第2話:勇者、真実の愛に気づく
俺はこれからバイオハザードが起こっている地獄へと送り込まれる。国王の命令ゆえに、それを拒否する事はできないし、俺に味方してくれる者も誰もいない。
自分の情けなさに溜息をつきつつ、俺は自分のステータス画面を開いた。
―――――――――――――――――――――――――――
■アレス
○装備
[武器:聖剣レイスアール]
[防具:聖竜王の鎧]
[防具:邪竜王の靴]
[防具:魔王のイヤリング]
○使用可能スキル
◆身体能力強化系
《剣術Lv10》《槍術Lv10》《弓術Lv10》《盾術Lv10》《拳術Lv10》
◆魔法系
《火魔法Lv10》《水魔法Lv10》《風魔法Lv10》《地魔法Lv10》《闇魔法Lv10》《雷魔法Lv10》《光魔法Lv10》
◆サポート系
《鑑定Lv10》《治癒魔法Lv10》《魔法耐性Lv10》《縮地Lv10》《自然回復Lv10》《スキル創造Lv10》《テイムLv10》《吸収Lv10》
◆称号
[追放されし者]
―――――――――――――――――――――――――――
スキルは身体能力強化系・魔法系・サポート系の三種類に分かれている。
紋章の種類によって使用できるスキルは決まっているが、勇者紋を持っている俺はすべてのスキルを使用できる。
また、スキルが上昇する速度も他の紋章に比べてめちゃくちゃ速いのも勇者紋の特徴だ。
一般的なスキルの進化速度の100倍。
ハーケテュリアではこれに加えて《ゾンビ耐性Lv1》が必要なので、ゾンビを倒して入手する必要がある。
また、ハーケテュリア領に蔓延してるゾンビウイルスだが、スキルの上限レベルとなる《光魔法Lv10》の中には、このような魔法がある。
フィールドキュア
:汚染された土地を浄化する。
この浄化魔法を使えばゾンビウイルスも除去できると思う。
どれくらいの年月がかかるのかはわからないけど、最後まで完遂したいと思っている。
これが終わった時、俺は本当の意味で勇者を引退する。
ハーケテュリア領に行くのは、国王のためでも、皇太子のためでもない。
一緒に旅をしてくれた仲間達の未来を守るため。
ゾンビウイルスという最後の敵を滅ぼしにいく。
そこに政治的な大人の事情はない。俺自身で選んだ答えだ。
ハーケテュリア領のバイオハザードは、いわば魔王討伐後の裏クエストのようなもの。
この裏クエストは最後のケジメなのだ。
子供が泣かない世界を作るための、勇者としての最後の戦いだ。
◆ ◆ ◆
国王との謁見が終了後、半日もしないうちに、俺は半ば強制的に王都から追い出されようとしていた。
現在俺は王都の入口にいる。
前方にはハーケテュリア領行きの馬車が止まっており、俺が役目から逃げ出さないように監視してる兵士が数名。彼らは俺と一緒にハーケテュリア領に行く兵士達だ。どういう基準で選ばれたのかは知らないが、兵士達は俺が逃げ出さないように目を光らせている。
「おい待てよ、ゾンビ勇者」
ハーケテュリア行きの馬車に乗ろうとしたその時、背後から男性の声が聞こえてきた。
俺は無言で振り返った。そこにはニヤニヤと笑みを浮かべてるクラウドがいた。
「この俺が見送りに来てやってんのに笑顔一つ返せねえのか、ゾンビ勇者」
ゾンビ勇者というのは、これから俺がゾンビウイルスの蔓延した領土に赴くことを蔑称した呼び名だろう。腹立たしい事この上ないが、ここで俺が怒っても状況が悪化するだけなので、俺は頑なに言い返さなかった。
俺の肩に手を置こうとしたので、すぐさま手で払いのけた。精一杯の反撃だ。
そんな俺の態度を見て、クラウドはさらに唇を歪めて嘲笑する。
「くくく、神様も不公平だよなぁ。大切な仲間は俺に全員奪われて、お前はゾンビ塗れの土地で一生暮らしていかなければならない。まあ、仕事中にゾンビ化しないようにせいぜい頑張ってくれよ。俺も王国の未来のために、まずはお前が一番大事にしていたロザリーと子作りに励んでやるからよ」
