8.祝福
翌朝、少し寝坊したジュリアは飛び起きた。
夕べ、用意してくれたエマの服に着替えて
厨房へ向かう。
厨房ではエマが忙しく朝食の準備をしていた。
ブライアント伯爵家には経済的問題により使用人はいないらしい。
「エマ様、寝坊してすみません。
すぐお手伝いしますが、先に伯爵夫人のご様子を確認させて頂いても宜しいですか?」
エマはジュリアの声に振り向くと、捏ねていたパンを投げ出し、ジュリアに駆け寄り小麦粉だらけの手でジュリアを抱きしめた。
「ジュリア様、ジュリア様、本当にありがとうございます。
母はすっかり元気で信じられない程です。
何とお礼を言ったら良いのか」
ジュリアはにっこり微笑み言った。
「まぁ、それは本当に良かったです。
念のため、もう一度お祈りしますね」
厨房を出て、伯爵夫人の寝室へ向かうと、そこには起き上がりピンクの頬をした伯爵夫人と伯爵夫人の手を握り涙ぐむライリーがいた。
ふたりはジュリアに気がつくと揃って満面の笑みを浮かべた。
「ジュリア様、本当にありがとうございました。母はすっかり良くなりもう起きて歩き回れそうです」
ライリーが感謝を述べると、伯爵夫人も礼を言った。
「貴女が聖女様なのですね。
命を救って頂きました。感謝しかありません」
「あの、聖女かどうかは良くわからないのですが、元気になられて良かったです。
念のためもう一度祈らせて頂きます」
にっこり笑うと優しい微笑みが返って来た。
ジュリアはライリーやエマが羨ましいと心から思った。
ジュリアにはこんな風に微笑んでくれる家族はいなかった。
ただひとり愛した人には棄てられた。
ジュリアはかぶりを振って考えるのをやめた。
考えても、優しい家族が手に入る訳ではない。
ジュリアは伯爵夫人に手をかざすと、また眩い光を発した。
厨房に戻ると、朝食の用意は出来ていた。
籠の中に焼き立ての数個の小さなパンが並んでいる。
「パンとスープだけですが、どうぞ。
母と兄の分はトレイで持っていきますので、お先に召し上がってください」
ジュリアは、はしたないと思ったが聞いてしまった。
「こちらが全員分でしょうか。
もしそうなら、ご家族で分けてください。
私の分は結構ですから」
エマは慌てて謝った。
「少なくてごめんなさい。
うちの領地は土が悪くて作物が育たないのです。かと言って何か特産物がある訳でも無くて、要するに貧乏伯爵家なんです」
恥ずかしがる事も無く貧乏伯爵と言いきれるエマ様を潔いとジュリアは感じた。
「そうだ、エマ様。
宜しかったら、こちらの領地の畑や土地を見せて頂けませんか?
駄目かもしれませんが、祝福してみますから」
エマは瞳をキラキラさせて喜んだ。
「本当に祝福していただけるのですか」
「成功しないかもしれませんけど、やってみる価値はあると思いませんか?」
ジュリアはパンひとつとスープの朝食を食べると、
ライリーとエマの案内で領地を見てまわる事にした。
伯爵夫人はもう歩けるのでひとりで留守番となった。
ブライアント伯爵邸から少し歩くと領都らしき街並みになったが、かなり廃れていた。
領主があの生活なのだから納得である。
更に歩くと、広大な土地が広がっていたが、
草一本生えていない荒地だった。
「じゃあ、ここでやってみます、祝福」
ライリーとエマは祈るように見ている。
ジュリアは小さな声で祈った。
「ここが肥沃な土地となり、沢山の作物が取れますように」
私の体全体から眩い大きな光が発せられ、それは土地全体に広がっていった。
地面が見る見る荒地から肥沃な土地となり、小麦が芽吹き成長しやがて実り穂を垂れた。
ライリーとエマは唖然として立ち尽くしているが、当のジュリアも驚愕していた。
「えっと、成功したみたいですので、折角だから収穫しませんか。
それから他の荒地にも祝福しましょう」
ジュリアが我にかえり提案すると、ライリーが涙を流しながら感謝した。
「母だけでなく、この荒地まで。
聖女様、ありがとうございます。
収穫は領民に頼み、皆で分けます。
これで飢える領民を少しは救えます」
ジュリアはその言葉を聞き、自らの力の意味を痛感した。
「きっとこれまでの事は、ここへ私を導く為の試練だったのでしょう。
領民の皆さんを救う事が私の使命なら、全力で頑張ります」