第6話:エルザの捜索
剣士には5つの等級が存在する。
神級>王級>上級>中級>初級。
一つひとつに大きな壁があり、特に王級剣士と上級剣士の壁は厚かった。ここを超えるには努力だけでなく才能も必要とされていた。
エルザ=バルディッシュは剣王バルダ=バルディッシュの一人娘である。
15歳にして《上級剣士》になった才女であり、同世代では彼女に勝る者は誰もいないと称されていた。
達人級であるため剣術に対してのプライドが高く、自分に勝てるのは《王級剣士》の剣王バルダしかいないと自負していた。
最強の父親を誇りに思い、最強の父親に並び立とうと努力する。
この時のエルザは純粋な剣士だった。
ある日、エルザの人生を大きく変える出来事が起こった。
父親である剣王バルダの、模擬戦での敗北である。
父親を破ったのは一人の少年。
名前はアレス。
彼はどこからともなく現れた。
まったくの無名であり、エルザは彼の事を何も知らなかった。
だが、彼の剣術はエルザの魂に響いた。
王級とは、剣士の到達点とも言われている。
しかし、それは言いかえると、人間の範疇で説明できる強さということだ。
しかし、アレスは違っていた。
神がかり的な強さを持っていた。
その一振りは山をも揺らし、その剣速は光をも超える。
無理やり言語化するなら、『荒れ狂う大自然』であった。人知を超えた驚異的な強さだった。
王級の父親を一方的に打ちのめした。
世界最強だと信じていた父親が剣の模擬試合で負けた時、エルザは大いに泣いた。
だが同時にアレスに対して剣士としての強い興味と尊敬の念を抱いた。
父親はアレスの事をこう称した。
神域の剣士。
神の領域に足を踏み入れた剣士。
「あれが『神級』……」
私も諦めなければいつか彼のようになれるかもしれない。
たとえ、彼のようになれなかったとしても《神級》という存在が彼女には眩しく映った。
だが、それはすぐに失望へと変わった。
エルザはある日、賢者クラウドからこう教えられた。
「アレスは目標にしない方が良いですよ。
あの強さは《勇者紋》から引き出される紛い物の強さなんですから」
勇者紋の存在は知っていた。
だが、強さはあくまでバフ程度だと考えていた。
「ハイオークに棍棒ということわざを知っているか? アレスは元々強いんだ。その強さを勇者紋がさらに押し上げているだけだろう。別に卑怯な事ではあるまい……ちょっと羨ましくは思うがな」
エルザは冷静に自分の意見を述べた。
羨ましいという気持ちがないわけではなかった。
しかし、たとえ勇者紋の力があったとしても、アレスは自分にとっては憧れだった。
アレスの強さを思い出しながら剣を振るうといつも以上に手に力がみなぎってくる。
剣の美しさ、鮮やかさ、強さ、優しさ。
アレスは私にとっての目標だった。
勇者紋なんて最初からどうでもよかった。
すると賢者クラウドは笑ってこう答えた。
「ところで知ってますか? 勇者アレスの冒険者時代のあだ名」
「あだ名?」
「アレスのあだ名は『荷物持ち』なんです。ゴブリンも満足に倒せない『初級剣士』だったそうですよ」
「……え?」
その言葉を聞いて愕然となった。
信じられなかった。
自分が信じた剣士の本当の強さが《初級》だなんて。
勇者紋を得るだけでここまで強くなれるなら、私が今までやってきた鍛錬は一体なんだったのか。
この事実はエルザの心にヒビをいれるのに充分すぎる一撃だった。
裏切られたという気持ちになった。
彼女は剣が好きだった。
それゆえに剣を知らない初級剣士に負けたという事実が認められなかった。
クラウドはさらに言葉を続けていく。
いつしかそれは洗脳のようにエルザの心を蝕んでいく。
探求が、嫉妬に変わった。
感動が、憎悪に変わった。
――――――そして、エルザはアレスの事が嫌いになった。
◆ ◆ ◆
エルザの名前を呼びながら川沿いを三人で歩いていく。
すると、川の向かい岸からエルザの叫び声が聞こえてきた。
ロザリー達と同様にびしょ濡れにはなっているが、生きている様子だった。
俺はそれを確認するとホッと胸をなで下ろした。
だが、その時。
大気中の魔力の流れが変わった。
ヌッ……!っと、エルザの背後にハイオークが現れた。
ハイオークとはオークの上位種である。
緑色の肌、膨らんだお腹、筋肉モリモリの巨大な鬼。
ロザリーとレスティアはハイオークの出現にギョッとする。
ハイオークの討伐推奨レベルは40。
現在のエルザはレベル13なのでエルザでは対応できない強さの魔物だ。
エルザは背後のハイオークに気づいていない。
「た、大変よエルザっ! アナタの背後にハイオークがいるわよ!」
ロザリーの呼び方に対してエルザは背後を振り返る。
ハイオークの姿を確認すると、大きな悲鳴を上げてその場から逃げ出した。
「ぎゃああああああ!?」
「ブオオオオオオオオオ!」
ハイオークは咆哮を上げてエルザを追いかけ始めた。
俺はすぐさま勇者紋を開放して、地面を蹴って川を飛び越えた。
向かい岸に着地して後ろを確認すると、ロザリー達の驚いている表情が見えた。
彼らからハイオークへと視線を移す。
腰から聖剣を抜き、ハイオークに狙いを定めて、攻撃スキルの《スティンガー》を発動した。
剣を用いた本気の突き攻撃を放つ。
その衝撃波は直線上にいたハイオークを跡形もなく消し飛ばした。
周囲の木々がざわめき、鳥たちが一斉に羽ばたいた。
エルザはハイオークが消えたとわかると、安堵のあまりその場にへたり込んだ。
俺は聖剣を鞘に戻すとエルザの所へとすぐに駆けつける。
「怪我はないか? 遅くなってすまないな、ごめんよ」
仲直りするためにやって来たわけなので、にこやかに話しかけた。
「別に怪我などしていない」
エルザは無愛想な顔で返事を返す。
もしかして、さっき逃走した事を根に持っているのかな?