その言葉を聞いて、思わず鞘から剣を抜きそうになった。
でも、なんとか堪えることができた。
俺の使命はこのクズ野郎を斬り殺す事じゃない。ゾンビウイルスの恐怖をこの世から消し去って、みんなを安心させることだ。
子供達が泣かない世界を作るために、この屈辱は受け入れなければならない。
でも、悔しい……悔しすぎる……。こんな奴にロザリーを取られるなんて……。
別に、ロザリーと俺は付き合ってたわけじゃない。だから、煮えくり返るようなこの気持ちは俺の独りよがりだ。勇者の使命なんて放り投げて皇太子からロザリーを略奪したい。
いまの俺は世界一情けない勇者だった。
もう限界だ。こんな所にいたくない。
唇を引き締めて、今度こそ馬車へと乗ろうとする。
その時だ。
「はあはあ、待って!」
聞き覚えのある少女の声に、俺はゆっくりと振り返る。俺は目を見開いて、この場に現れた人物を凝視する。
シルドマルク城の方角から一人の少女が走ってくる。
ロザリー=サルバートだった。
一年間の旅でやや背丈が伸びて、いまは外見相応の16歳くらいの見た目になってる。
鮮やかな赤い髪に紫色の瞳。瑞々しい桃色の唇、白磁のような傷一つない白い肌。年相応の幼さが残る顔立ちは可憐であるが、つり目がちなので気が強い印象がある。
初期と同じく、黒色の三角帽子を被っており、漆黒色のローブで身を包んでいる。ローブの下には白色のインナーを着込んでいる。
右手には、自身の背丈とほぼ同じ長さの杖を握っている。杖の先端付近に朱色の球体の装飾がついている。
俺は唖然となった。
ロザリーは兵士に連れられて、牢屋に拘束されてるはずだ。彼女は炎魔法が得意だから鉄格子を焼き切ったのかもしれない。でも、それでも驚きだ。
ロザリーは唇を真一文字に結びながら、ずんずんと迫ってきて、俺の目の前に立った。
そして、俺の胸元を思いっきり掴んで、引っ張り上げる。
「ハーケテュリア領に行くなら私も連れて行きなさいよ!」
侯爵令嬢らしい、やや命令口調でそう叫んだ。
ロザリーのその言葉に、俺とクラウドのやり取りを眺めていた街の群衆達が息を呑む。
「はぁ? おい、お前は俺の妻になる女だろ! 勝手な事を言うな! そいつと一緒に行く事は絶対に許さん!」
ロザリーの背後では、クラウドがなにやらごちゃごちゃと叫んでいるが、ロザリーは当然それを無視。というか多分聞こえてない。彼女の紫色の瞳には俺しか映っていない。
俺はというと、まだ状況が理解できずにいた。
「えっと……本当に俺なんかでいいのか?」
我ながら情けない台詞だ。
するとロザリーは憤怒して、俺の右頬を思いっきり平手打ちした。
「はぁ? アンタ馬鹿ァ? なんで好きでもない男と結婚しなきゃいけないのよ。皇太子との結婚なんてこっちから願い下げよ! そもそも、私が勇者パーティに加わった理由は、勇者と結婚するためって前にも言ったでしょ! なに勝手に忘れてんのよ。その間抜けな面、ぶっとばすわよっ!」
こ、怖すぎる……。
気が強いのは昔からだけど、公然の前で皇太子との結婚を拒否できる程豪胆だとは、俺も思っていなかった。
「アレス!」
「は、はい!」
「細かい事を気にするのはアナタの悪い癖よ! まずは私の答えを教えてあげるから、ちょっとだけ屈みなさい!」
ロザリーはブチギレ状態で俺に命令する。その怒気に押されて、俺は言われるままにしゃがむ。
すると……。
なんと俺の首に腕を回し、抱きつくようにキスをした。ロザリーの取った行動に俺は唖然となってしまう。キスの時間は数秒ほどだったが、そのキスの間だけは、時間がゆっくり進んでるように感じた。
