口裂け女に音楽プレイヤーを渡した
完全な突発的病。
楽曲自体は書いていないから許されますよね?ね?
「ねぇあなた、私って、きれい?」
日は傾き黄昏時、唐突に後ろのほうから声をかけられた。くぐもりながらもよく通った女性の声だ。
数メートルとはいえ後ろを取られるなど、不覚!、などとプライドの高い女剣士のような事を心の中で呟きながら振り返る。
実際、僕は身空上、周りを常に警戒しながら歩いている。真後ろを取ってくる存在など自動追尾が搭載しているとしか思えない無意識歩きスマホ野郎ぐらいしかいない。それも、僕が気にしていないだけで避けようと思えば避けれる。
とはいえ今回は、また別パターンのように思えた。何故なら、その存在、この場合『彼女』は、僕の後方数メートル先のあたりにいきなり現れた感覚があったからだ。
一般人ではなさそうだった。
ある程度の予測も立てながら、周りに人がいないことを確認して声をかける。先程の『あなた』は完全に僕を指し示していたようだが、万が一もあるため『彼女』に確認も取る。
「それって僕に聞いています?」
危険であると承知しながらも目を見て話す。これが僕のポリシーだ。ポリシーを破るくらいなら死んでもいい。僕は頑固親父に育てられたのだから似ていたって不思議じゃない。俯きがちな黒目だった。
身長は160センチほど。肩にかかる程の長い黒髪は、よほど手入れがされているのであろう、光沢を放ちながらスラリと伸びていた。その黒髪によって、白のワンピースが際立ちを放っていた。
ただのオシャレ好きのお姉さんなのでは?と思ったところで最後に顔を見る。ナンパ親父の教えで女性はまず外見を褒めろと言われていたためである。そして僕は『彼女』の正体、名称名を完全に理解した。
顔面積の7割近くを覆うマスク、そして最初の、
私って、きれい?、
この特徴から推測するに、彼女は···いや、目の前の『怪異』は、口裂け女だった。
「ええ、そう。あなた。それで、どう?私って、きれい?」
さぁ困った。一体僕はどうすれば良いのだろう。口裂け女は想定していなかった。関東圏での出没率は限りなく低かった筈だ。だからまだ対策を立てていないどころか、対処法もまともに知らない。非常にまずい。
···俗説でいいのだろうか。というかそれしか知らない。
どんな女性だろうとその人となりをまず知ることだ、今頃、黄泉の国で女性を引っ掛けているであろう親父の格言に一つ従ってみるか。···相手、怪異だけど。
なるべく冷静に、
「いやぁ、僕の節穴な目ではわからないです。」
そこで一度区切り、様子を伺う。
···うわー、なんか闘気っぽいオーラが出ているのだけども。髪も白く変色して、ワンピースは黒く変色している。それにいつの間にか巨大な鋏引きずっているし。何その大きさ、テケテケじゃないんだからさぁ。生身で立ち向かえるわけが無いじゃないか。言葉一つでピンチかよ。
なので、急ぎ目に言葉を繋ぐ
「な、なので、一度マスクを外してくれませんか?僕は貴方の素顔が見たいんです」
最後にニッコリとした表情を忘れない。これさえすればだいたい人当たりはいい。とはいえ、胡散臭さも増えはする。
そして、もう一度様子をうかがう。
すると一瞬の内に元の姿へと戻った。···鋏はそのままで。それに何故かアホ毛が一本立っている。意味がわからない···
「あ、あぁ。確かにそうですね。わかりました」
そう言うと『彼女』は、マスクを外し見つめてくる。確かにほっぺたの辺りが裂けている。口裂け女で間違いなかった。
·····『彼女』、口裂け女、が異様に澄んだ目ずっと見つめてくる。···なんだろう、少し、あれだ、なんか違う気がする。
「あの、そのまんまだと可愛いだけですよ?」
「いやぁ、可愛いじゃなくてって、え?そのまんまって···」
彼女は、少し考え込む素振りを見せてからハッとした表情を浮かべ、お決まりのセリフを言ってくる。
「えあ、、こ、これでも!」
口裂け女は、大きな口を開いて威嚇する···が、恥ずかしさのせいか目も瞑り、顔を赤らめているので全く怖くもない。
というか、この子、アホの子だ。
「うん。きれいだよ。」
実際には可愛いのだけど定石に則ろう。情報不足で死にたくはない。···って、未だに鋏引きづっているのかよ、怖ッ
「え〜。嬉しいです。そんな言葉、初めて言われました!」
彼女は、よほど嬉しかったのか相好を崩しながらお礼を言ってくる。崩れすぎて顔が恵比寿みたいになっているんですけど···もはやキャラの原型留めていないよ。
「なので、もう一度言ってくれませんか?」
そんなこと、いくらでも構わない。嘘には近いが間違ってもいない事を、連投することに躊躇いを覚えることなど無い。そうだろう?
