
「ふぅ。とんでもない事になったな。ほら、もういないぞ。」
「そうか。助かった。」
土下座をしていた村人が、起き上がって息を吐いた。
もう一人も、同じように起き上がってうなだれている。
「一体何なんだ。あれは。」
「大蛇様だよ。急に現れて、俺達に捧げ物をしろと。」
「あぁ、しばらくは魚を捧げていたけど、いきなり人間を捧げろと。」
何てひどい話だ。
逆らえないのを良いことに、好き勝手されたんだね。
「それで、要求を飲んだのか?」
「あぁ、十人以上は連れて行かれた。」
あれを見せられたら仕方ないよね。
あんなの、勝てる訳が無いもん。
「なるほど。あれが原因ということか。」
「あぁ。村から出してくれねぇから、港の所まで行けやしねぇ。」
つまり、軟禁されていると。
出たらあれに、ぱっくりか。
恐ろしい所に来ちゃったね。
「そこに私達も巻き込まれたと訳か。どうしたものか。」
本当にね。
俺達もこの村で過ごさないといけない訳か。
「なら、わしの方でどうにかしよう。」
「なっ、村長っ。」
村長?
って事は、一番偉い人か。
突然現れた老人に驚く俺達。
どうやら、ここの村長のようだ。
「話は聞いていた。港の村の使いよ。この度は、巻き込んで申し訳ない。」
「いや、この村は悪くない。」
にゃん。
フィーの言う通り、悪いのは全部あいつらだからね。
村長が頭を下げる必要はないよ。
「そうか。そう言ってくれるだけでもありがたい。」
ここの村の者達は被害者だ。
謝る必要などある筈もない。
「この命に変えてもあんたらを逃がすつもりじゃ。だから、方法が見つかるまでいて欲しい。」
「分かった。それより、長旅でもう眠い。住む場所を用意してくれないか?」
「そうじゃな。今日の所は、ゆっくり休んでくれ。」
そう言って歩き出した村長の後をついていく。
相変わらず、村の中は霧で見えない。
「港の村にも迷惑をかけた。」
「そうだな。心配していたな。」
「当然じゃな。でも、もう会うことは無い。だから、ここから出たら絶対に伝えておくれ。」
「うむ、任せろ。」
しばらく歩くと、とある家の前で止まった。
周りと代わり映えがしないただの家。
誰かが住んでそうだけど良いのかな?
「ここはのぅ。連れて行かれた者の家じゃ。同じ女性だから安心出来るであろう。」
「そんな場所に住んでしまって良いのか?」
「あぁ。もうこの世にはいないからな。」
勝手に使うのは申し訳ないけど仕方ないか。
死んじゃったのなら、許可の取りようが無いもんね。
「では、ありがたく使わせて貰おう。」
「あぁ。後で食事を持ってこさせよう。」
「頼む。」
「ではまた明日。会いましょうぞ。」
村長と別れて家の中へ。
家の中は、台所と居間が一つになっている。
「こういう場所に住むのは初めてだ。」
もちろん俺も。
現代っ子だからね。
奥にある二つの扉を覗くと、お風呂とトイレ。
見る限り、家の中は綺麗に整っている。
「でも、生活しているという感じがない。連れて行かれるのを覚悟してたんだな。」
死ぬ前に、後片付けって事か。
辛かっただろうね。
フィーが木の床に座った。
初めての家を堪能しているのだろう。
「さてと。本題に入ろうか。にゃんすけ、気付いたか?」
にゃあ。
やっぱりフィーも気付いてたんだね。
それもそうか。
あれだけ露骨だったもんね。
「あの大蛇からは、全く生気と言うか。生き物の感じがしなかった。」
そうそれ。
殺気の一つでもするかと思ったけど、そもそも何も感じなかった。
にゃん。
「やっぱり、にゃんすけもそう思うのか。調べてみる必要があるな。」
そうだね。
この霧の事、謎の声の事、大蛇の事。
知るべき事は沢山ある。
「確か、山の方からだったよな。」
にゃん。
声も大蛇も山の方からだ。
何かあるとすれば、山を調べるべきだね。
「行くとすれば夜だ。敵にもばれないし、村人にも見つからないだろうからな。」
にゃあ。
村人に見つかったら止められるかもしれないからね。
下手に刺激を与えるなって。
「じゃあ、今日の夜。決行だ。よろしくなにゃんすけ。」
にゃん。
夜は得意だよ。任せて。
あとここ、土足禁止ですよ?
「あぁっ。布っ。何か拭くものっ。」
床についた自分の足跡に焦っている。
不安だ。
上手くいく事を願いつつも、俺は一息をつく。