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第5話:悪女、決意する

 私には誰にも言っていない秘密があった。



「申し訳ございません、お父様。私は本日限りで聖女を引退して、勇者達と共に王都を去ります」



 枢機卿であるお父様にそう伝えた。お父様は私の育ての親であるけれど実際には血は繋がっていなかった。私は戦争孤児であり、魔族の襲撃によって両親を失って、その後、枢機卿によって養子として迎えられた。

 お父様には感謝していた。こんな自分勝手な私を愛情を持って育ててくれた。でも私はお父様に対して何も恩返しをすることができなかった。そんな自分が一番嫌いだ。



「それで……アレス君はお前の正体に気づいているのか?」



 お父様の問いに対いて、ゆっくりと私は首を振った。

 アレスはたぶん私の秘密に気づいていない。



 どういう秘密かというと、私とアレスは『実の兄妹』ということだ。



 アレスを実の兄だと気づいたのは魔王討伐の旅を初めて2か月後の事だった。勇者紋のある右手。袖をめくった手首の部分にある『火傷の痕』を見て、10年前に生き別れになった兄だとわかった。


 その後、それとなく出生の事を聞いてみると、やはり兄で間違いなかった。

 だが最初、私はすぐに自分が実の妹だと伝えることはできなかった。私は教会の権威を保つために派遣された存在なので、自分の弱みとなる部分をすぐに伝える事はできなかった。


 クラウド、ロザリー、エルザが露骨にアレスを馬鹿にしていたのも、私が正直に話せない一因となっていたと思う。

 私は怖かった。アレスの妹だと伝える事で自分が平民だと侮辱の目を向けられることが怖かった。なにより一番怖かったのは、アレスに妹だと気づかれる事だった。

 私はこの時点で、アレスに対して散々ひどい事を言ってきた。自分自身が平民出身なのにアレスを平民と馬鹿にした事もあった。こんな私が実の妹だとわかった時のアレスの顔が、まったく想像できなかった。


 きっと喜んでくれないだろう……という事だけは確かだった。

 今更正直に話す事もできない。周りに流されやすい性格が原因で自身の退路を自然と断っていたのだ。


 だから、クラウドがアレスを追放しようと言った時、どこか安心してる自分がいた。アレスがいなくなれば自分が妹だとバレる心配をしなくて済む。だから私はクラウドの意見に賛成した。


 なんて愚かな女だろうか。10年ぶりに再会した兄を、自分の都合だけで排除しようとしたのだ。

 気がつけば私は『聖女』ではなく『悪女』になっていた。


 毒を喰らわば皿までという諺がある。

 どうせやるなら中途半端ではなく、とことん悪女になろうと思った。



 だけど、私は悪女になりきれなかった。

 ロザリーが死んだ事で、私の中の何かが壊れてしまった。

 ロザリーの事は正直好きではなかった。アレスを平民と見下すし、大して実力もなかったから一緒にいるだけでイライラしていた。でも、殺したいとまでは思っていなかった。


 あの時の、アレスの言葉は事実だった。私がロザリーを殺したようなものだ。もし私が中立を守って、アレスの言葉通り、レベル上げをするようにとロザリーを諭していたのなら、ロザリーは死ぬことがなかった。



 私は平民であるが平民と気づかれていない。

 ロザリーとエルザの二人を正しく導くことが私にはできたはずなのだ。


 でも私はそれをしなかった。それどころか真逆の事をしてしまった。

 なんて取り返しのない事をしてしまったのだろうか。

 私はロザリーの前で号泣した。ロザリーが生き返らない事を知ってなお、私は涙を流す事しかできなかった。

 友人の死に対して何もできない自分が何よりも悔しかった。


 それを救ってくれたのがアレスだった。彼は蘇生魔法を覚えていた。

 ロザリーが生き返った時、今回こそ変わらなければいけないと思った。


 翌日以降、私はできる限りアレスと行動を共にした。

 アレスは本当に優しい兄だった。こんなに醜い性格の私を受け入れてくれる。そしていつしか私は、アレスに対して『恋心』を持つようになっていた。


 兄と妹が関係を持つのは倫理的に反してるということは理解していた。

 だけど、その気持ちを抑えきれなかった。決して叶わない恋とわかっていながら、私はアレスを諦めきれなかった。


 全部正直に伝えて、兄さんとずっと一緒にいたい。

 これが嘘偽りのない、私の本当の気持ちだ。


 でもこの気持ちを貫けば、私はあらゆるところに迷惑をかけてしまう。

 お父様、ロザリー、エルザ、そして兄さん自身にも……。



 お父様が近づいてきて、ゆっくりと手を振り上げた。叩かれるかもしれないと思って、私はギュッと閉じた。

 しかし、お父様は私の頭に手をのせた。そして優しく愛おしむように撫でた。



「お前のやりたいようにしなさい。聖女でなくなろうとも、お前は私の大切な娘だ」



 私の中にずっと張りつめていた感情が決壊した。

 気がつけば、私の目から涙が零れていた。顔をくしゃくしゃにして、泣きながら、お父様に抱きついて、何度も謝罪した。



 ◆ ◆ ◆



 王都を発つまでの道のりは、お父様が全部用意してくれると言った。

 その際、クラウドに対して『報復』するとも言っていたが、それに対しては「別にしなくてもいい」と伝えた。

 あれは私も悪いのであって、クラウドだけが悪い問題ではない。


 私がそう伝えると、お父様はまた頭を撫でてくれた。お父様に頭を撫でられるのは、アレスから頭を撫でられるくらい好きだった。



「レスティアよ。事が落ち着いたら、私もレスティアの所に遊びに来てもいいかい?」



 もちろん、私は笑顔で頷いた。

 優しいお父様に見送られながら私は馬車に乗って王都をあとにした。


 私の歪んだ気持ちは、ロザリーの真っ直ぐな気持ちを傷つけてしまうかもしれない。

 でも、この気持ちだけは、みんなに全部正直に伝えたかった。その上で、また一緒に旅をしたかった。

 この気持ちを伝えた時、私は本当の意味で、クレア=エルゼルベル=クォルテとしての私を伝えた事になる。



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