ドラゴンの子供でした
まず動き出したのはフィーだ。
前に踏み出し飛竜に迫るのだが…。
「はっ! …ぐうっ!?」
迫るフィーに、飛竜が炎を吐く。
その炎を、フィーが咄嗟に体を捻って避ける。
「ぐっ。前は炎を吐かなかったのにっ。」
どうして今さらなのっ?
牧場での戦いでは、吐く素振りすらなかった。
それが、今では何度も吐いてフィーを襲う。
その度に、フィーが横に避けていく。
「仲間への被害を考えてか。それとも、そう指示されてたか。」
追ってくる炎に対して、飛竜を周るように走って避ける。
元々、先導者がいるとの考えだ。
そう指示されていてもおかしくはない。
「ならば、どうして炎を吐いているのか。気になるところだがっ。」
フィーを追う炎が止む。
その瞬間、前に踏み出すフィー。
「すべてはこいつを押さえてからだ!」
そのまま一気に距離を詰めると、飛竜の顔を剣の側面で流す。
その勢いで、再び飛竜が上へと弾かれる。
更に、飛竜の足を払おうと剣を振るうが…。
「なっ!?」
飛竜の胸を走る紫の炎に、その手が止まる。
その隙を狙ってか、飛竜がフィーを吹き飛ばす。
「ぐうっ。」
投げ飛ばされたフィーは、地面に叩きつけられる。
しかし、咄嗟に起き上がり体勢を戻す。
そして、再び飛竜と睨み合う。
「紫の炎。すでに私が斬った相手か?」
だろうね。
色つきは聖火って話だし。
フィーの剣から放たれている紫の聖火と同じものだ。
それ以外には考えられない。
つまり、以前に斬った事がある事を示す。
「聖火で斬ったのは三匹。確か一匹生きてたのがいたな。」
最後に邪魔をしてきた奴だろう。
確かに、傷が浅くて倒すのに至らなかったのいた筈だ。
そんな考えをしていると、飛竜が突っ込んでくる。
がたがた。
来てるよ!
「おっと!」
俺の呼び掛けで気づいたフィーが飛竜を避ける。
突進を避けられた飛竜は、そのまま後ろの樹へと突っ込む。
その衝撃で、樹がへし折れて傾く。
それは、避けた先のフィーの元へ…。
「しまっ…!」
「フィーさん!」
それがフィーへと落ちる直前に、ココルが拳で吹き飛ばす。
そのお陰か、倒れた樹は離れた場所へと落ちる。
「大丈夫?」
「助かった。襲われてた人は?」
「近くまで見送ったけど。皆無事だと思う。」
「そうか。良かった。」
襲われていた者は、火の手が少ない場所へと逃げられたようだ。
その事に安堵すると共に、こちらを見た飛竜と向き合う。
「来るよ!」
「あぁ!」
まだまだやる気らしく、こちらに向けて吠える飛竜。
それに対して、武器を構え直すフィーとココル。
その時、飛竜が地面へと倒れた。
「えっ?」
「倒れた?」
倒れちゃったね。
一体何が?
力なく倒れる飛竜。
少しもがいているが、起き上がる様子はない。
それを見て、二人は武器を降ろす。
「取り合えず、様子を見てみるか。」
「気を付けてね。罠かもしれないし。」
これが、倒れた振りの可能性はある。
倒れる飛竜に、恐る恐る近づく二人。
そして、飛竜の顔に手を当てるフィーだが…。
「動かないな。」
「もしかして、本当に?」
倒しちゃったの?
全然動かないけど。
こうして近くに来ても暴れる気配がない。
本当に倒れてしまったので間違いないようだ。
よく見ると、口で深く息をしている。
「しんどそうだな。疲れてるのか。」
「丁度良いじゃん。このままとどめを刺しちゃおうよ。」
「いや。このまま逃がすつもりだ。」
「ええっ、何で!?」
フィーの言葉にココルが驚く。
初めから倒しきるつもりだったようだ。
それもそのはず。
「こいつ、ママを拐ったんだよ? それに、他の場所でも暴れるかもしれないし。」
「それは分かっている。でも、唯一の手がかりなんだ。」
「それは…そうだけど。」
そう思うのは仕方ないよね。
受けた仕打ちを考えるとね。
ココルからすれば、牧場を襲った存在だ。
必要だからと、許せる筈がない。
しかし、行き詰まりの現状を変える機会なのも分かっているのだ。
「本当に逃すの?」
「あぁ。つらいと思うが我慢してくれ。とは言っても、動ける様子も無いけどな。どうしたものか。」
折角の情報と言っても、この有り様だ。
動いてくれないと、どうしようもない。
その飛竜は、辛そうに小さく鳴いている。
「はぁ…。あーもう、仕方ないなぁ。」
溜め息をついたココルは、腰についている筒を手に取る。
その筒の蓋を取ると、飛竜へと寄り添い顔を持ち上げる。
「本当は、フィーさんと飲む予定だったんだけど。」
そう言って、飛竜の口へと筒を傾ける。
すると、口の中へと白い液体が注がれる。
「牧場のミルクか?」
「うん。休憩中に飲もうと思ってた奴だよ。まさか、こんな事に使うと思わなかったけど。」
入っていたのは、牧場自慢のミルクだ。
それを、飛竜は美味しそうに飲んでいる。
その目には、涙がうっすらと浮かんでいる。
「涙なんて浮かべてさ。…やりづらくなっちゃうじゃん。」
「嫌なんじゃないのか?」
「私だって情は持つよ。それに、牧場一家の娘だしね。泣いてる子は放っておけないんだ。」
職業病ってやつかな。
辛そうな子を見ると世話したくなるんだね。
例え憎い相手だとしても、辛そうな姿を見るのは嫌なのだろう。
ゆっくりと優しく、ミルクを流し続ける。
その時、飛竜の体の異常にココルが気づく。
「あれ? これって切り口?」
「ん? あぁ。それなら私が斬ったものだ。」
「違うよ。ほら、これ。」
ココルが指をさす場所をフィーが見る。
そこは、胴体の横の部分。
そこには、何かが切り取られているような傷跡がある。
それはまるで…。
「腕…か?」
「うん。普通なら腕が生えてそうな場所だと思う。…もしかして。」
生き物なら、そこから腕が生えているのが普通だ。
もしそうなら、もう片方にもあるかもしれない。
そう思い、反対側を見ると…。
「あった。やっぱり腕があったんだ。じゃあこの子って…そんな。」
ココルは、何かに気づいたらしい。
みるみる顔を青くさせる。
その様子に、フィーが気づく。
「どうかしたのか?」
「どうかしたのじゃないよ! この子、飛竜の子供じゃない! ドラゴンの子供だよ!」
「ド、ドラゴン!?」
がたっ。
ドラゴン!? あの?