「さっきの件なら俺も反省してるから許してくれよ」
「別にその事では怒っていない」
「じゃあ何にイラついているんだよ」
すると、エルザは舌打ちした。
不快なものを見るような目で俺の顔を睨む。
「アレスよ。なぜ私を助けた?」
「エルザがハイオークに襲われてたからだよ」
「神級剣士様は優しいな。ハイオークすら倒せない私が滑稽みたいに見えるか?」
今日はやけに突っかかってくるな。
『神級』というキーワードが出てきたから俺の強さに不満でもあるのかな。
心当たりがないわけではなかった。
彼女はある日を境に俺の事を嫌い始めたからだ。
『神級』という単語が繋がっているのは薄々理解していた。
弁解しなかったのはそれが事実だからだ。
別に俺は悪いと思ってないしね。
現に勇者紋のおかげでハイオークから襲われているエルザを守れたもん。
エルザは、なおも俺を睨んでいる。
このまま黙っていても状況は好転しなさそうなので、小さくため息を吐いて、俺は一言だけエルザに告げた。
「たしかに今のエルザは滑稽には見えるよ」
「なっ……!? ぐっ、勇者紋があるからって偉そうに――――」
「俺が今日知り合った女の子は、助けてもらった時、ちゃんと『ありがとう』ってお礼の言葉が言えたからね。あの子を見た後でエルザを見ると滑稽にしか見えないよ」
俺も人間だ。
感謝の押しつけはしたくないが、露骨に嫌われると一言くらい物申したくなるものだ。
俺の一言にエルザの言葉が止まった。
「す、すまん……。私も少し、アレスに言い過ぎた」
エルザは小さな声で謝罪をした。
「わかればいいんだよ。ロザリーとレスティアが待ってるし、俺達も戻ろう」
「あ、ああ。わかった」
エルザは大人しく俺の背後をついて来た。
彼女の場合、最低限度の理解力はあるのにどうして俺の事をこんなに嫌うんだろう。
俺は不思議に思いつつも、これ以上は何も言わなかった。
そしてパーティが揃い次第、俺達はさっそく竜の渓谷へと目指した。
クラウド? 彼はもういいよ。
聖剣欲しさに刃物を突き付けてくる奴は流石にNG
◆ ◆ ◆
アレス一行は【聖竜王】を倒すために《竜の渓谷》を目指していく。
一週間後、魔王軍の妨害も特になく、アレス達は目的地の《竜の渓谷》に無事到着した。
「超危険地帯と言っていたわりには全然敵が出現しないわね。これなら私一人でも攻略できそうね」
「あまり油断するなよ、ロザリー。敵はいつどこから現れるかわからないんだ」
「敵はアレスに任せればいいんですから問題ありませんよ。私達は後ろから見てるだけでいいんです♪」
あれ以来、エルザはややまともになったが、ロザリーとレスティアは大して成長が見られなかった。
竜の渓谷をさらに進んでいくと目的の親玉である【聖竜王】がいた。
聖竜王はアレス達を発見するや、口内にエネルギーを溜めて極太の光線を放つ。
アレスは聖剣を抜いて、その光線を一瞬で真っ二つにした。
アレスと聖竜王の戦いは数時間以上も続いた。
四天王最強と称されているだけあって、その強さは別格であった。
神級剣士のアレスと互角の戦いを繰り広げている。
「ちょっとなにやってるのよアレス! そんな雑魚さっさと倒しなさいよ! アンタ何ヶ月勇者やってんのよっ!」
「そんな雑魚に時間をかけているようでは魔王に勝てませんよ」
「お、おい、いくらなんでもそれは……」
すると雑魚扱いされた聖竜王が怒り、クルリと身を回転して尻尾で三人を弾き飛ばした。
バチーンッッ!
「「「ぎゃああああああああ!?」」」
ピューーン、キラーン☆
三人は空の彼方へと飛んでいった。
それからほどなくして、聖竜王にも徐々に疲れの色が見えてきた。
戦いも佳境に入る。先に隙を見せたのは聖竜王だった。
その一瞬の隙をアレスは見逃さない。
勇者紋の力を最大まで引き上げて神速の突きを放ち、聖竜王の心臓を一撃で貫いた。
攻撃が決まり、辺りに静寂が訪れる。
聖竜王がグラリと地面に倒れた。そして、動かなくなった。
ついにアレスはすべての四天王を倒す事に成功した。
感動を噛みしめつつも落ち着き払った様子でアレスは後ろを振り返る。
だが、そこに三人の姿はなかった。彼らは忽然と姿を消していた。
【読者の皆さまへ】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思われたら、↓の☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に変えて応援していただけますと嬉しいです!
多くの皆様に読んでもらうためには、どうしてもブックマークと星が必要となります!
よろしくお願いします!