第1話:勇者、寝取られる
一年間の遠征の末、紆余曲折を経て、魔王討伐を果たした勇者の俺は、仲間達と共に王都に帰還した。
その後の凱旋式では、皇太子のクラウドが主役だったので退屈だった。
だが、俺が目的としてるのは名誉ではなくマネーなので問題ない。
報酬を貰ったらさっさと隠遁して、畑でも耕しながらスローライフを送る予定だ。
軍権を返して田舎で余生を過ごしたいという旨は、書簡を通して国王にはすでに伝えてある。
狡兎死して走狗烹らる。
兎がいる間は猟犬は役に立つけれど、兎がいなくなったら用済みになって殺される。
強すぎる勇者の力は、平和な世では必要とされず、権力者から疎まれる存在となりえる。
そうなる前にこちらから身を引くわけだ。元々、俺自身が権力に大して興味ないってのもある。一生困らないだけの大金さえ貰えれば言う事なしだった。
趣味の釣りも再開したいな。新しい事にもチャレンジしたい。
引退後のスローライフ生活を想像してる俺に対して、国王ローグジェイドは静かにこう告げた。
「勇者アレス、お前に与える領土は……ハーケテュリア領だ」
俺を含めた勇者パーティの全員が凍りついたのを感じた。
国王が俺に与えた土地はバイオハザードが起きて人口の10割がゾンビ種になっている恐ろしい土地だったからだ。国王が俺を排除しようとしてるのは誰の目から見ても明らかだった。
国王の言葉に俺も怒りを爆発させそうになったが、もしここで俺が国王の面をぶん殴ろうものなら確実に面倒な事になる。拳を握りしめて平静を保ちつつ怒りを堪えた。
平伏したまま考えているのは国外への逃亡。
役目を放り出して他国に逃げよう。こんなクソみたいな国のために命を張るなんてもうたくさんだ。
「名案ですね、お父上。彼は我々にできなかった魔王退治すら上手に成し遂げたのですから、ハーケテュリア領もきっと上手く治めてくれるでしょう」
ローグジェイドの息子である皇太子のクラウドが拍手をして大賛成した。
平伏してるのでクラウドの表情は見えないが、声色からニヤついてるのが伝わってきた。
彼は勇者パーティの一人であり、魔王討伐に貢献を果たした功績が認められて、一年後には国王の席に即位する事が決まっている。
「うむ、勇者もハーケテュリア領にとても満足してるようだし、こいつへの恩賞はこれくらいにして、今度はお前の論功行賞に移ろうか」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! こんなの報酬じゃなくてただの死刑宣告よ! アレスは王国のために命懸けで戦ったのよ! 仲間としてこんな横暴見過ごすことができないわ!」
魔導士ロザリーが思わず声を荒げた。
ロザリーだけじゃない。他の仲間達(※ただし、クラウドは除く)も俺のために必死に国王を説得する。
俺は唖然とした表情でそんな三人を眺めていた。
大魔導士のロザリー。
剣聖のエルザ。
聖女のレスティア。
この三人は平民の俺とは違い、各派閥の代表なので、国王への諫言もギリギリ許される立場にある。
だが、俺は勇者でこそあれど平民だ。コネもないし金もない。魔王を討伐した今、国王を敵にしてまで俺を守るメリットなんて存在しないのだ。
俺と三人の関係は決して良いとは言えないものだった。むしろ最初は敵対していた。
彼女らは俺を平民と見下し、勇者と認めなかった。
俺自身も、そんな彼女らを疎ましく思っていた。
それが今では、国王に反発してでも俺を守ろうとしている。
なんというか、本気で泣きそうだ……。
俺の勇者としての努力は無駄じゃなかったんだ。
「ふん、愚か者め。おい、この三人を牢屋に連れて行け!」
しかし、三人の要望は国王にまったく届いておらず、かえって国王を怒らせてしまった。国王は兵士達に命じて三人を拘束して、謁見の間から無理やり追い出した。
「彼奴等は随分と甘やかされて育ったみたいだな。大局も理解できぬ恋愛脳の末路よ」
「左様でございますお父上。ハーケテュリア領のゾンビウイルス問題を解決しなければ我が国に未来はないというのに、私ではなくアレスと結婚したいだとか、ふざけた事ばかり毎回言っております」
クラウドは舌打ちしながらそう答えた。
「やれやれ、侯爵家の娘、剣王の娘、枢機卿の娘、それぞれが大派閥の娘であろうに、平民ごときに惑わされるなんて呆れたものだ」
その平民出身が目の前にいるのによくもまあそんな言葉が次々と出てくるものだな。
こいつらの言ってる理屈は正しいかもしれないが、感情論として受け入れ難い。
「さて、話を戻そう。クラウドよ、お前の要望を言ってくれ」
「大魔導士ロザリー、剣聖エルザ、聖女レスティアとの婚約です。私は次期国王なので世継ぎを決めなければなりません。つきましては、一緒に旅をしたその三人との婚約を正式に認めて欲しいのです。彼女らも皇太子の私と婚約できれば満足でしょう」
「うむ、よかろう! よし、これにて論功行賞は終了だ。勇者アレスよ、王都には一生戻って来なくていいぞ。ゾンビウイルスまみれのお前が王都に戻ってくると国民全員が困るからな」
ローグジェイドはニヤニヤとそう告げて、謁見の間をあとにした。ローグジェイドがいなくなり、俺はようやく顔を上げた。
すると、クラウドが近づいてきて、俺の肩を叩きながら笑った。
