まさかの再会です
盛り上がりを見せる闘技場。
その観客席で、俺達は耳を塞ぐ。
「なんてうるささだ。」
「こんなに大きな音、初めてです。」
耳が痛いです。
猫なので。
聴力が凄いと、こういう時不便だよっ。
観客の歓声で、耳がやられる俺達。
初めての事で、慣れていないのもあるだろう。
それに耐えながら、戦場を見続ける。
「ちっ、すばしっこい。そっちだ! 追え追え!」
「いやっ、こっちに来てる!」
叫んでいた者達が、モンスターに弾き飛ばされる。
そこに他の者が飛びかかるも、同じように避けられてからの強襲を受ける。
素早い動きからの強襲に対処できないようだ。
それでも、戦場に立つ皆が笑っている。
「やっぱ、戦いってのはこうじゃなきゃなぁ!」
「おうよ! おら! いつまで逃げてんだ!」
攻撃を受けてもなお、戦いを続ける。
強敵と戦う事のスリルに酔っているのだ。
しかし、そんな者達を邪魔する者が現れる。
「くっ。雑魚共が邪魔を!」
「なっ、仕方ねぇ。大物に追い付けねぇのは雑魚班に回れ!」
「おっす。」
大物の前に戦っていた雑魚が、戦いの邪魔をしているようだ。
それに対して、一つのグループが複数に別れて対処する。
他のグループもまた同じように対処する。
そして、そんな雑魚を指差すココル。
「ピグリンっ、牧場を襲ったやつだ!」
「なんだと!?」
ほんとだ。
よく見ると同じ奴!
そこにいるのは、牧場を襲った豚の姿のモンスターだ。
それらが、武器を持つ者達と戦っている。
「やっぱり、ここに何かあるのか。」
「師匠も闘技場のどこかにいるかも。探そう。」
「あぁ。」
にゃ。
そうだね。
探してみよう。
いち早くここに来たウィロも、あのモンスターを見ているだろう。
そうなると、じっとしてはいない筈だ。
そう思い、ウィロを探そうとした時だった。
「「「おーーーーーーー!」」」
急に観客の歓声が、一段と大きくなる。
「なんだ?」
なんなの?
どうやら、戦場が大きく動いたようだ。
そちらに目線を戻した瞬間、先程まで相手を翻弄していたモンスターが吹き飛んだ。
『おーーーーーっと! モンスターが吹き飛んだーーー! それをしでかしたのはーーーっ、なんとっ! 昨日、急に現れた新人だーーーーっ!』
「「「おーーーーーっ!」」」
一層に盛り上がる闘技場。
誰もが、モンスターを吹き飛ばした存在に歓喜する。
俺達という例外を除いて…。
「嘘だろ…。」
なんでっ。
そうなるのも無理はない。
その人物は、俺達がよく知る人物だ。
その人物を見たココルが叫ぶ。
「し、しょーーーーーーっ!」
その人物は、まさに追っていたウィロだ。
叫び声は、歓声にかき消されて届かないだろう。
それでもその声が聞こえたのか、確かにウィロがこちらを見る。
「っ!?」
その目は、見開いたように大きくなっていた。
驚いているのだろう。
しかし、すぐに起き上がったモンスターと向き合う。
「どうしてウィロが戦っているんだっ。マレーヌを探していたんじゃないのかっ。」
「分かんない。師匠…どうして…。」
なんで戦っているのさっ。
一体、何がどうしてこうなったの?
マレーヌを探す事と、闘技場で戦う事が結び付かないのだ。
思いがけない事実に、言葉が詰まる俺達。
そうしている間にも、ウィロがモンスターの顎を拳で突き上げる。
『決まったーーーっ! 今のは効いたろう! どうなんだっ! モンスター!』
拳に重い一撃を受けたモンスターは、口から血を吐きながらひっくり返る。
それから、全く動かなくなってしまう。
どうやら、先程の攻撃で命が尽きたようだ。
『動かないっ! 決着だーーーーーっ! なんと! 急な飛び入り参加の戦士が全てをかっさらったぞーーーーー! これには古株も眉をひそているっ! 憎いじゃねぇかっ、こんちくしょう!』
「「「わーーーーーーーっ!」」」
どうやら決着がついたようだ。
拳を挙げてアピールするウィロに、歓声と拍手が送られる。
そんな状況を、黙って見届ける俺達。
「もしかして、戦うふりして探っているのかも。」
「そうなのか?」
いわゆるスパイってやつ?