「ああ、君はきれいだよ。」
「もう一回!」
「きれいだ」
「お願いします!」
「とっても綺麗だ」
「あと一回!」
「君はきれいだ、」
「もう一度だけ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
埒があかない。新手の羞恥プレイなのか?こっちが悶え死ぬッ!
もし、彼女、『口裂け女』、から逃れるための手段として、一定以上の満足度を与えることが目的なら、これ以上言うのも構わない。だが、そこに終わりが見えないなら話は別だ。流石に厳しい、
と、そこで天啓が降りてきた
そうか、彼女は「きれい」という言葉を欲しているわけだ。だったら別に僕でなくてもいいのでは?
きっと、この時の僕はおかしかった。リズムに乗せられて「きれい」と言わされ続けていたからだろう、それに、初めて出会った怪異が思っていたものと違いすぎていた。だからこの行動に不自然な点は一切ない。
僕は徐にポーチから音楽プレイヤーを取り出す。年の為に言っておくが、僕は使った事がない。未使用だ。
あいつが聞いていたのを見ている。入ってはいるだろう。
慣れない操作に苦戦しながら、数分掛けてとある音楽を流す。
どうして待ってくれていたのかは知らないが、その場に留まっていた彼女に、それをそのまま装着させる。
彼女は戸惑いと、困惑の目を浮かべながらもそれを聞いてくれた。
その歌はJ-pop、邦楽の中でも知名度の高いラブソング。繁華街などに行かずとも何処かしらで流れている、身の丈を知りきった男の思いの丈を綴った曲。
君は綺麗だ〜。
凌げるだろうか。アホらしいが他の打開策が浮かんでこなかった。致し方なし。死ねばそこまで。いくらでも魂を持っていってくれ。
さぁて、彼女はというと首を右に左に傾けながら聴いている。
そろそろ5分だ。一曲が終わる。この曲は意外にも、1サビとラスサビにしか『綺麗』という単語が出てこない。
摂取量は足りているのだろうか、曲選を間違えてはいないだろうか、様々な不安を持ちながら待ち続ける。
聴き終わったようだ。が、外すことはない。リピートモードで流れ続けているからだ。きれいの過剰摂取をしてくれ頼むお願いします。僕が死ぬ
「いい歌です!初めて聞きました!なんていう歌です?」
「え?東京でこの歌を聞いたことがないは嘘でしょ?ほんとに?」
「!!いま!なんて言いました!?」
「いや、ほんとに聞いたことないの?」
「そこじゃなくって!」
「??ここは東京でしょ?」
「!!ありがとうございます!そうです!ここは東京です!東京ですよね?」
何を言っているのかさっぱりわからない。僕は東京住みで県外移動などした覚えがない。だったらここは東京に決まっているじゃないか。
「ああ、東京だ」
すると、まるで成仏でもするかのように彼女の身体が薄まっていく。消え行く怪異そのものだった。
「未練が晴れました。ありがとうございました、えーと、名前を聞いてませんでした。お名前は?」
初めてあった女性から名前を聞かれるなんて逆ナンみたいだ。相手は怪異だけれど。いや願ったり叶ったりじゃないか?
「そうだなー、僕の名前は·····」
その場に残っていたのはあの大きな鋏だけだった。
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結論から言うと、僕は岐阜で保護された。意味がわからない。怪異の反応を察知した組織の組員に見つかり、保護という名目で連れ去られた。が、僕が怪異である筈もなく、一日も経たずに開放された。念の為、ケアという名目で連絡先を貰った。むしろ進歩1だ。···父さん、待っててくれ。
開放後、そのまま東京に戻った。同室の友人はなくした音楽プレイヤーのことでこっぴどく叱られた。当然だったので埋め合わせを約束した。バイト増やさないと···
僕は彼女と埋め合わせで出かける。あの歌も流れる繁華街を進みながら僕は耳を傾ける。その中にはよく通るあの声が響いていた。そしてその人は口が裂けていた。
昨日投稿する予定が、狂いました。申し訳ありません。
変わりに僕がちちになります(?)モォー
p.s 年月を経たせるのって難しくないですか?(泣)