って、何が違うの?
「ドラゴン。飛竜種の上位で、全ての生き物の上位に立つ存在。」
「だったら尚更、どうして魔物なんかに従っているんだ? この傷だって。」
「私に聞かれても知らないよっ。」
「それはまぁそうだが。」
そのような事を、ココルが知る筈もない。
謎を追えば、謎が深まるばかりだ。
それでも、確かな情報がある。
「だが、切り落とした奴がいるのは事実だ。」
「私もそう思う。やっぱりいるんじゃない? 先導者。」
「だな。」
がたがた。
だね。
じゃなきゃおかしいよ。
分からない事だらけだが、それだけは確かだ。
一つ一つの謎が、先導者の存在を浮かび上がらせる。
「それなら。尚更教えて貰わないとな。」
「そうだね。ほら、もう大丈夫でしょ?」
ドラゴンの頭を置いたココルとフィーは下がっていく。
すると、ドラゴンが起き上がる。
体力が少し回復したようだ。
「争うつもりはない。教えてくれ、お前をこんな風にしたやつを。」
そう呼び掛けるフィーを、ドラゴンがじっと睨む。
言葉が通じているかは分からない。
しばらくそうしていると、違う方を向き飛び去っていく。
「そっちなのか?」
「場所さえ分かればだね。」
「あぁ。だが、一旦元の場所から出よう。」
「うんっ。」
飛んでいった方に道はない。
無理に行こうとしても、火の手が行く手を遮る。
これでは追えないと、馬を呼び戻して来た道を戻っていく。
すると、森の入り口で先程の者達に迎えられる。
「戻って来たぞ!」
「無事だったのか! おーい!」
心配して待ってくれていたようだ。
手を振る者達の前で馬を止めるココル。
「助けてくれてありがとな。それで、奴はどうした?」
「逃がし…いや、倒したよ。だから、安心してくれ。」
それを聞いた男達は、安心している。
本当は逃がしたのだが、それを教える訳にはいかない。
「命の恩人だ。お礼をさせて欲しい。と、言いたい所だが、このありさまじゃあな。」
「それなら聞きたい事があるんだが。実は私達、道に迷っててな。あっちに何があるか分かるか?」
そう言って、ドラゴンが飛び去った方を指差すフィー。
すると、男達がその方向を見る。
「あっちには、大きな街があるぞ。」
「街か…見えないが。」
「少し離れてるからな。だが、行けば見えるさ。」
「目印は?」
「街そのものだな。あんなでかいの、見落とす訳が無いからな。」
「ん?」
曖昧な説明に疑問を持つ俺達。
取り合えず、遠くから見えるような大きな街らしい。
「そうか、ありがとう。行ってみるよ。」
「お礼を言うのはこっちだって。気を付けていけよ?」
「あぁ。行こうか、ココル。」
「うん。」
馬を走らせるココル。
目指すは、ドラゴンが飛んでいった方角だ。
目立つものがあるのなら、迷う事も無いだろう。
「嘘を言うのは気が引けるな。」
「仕方ないよ。説明したら、怯えさせるだけだもんね。」
「そうだな。」
がたがた。
うん。
知らない方が良い事もあるもんね。
教えてもらった方へと進んでいく俺達。
途中に休憩を挟み、その際猫の姿へと戻る。
三人乗りの再開で進んでいく。
そして、ついにそれが見えてくる。
「もしかしてあれ?」
「あれだな。確かに分かりやすい。」
にゃ。
本当だ。
遠くからでも見えるね。
そこにあるのは、一つの街だ。
その街の真ん中には、街の殆どを占めるほどの大きな建物がある。
その大きさは、街そのものがうっすらと見える距離でも分かる程だ。
「あそこにウィロさんも向かったのかな?」
「多分な。取り合えず、行ってみよう。」
答えなら、行けば分かるだろう。
目の前の街に向かって進んでいく。