確かに、あれなら深く探り込めるだろうけど。
ここで何が起きているのかを探る為に、闘技場に参加しているのか。
内情を探るには、それがてっとり早いのは確かだが。
「仮にそうだとして、これからどうする?」
「師匠に会おう。せっかく居場所が分かったんだし。」
「直接聞けばって事か。賛成だ。」
にゃっ。
俺もだよっ。
あらいざらい教えて貰おうか。
せっかく本人が見つかったのだ。
考えるぐらいなら、直接聞いた方が早いだろう。
そう思い、闘技場の職員らしき人を探して移動する。
そうして、通路の門の前に立つ職員に話を聞いてみるが…。
「駄目だ!」
戦っている者と会わせてくれと頼んだのだ。
その瞬間、首を横に振られてしまう。
「えっ、どうして?」
「期間中は、戦士は出入り禁止だ。勿論、お前達のような一般人もだ。そうでないと、混乱が起きてしまう。」
あの歓声ぶりから、戦士にも人気というものがあるのだろう。
そんな状況で出入りを自由にしてしまえば、闘技場が荒れるのは当たり前の事だ。
「少しだけで良いんです。少しだけ会わせて下さい。」
「駄目ったら駄目だ。ここに入れるのは戦士だけ。決まりを守りなさい。」
まぁ、そうなるよね。
少しだけが大きくなる事もあるんだし。
それを聞いて俯くココル。
しかし、秩序を守るのも職員の仕事だ。
大きな事が起きるのを防ぐ為にも、ほんの少しの許しもあってはいけないのだ。
すると、代わりにフィーが前に出る。
「では、私が戦士になろう。」
「フィ、フィーさんっ!?」
どういうことっ!
急なフィーの提案に驚く俺とココル。
そんな中、職員は眉を潜める。
「君がかい?」
「そうだ。戦いなら慣れている。戦士なら通れるんだろ?」
「それはそうだが。」
戦士しか入れないなら、戦士になるしかない。
そう思っての提案だろう。
しかし、ココルは慌てている。
「危険だよっ。そこまでして貰うつもりは…。」
「いや、それしか方法はないんだ。考えるまでもないだろう。」
実際に、ウィロと会うにはそれしかない。
とは言っても、戦士になると戦わないといけなくなる。
会うだけと考えるとリスクは大きい。
「フィーさんも見たよね? あんな大きいのと戦わなきゃいけないんだよ?」
「じゃあ、他にどうすれば良いんだ? ここに何かがある以上、他で探しても無駄だろう。」
「でも死んじゃうかもなんだよ? 無茶だって。」
ここは、命と金が平等に扱われる場所。
死ぬ可能性は充分にありえるし、闘技場が守ってくれる事はないだろう。
まさに、命を捨てるような考えだ。
そんな風に言い合っていると、職員が困ったように頬をかく。
「あー。盛り上がってる所悪いが、出るのは無理かな。」
「なっ、…どうしてだ?」
「ここの戦士はね、貴族の駒として出てるんだ。契約出来るのは貴族だけだからね。」
ここの戦士が闘技場と契約している訳ではない。
ここと契約している貴族の代わりに、戦場に出ているのだ。
だから、一個人のフィーでは出られない。
「じゃあ、ウィロは? 今日勝利した戦士も貴族の駒として出てるのか?」
「そうなるな。戦士が直接やり取りする事は、絶対に無理だからね。」
貴族を介してでないと、出る事は出来ない。
つまり、ウィロは誰かの貴族の駒として出ている事になる。
「まぁ、そういう事だ。さ、仕事の邪魔だよ。帰った帰った。」
「ちょっ。」
これ以上話す事はないばかりに、闘技場から追い払われてしまう。
騒ぐのもあれなので、素直に従い闘技場から出る。
「困ったな。どうすれば良いんだ。ようやく、ウィロの場所が分かったと言うのに。」
「良かったと言えば良かったけどね。大人しく、外から探って見ようよ。」
「たとえば?」
「えーと、師匠と契約をしてる貴族を探すとか。」
出られないのは戦士だけ。
ならば、契約している貴族なら外にいる可能性はあるのだが。
「で、その貴族は?」
「えーと…。」
周りを見ても、それらしい人はいない。
と言うよりも、貴族らしい姿をした者が多くいる。
この中から探し当てるのは難しいだろう。
「はぁ。どうしたものかな。」
「…どうしよう。」
せっかくここまで来たのに、出来る事がない。
考えてみるが、方法は思い付かない。
「ウィロもウィロだ。事前に事前に相談ぐらいしてくれたら良いのに。」
にゃー。
全くだよ。
「でも、私達が来るって知らなかっただろうし。」
にゃ。
確かにそれもあるけど…。
せめて、伝達とかして欲しかったよ。
「全く。どうして我々が、あんな小さいのに仕事を取られなければならないのだ!」
にゃにゃっ。
うんうん。
って、あれ?
「ん?」
にゃ?
いつしか、知らない相手の言葉に返事をしてしまったようだ。
咄嗟に、お互いの視線が合う。
それからしばらくの沈黙。
すると、いきなり昔の思い出が蘇る。
(失せな、化け物。)
(小さいくせにちょこざいな。)
(助けてくれ化け物が。)
(ひっ。来るなら来い。)
思い浮かぶのは、少し昔の事。
まだ、フィーと会う前の出来事。
そこにいたのは、この世界に来て初めて出会った人物。
「あ…ああ…あ。」
にゃ…。
お互いに目線を交わしたまま動かない。
驚きで、開いた口が塞がらない。
そして…。
「あああああああああああああああああっ!」
にゃあああああああああああっ!
一人と一匹の叫び声が闘技場の外に響いた。