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猫です。~猫になった男とぽんこつの元お嬢様の放浪旅~  作者: 鍋敷
引き離された親子と闇潜む闘技場 フラリア王国編
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何度だって立ち上がります

「くそっ!」


 地面を思いきり叩くウィロ。

 あまりの悔しさに、涙を流し奥歯を噛み締めている。


「くそっくそっ。」


 そして、次第にその勢いが衰えていく。

 悔しさから、何も出来なかった事への無力感へと変わっていく。

 そして、それはフィーもまた同じ。


「…何も出来なかった。」


 怒りや悔しさが浮かんでは消えていく。

 同時に出てくる感情を処理しきれないのだ。

 ただ魔物が去った方を見続ける。

 その横に、俺が寄り添う。


 俺も同じ…。

 悔しいよ。


「くそっ。どうしてマレーヌさんなんだっ。どうしてっ。」


 ウィロの疑問は、雨音にかき消されていく。

 なぜよりにもよって、自分ではないマレーヌを襲ったのか。

 しかし、答えを返せる者などはいない。

 その時、後ろから足音が近づいてくる。


「ママはどこ?」


 その足音の正体は、ココルだ。

 ふらつく体で問いかける。

 その言葉に、俺達の息が詰まる。


「ママは、どこ? きゃっ。」

「ココル!?」


 地面に倒れるココル。

 そこに、ウィロが駆け寄る。

 そして、ココルの上体を起こす。


「大丈夫か!」

「私は大丈夫。それよりママは。」


 そう問いかけられるも、答えられる訳がない。

 申し訳なさから、目を逸らすウィロ。

 そのウィロの服を、ココルが掴む。


「お願い…ママを…ママを助けて。」


 涙を流してウィロにすがりつく。

 マレーヌが拐われた事は察しているのだろう。


「私じゃ無理だった。私じゃ…。だからお願い。師匠…。」


 自分では無理な事は、嫌なほど思い知らされた。

 それでも助けて欲しい。

 それが出来るのはただ一人。

 それを聞いたウィロの目が変わる。


「フィーさん、後は任せられるかい?」

「どうするつもりだ?」

「奴らを追いかける。急げばまだ間に合う筈だ。」


 ココルを抱きかかえたウィロはフィーに託す。

 ココルは気を失ったのか、静かに目を閉じている。


「頼んだよ。」

「分かった。」


 そう言葉を残したウィロは走り出す。

 そして、野に放たれている馬に乗り込んで駆け出す。

 そのまま柵を跳び越えると、魔物が消えた方へと去っていく。


「ママ…。」


 意識を失ったままフィーの腕の中で呟くココル。

 悲しむその顔に、フィーの心が痛む。


「すまない。助けてやれなくて。」


にゃ。


 申し訳ない。


 そう声をかけるしか出来ない。

 助けられなかった事が悔しくてたまらない。

 そうしていると、建物の方から複数の音が聞こえてくる。


「ココルちゃん!」


 声がする方を見ると、従業員がこちらへと来ている。

 小屋で出会った従業員だ。


「あのっ。事情は遠くから見てました。それでその、ココルちゃんは…。」

「気を失っているだけだ。…ココルを頼めるか?」


 ココルを従業員へと引き渡す。

 それを従業員が抱きかかえる。


「えぇ。ですが、あなたは?」

「このまま牧場を守る。約束したからな。」


にゃっ。


 うん。

 したからね。


 また奴らが来るかもしれない。

 それらから牧場を守るためにも、休む訳にはいかない。

 そう約束したからだ。


「早くココルを安全な場所へ。」

「はい。気を付けて。」


 従業員が建物へと戻っていく。

 それを見送ったフィーと俺は、雨を凌げる壊れた場所へと移動する。


「ここで見張ろうか。ここなら、襲撃が来ても分かるだろう。」


 この場所からは、皆がいる建物や牧場全体を見る事が出来る。

 見張るなら、うってつけの場所だろう。

 その場所へと座り込む俺達。


「……。」


 その場所で、静かに見張りを続ける。

 一言も喋る事なく見続ける。

 というよりも、喋る気力すら無いのだ。

 それは、辺りが暗くなるまで続く。


「……。」


 その頃には、うたた寝が増えてくる。

 疲労からだろうか、一瞬意識を失っては首を横に振る。

 そして、ついには座ったまま寝入ってしまう。

 そうして、時間が経っていく。



「そっち! 気を付けて!」

「ん?」


 突然の声に、意識を取り戻すフィー。

 うっすらと目を開く。


「いかん。寝てしまったか。」


 つい寝てしまったと気づき、顔を振って意識を戻す。

 すると、体に乗った布に気づく。


「これは…誰かが乗せてくれたのか。」


 意識を失っている間に、誰かがかけてくれたようだ。

 落ちかけているそれを戻してかけ直す。

 その時、牧場を埋め尽くす光が目に入る。


「なんだ? これは…。」


 辺りが暗い事から真夜中なのが分かる。

 既に、嵐も収まっているようだ。

 その暗闇の中に、複数の光が浮いているのが分かる。

 よく見ると、その光を持っているのは大人の従業員だ。


「捕まえたぞ!」

「よし。そのまま連れてこい!」


 従業員達が牧場の家畜を追いかけ回している。

 それらの事が、あちこちで起きている。

 それを見たフィーは、横で寝る俺を強く揺する。


「にゃんすけ…にゃんすけ、起きろ!」


にゃふ?


 うぐ…どうしたの?