「お前が大事にしていたあの三人は、俺がかわいがってやるから安心しろよ。まあ、ハーケテュリア領から一生出られないお前には関係のない話だけどよ。これが皇太子と平民の差って奴さ。あはははははは!」
クラウドはそう笑って謁見の前から消えた。
◆ ◆ ◆
俺が勇者の力を得たのは15歳の時だ。
シルドマルク帝国の子女は15歳になる歳に《祝福の儀》を受けて、紋章を授かる事になっている。
紋章とはスキルの力を引き出す力の源である。
紋章は大きく分けて4つ存在している。武闘紋・魔導紋・僧侶紋・勇者紋の4つだ。俺が授かったのはその中でも最も『最強』とされる勇者紋だった。
魔王が出現した時にのみ現れるとされる伝説的な紋章で、俺はその勇者紋を授かった事で勇者として任命された。
勇者紋は、他の三つの紋章を遥かに超える紋章で、一騎当千の力を秘めた最強の紋章だ。
勇者になって最初の一年間は王都で訓練を受けた。すべては魔王アイギスを討伐するために、100年間続いた人間と魔族の戦争を終わらせるために、シルドマルク帝国の平和を守るために。
ロザリー=サルバートとはその時知り合った。
彼女は魔導協会の重鎮である大賢者ゴルドー=サルバートの子供の一人だった。ロザリーは次女で、ヴェルガモットという姉がいる。姉の方はサルバート家の次期当主になる必要があったので、死んでもあまり問題のないロザリーが勇者パーティに配属された。
ロザリーの役目は、一言で言ってしまえば、勇者の子を孕むことだった。
サルバート家の権力の地盤をさらに固めるためだ。魔王軍と戦いでロザリーが功績をあげて、勇者の子供まで作れば、サルバート家は未来永劫安泰だった。
ただ、この計画には一つだけ問題があった。俺の身分があまりにも低すぎたのだ。
俺の身分は平民、ロザリーの身分は侯爵令嬢。
王族>侯爵>伯爵>子爵>男爵>騎士>平民
このように続く、明確な身分階層の中で侯爵家と平民は釣り合わないものだった。
それでもロザリーは投入された。平民という部分を考慮してでも勇者の血筋を得ることは一族の権力を高める上で重要だと考えたのだ。
それじゃあ、当事者のロザリーはどうだったかというと、彼女自身は俺を嫌悪していた。
勇者パーティに加わった後も、意地でも俺を仲間として認めようとしなかった。
俺を排除しようと動き出したり、俺に対して当り散らすのは日常茶飯事。一年半もの長期間、俺に対して罵詈雑言を繰り返した。
傍若無人で自分勝手な可愛げのない貴族令嬢。
これが俺のロザリーへの印象だった。
お互いの関係は最悪だった。
二人の関係が変わりだしたのは魔王討伐の旅が始まって半年くらいだろうか。
ある日、ロザリーが戦死した。仲間から逸れた所をモンスターから狙われて即死。あっけない最期だった。
その時、俺は蘇生魔法を覚えていたので、自身のレベルを代償にロザリーを蘇生した。
Lv99→Lv1という過程を経てロザリーの蘇生。
はっきり言って、まったく釣り合っていなかった。
実力ではなく俺の子供を孕むために採用された縁故採用だったので、本人のレベルもあまり高くない。彼女の代わりはたくさんいた。侯爵家の娘という部分さえこだわらなければ、彼女を蘇生させる理由はなかった。
それでも俺はロザリーを蘇生した。理由は今でもわからない。侯爵家の娘としての価値を優先したのかもしれないし、仲間としての情が少し残っていたのかもしれない。
いずれにせよ、俺はロザリーを助けたわけだ。
結果論から言えば、俺の選択は良い方向へと働いた。
それがきっかけで、ロザリー自身が変わりだしたのだ。これまでの専横な振る舞いを改めて、徳を意識した行動を自発的に取るようになった。
俺の事も仲間として認めてくれるようになった。
俺達の関係は、徐々にだが、確実に改善されていった。
元々の性格が尊大なので上手くいかない事も多かったが、自己を律して仁徳を積むその姿は俺に感動を与えた。
恋愛に発展する事は最後までなかったが、俺も少なからずロザリーの事は意識するようになった。愛しさを覚える事さえあった。
これがLikeという気持ちなのか、Loveという気持ちなのかはわからないけれど、終盤においては『大切な仲間』だと感じていた。
だからこそだろうか。
皇太子のクラウドとロザリーが婚約する事が正式に決まった時、脳が壊れそうになった。
お互いの身分が違うのは俺も理解してたし、ロザリーは最終的に貴族の誰かと結婚するのだろうなとも思っていた。でもまさかクラウドとは思ってなかった。
クラウドは勇者パーティの一人だったが、最後まで信用できなかった。
俺をパーティから追放しようとしたり、魔王軍と内通して俺を殺そうとしたり、俺の聖剣を奪い取ろうとしたり、卑劣で狡猾で傲慢で嫌悪感を抱く悪意の塊のような人間だ。
現にさっきだって、俺のハーケテュリア領行きを止めてくれなかった。それどころか大拍手で賛同していた。
正直魔王より皇太子の方が100倍嫌いだ。
だが、最終的に勝利したのは皇太子クラウドだ。
俺はどこまで行っても平民。クラウドは皇太子であり、権力の中枢を掌握してる王族。初めから俺に勝ち目はなかったのだ。
ロザリーをクラウドに寝取られたとしても俺は泣き寝入りするしかなかった。
結局俺は、皇太子を持ち上げるための政治の道具にすぎなかった。
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