「これが私の答えよ。ロザリー=サルバートは他でもないアンタを選んだの。黙って私を受け入れなさいよ。それとも、アンタはどうなのよ。私の事がまだ嫌いなの?」
涙ぐみながら、俺にそう尋ねた。その目には不安そうな色が少しだけ宿っていた。
いまので目が覚めた。ロザリーの本当の気持ちを確かめるのが怖くて、俺はただ逃げていただけなんだ。
好きな子にこんな悲しい目をさせてしまうなんて、男性として失格だ。
だけど、俺はもう逃げない。ロザリーを幸せにする。
その上で俺も幸せになる。
子供達が泣かない世界も大事だけど、好きな子が泣かない世界はもっと大事だ。
言葉よりも行動でロザリーへの気持ちを示す事にした。
今度は俺の方からロザリーにキスをした。
一瞬、目を見開いて驚いてるような表情を浮かべ、ゆっくりと目を閉じてキスを受け入れた。目の端には涙が浮かんでいた。
「これが俺の答えだ。キミの事が嫌いなわけあるもんか」
「アレス……ぐすん、ありがとう……」
その瞬間、観衆達は拍手喝采。
彼らの大半は俺達の事情を知らない。俺達に勢いがあったから感動しているんだと思う。
一方、皇太子のクラウドはというと、頭を抱えながら発狂してる。
「があああああ⁉︎ 脳が壊れるぅぅう! ふざけるなぁぁぁあ! サルバート家のワガママ令嬢! 勇者アレス! 皇太子の俺に恥をかかせやがって! このまま生きてハーケテュリアに行かせると思うな!」
クラウドは激怒して大勢の兵士達を呼んだ。すると、四方から大量の兵士がやってきて俺達を囲む。
周りに市民達がいるのに、こんな蛮行を行えば、今後の名声に響くはずなのにクラウドはまったく気にしようとしない。
ま、まるで成長していない……。
「あんた、本当成長しないわね……。アレスの手柄も横取りするし、いったいどれだけの横暴を重ねれば気が済むのよ。アンタみたいな節操のない奴をなんて呼ぶか教えてあげるわ、『クソ野郎』っていうのよ」
俺の気持ちをそのままなぞるように、ロザリーはそう言った。
「黙れえええええええええええ! おい、こいつらはシルドマルク王国を裏切った売国者共だ! もはや英雄ではなく賊徒である。即刻切り捨てい!」
クラウドはそう命じる。
すると、兵士達が雄たけびを上げながら俺達に襲い掛かってくる。
同時に、ロザリーが俺の方を見た。俺は小さく頷く。
「一緒に戦おう。大丈夫、魔王を討伐した俺達なら絶対に負けない」
「そうね。新しい旅への肩慣らしにはちょうどいいわね」
ロザリーはニヤリと笑った。
それが戦闘の合図だった。俺は鞘から剣を抜いて、《剣術Lv10》を開放する。
この《剣術Lv10》の斬撃速度を喩えるなら、神速とでも言えばいいのだろうか。
俺の一振りによって、周囲の兵士が同時に吹き飛ばされた。
兵士は次々と斬りかかってくるが、俺はそれを鮮やかにいなして次々と兵士を気絶させていく。
ロザリーも火魔法を使って兵士達を焼き払っていく。一応兵士達が死なないように威力を加減してるっぽい。
戦闘が始まって一分もしないうちに、100人くらいいた兵士は、ほぼほぼ俺達に倒されてしまった。
だがこのタイミングで、混戦からか、ロザリーに隙ができてしまう。
そこを突くように、ロザリーの身に凶刃が及ぶ。
カキン―――――ッ!
だが、その一撃は黒髪の少女によって防がれる。
剣聖エルザだった。
【読者の皆さまへ】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思われたら、↓の☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に変えて応援していただけますと嬉しいです!
多くの皆様に読んでもらうためには、どうしてもブックマークと星が必要となります!
よろしくお願いします!