「ほら見ろ!」


にゃ?


 ん?


 フィーに促されるまま牧場を見る俺。

 そして、目の前の牧場の光景が目に入る。 


 なに? これ。


 フィーと同じように驚く俺。

 牧場の中を走り回る従業員をただ見続ける。

 その時だった。


「あら? 起きたんですね。」

「ん? あぁ、昨日の。」


 丁度通りかかった、昨日の従業員がフィーに気づく。

 その手には、工具が入った箱を持っている。


「これは一体?」

「牧場を直してるんですよ。壊れたままだと経営出来ませんから。」


 牧場は荒れ果てている。

 このままだと、いつもの仕事をこなす事は出来ない。

 それは、分かるのだが…。


「昨日あんな事があったのにか?」


 突然の魔物の襲撃。

 マレーヌも拐われてしまった。

 従業員も怖い目にあった筈だ。

 それでも、従業員は微笑む。

 

「だからこそですよ。確かにママの事は心配です。でも、落ち込んでるだけでは何も解決しない。だから、自分達に出来る事をしようって話し合ったんです。」


 このまま怯え続けて良いのか。

 帰って来るのを、何もせずに待ち続けるのか。

 それが今するべき事なのか。


「私達に出来るのは、ママが帰って来る場所を守る事。いつか帰って来たママをおかえりって迎えたいから。」


 マレーヌが帰って来た時、牧場が荒れたままだと迎える事が出来ない。

 だから、何があっても牧場を元に戻しておきたいのだ。

 マレーヌを快く迎える為に。


「いつも世話になってるママへの恩返しなんです。だから、私達は何度だって立ち上がるんです。」


 マレーヌは、居場所がない自分達を受け入れてくれた。

 それが、どれだけありがたい事だったか。

 その恩を返す時が来たのだ。


「おーい。工具はまだかー?」

「はーい! 今、行きまーす! それでは失礼しますね。」


 そう言い残して、従業員が去っていく。

 その笑顔は晴れ晴れとしている。

 他の従業員も同じだ。

 マレーヌへの感謝を返せるのが嬉しいのだろう。

 それを見たフィーも笑う。


「私が守る…か。おこがましいにも程があるな。」


 そうだね。

 余計なお世話だったかな。


 戦えるとかは関係ない。

 大事なのは思いだ。

 それがあれば、誰にだって出来る事なのだ。


「私達も混ざろう。行くぞ、にゃんすけ!」


にゃ。


 行こう。

 俺達だって。


 守るとか、上から目線な事は言わない。

 同じ立場で、同じ空間を共有した同志として。

 一員になる為に、俺達も牧場に協力するのだ。


「おーい。今度はそっち!」

「任せろ!」


にゃっ。


 任せて。


 従業員に混ざった俺達は、共に家畜を追い回す。

 他にも、荒れた畑の手伝いや壊れた小屋の修理を手伝う。

 それを終えた頃には、日が昇り辺りが明るくなっていた。

 その頃には、子供達が起きてくる。


「うわぁ、牧場が戻ってる!」


 まだ修理の途中ではあるが、ほぼ直りかけと言っていいだろう。

 その牧場を見た子供達が驚いている。


「さぁ。皆、仕事を始めましょう。」

「「「はーい。」」」


 そして、いつもと変わらぬ日常が始まる。

 皆の思いがつまった場所。

 そして、マレーヌが帰ってくる場所。

 その光景を、俺達がしっかりと目に焼き付ける。


「もう私達は必要ないな。」


 うん。

 皆、頑張ってるよ。


 俺達がいなくても、牧場は大丈夫だ。

 これからも、しっかりと守られていくのだろう。

 マレーヌを思う者達によって。


「ならば、私達がする事は一つ。それは…。」


 それは…。


「マレーヌさんを助けること。」


 マレーヌさんを助けること。

 …だね。


 この場所に、帰るべき場所に連れ戻す。

 それが、俺達がすべき事。

 いや、したい事なのだ。


「私も行くよ。」

「ん?」


 声がした方を見ると、ココルが立っていた。

 少しふらついているが、だいぶ回復しているのが分かる。


「私もママを助けたい。だから、私も行くよ。」

「でも怪我は…。」


 回復しているからといって万全ではない。

 それでも、マレーヌを助けたいというココルの気持ちは変わらない。


「大丈ー夫っ。明日までには寝て直す。それに、どうせ行くなら馬が必要でしょ。フィーさん、操れるの?」

「いや、無理だが。」

「ほらね。」


 言われてみれば。

 考える事すら無かったよ…。


 マレーヌを連れ戻すとなると、早い足が必要になる。

 しかし、フィーにはそんなものはない。

 それでは、そこまで行くのに時間がかかってしまうだろう。


「仕方ない。一緒に助けよう。」

「うん。助けよう。」


にゃ。


 助けようね。

 絶対に。


 こうして、マレーヌを助けに行く事が決まったのだった。

 それからは、いっぱい食べて寝て体を休ませる。

 そうして、明日の為に英気を養う。

 そして、次の日が来た。



「気を付けてね。」

「うん、行ってくるよ。」


 馬の上に乗った俺達を、従業員が囲む。

 見送りに来てくれたようだ。


「ママに伝えてね。私達は大丈夫だって。」

「勿論。じゃあ、出発するよ。」


 馬の手綱を持ったココルが馬に指示を出す。

 すると、馬が走り出す。

 そのまま、魔物が去った方へと駆けていく。


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