2.聖女?
ジュリアは歩きながら、昨夜の出来事を思い出していた。
昨日の夕刻、キャンベル侯爵家、正確にはイブリンから呼び出しがあったのだ。
ジュリアは急いで邸を出てキャンベル侯爵家まで歩いたが、突然通りかかった馬車に引っ張り込まれ、手足を縛られ目隠しと猿轡をされ、何処へ連れて行かれた。
勿論抵抗したが、相手は男2人敵わなかった。
何処の部屋へ連れ込まれ、寝台に転がされた弾みで目隠しが取れると、そこにはジュリアを拐かした2人の男とブレイクが居た。
『ブレイク様、何故ここに』
ジュリアに顔を見られたブレイクは開き直って言った。
「大人しく一晩ここにいろ」
ジュリアは一睡も出来ないまま、朝まで監禁された。
幸いと言うべきか、乱暴はされなかったし、
あれほどあちこちに出来た擦り傷や打身の痕は不思議な事に綺麗に治っていた。
朝になりまた馬車に乗せられ、気がつくとキャンベル侯爵邸の前に降ろされた。
すると、何故か門のところにイブリンが居て、邸に招き入れられ、ドミニクの尋問となったのだ。
完全に嵌められたのであった。
そんな事を考え何時間も歩き続けると、郊外に出た。
道幅は狭くなり、辺りは鬱蒼とした林が続いている。
引き返す事は出来ない。
ただ前へ進むだけだ。
涙は枯れ果てて侘しさだけが募った。
父親同士が決めた縁談とはいえ、ジュリアはドミニクを愛していた。
ドミニクもジュリアを大切にしてくれていた。
昨日までは。
しかし、イブリンとブレイクの陰謀に寄り、ドミニクの心はジュリアから離れてしまったようだ。
何故信じてくれないのか。
「あっ」
そんな事を考えて歩いていたジュリアは道を踏み外し、傾斜を転げ落ちた。
林の下草の中をゴロゴロと転がり、大きな木に頭を思い切りぶつけた。
頭が割れるように痛い。
「こんなところで死ぬのかな」
そこでジュリアの意識が途切れた。
目が覚めると神々しい光を放つ女性が目の前に立ち言った。
「あなたは私が力を与えた聖女です。
その力で大切な人を救いなさい」
眩い光が溢れ、そこからジュリアの記憶は途切れた。
『いえ、むしろ夢でも見ていたのかもしれません』
どれくらいの時間が経ったのか。
辺りは薄暗くなっていた。
ジュリアはまだ下草の中だった。
体が湿った下草で濡れている。
体が冷たいと思った瞬間にはっきり目が覚めた。
「聖女か」
この世界に聖女は滅多に現れない。
最後は100年程前だったと言われている。
戦いを止め、人々を癒し、田畑に祝福を与え、国を繁栄させたと。
だんだんと先程転げ落ちた時に出来たらしい打ち身がズキズキと痛んで来た。
「聖女なら治せるかも」
ジュリアは治れと手を組んで唱える。
すると、あの時見た眩い光がジュリアを包み、打ち身は消え去った。
「え?本当に?」
半信半疑だが、怪我は治ってしまったので確かめようがない。
しかし良く考えてみれば、昨夜の拐かされた時の傷も朝までには綺麗に治っていた。
『無意識に聖女の力を使ったのでしょうか』
ジュリアは暫くボーっとしていたが、気を取り直し泊まるところを探そうと思った。
「お金」
泊まるにはお金が必要だ。
ジュリアは父親に渡された布袋を思い出し探し始めたが、辺りは暗くなり、何処にあるのかわからない。
林は暗く不気味な静けさだ。
「どうしよう」
王都近郊なら魔物はそれほどいないだろうが、一旦道まで戻ったほうが良さそうだ。
ジュリアは下草や枝を掴みながら傾斜を登り、やっと道に戻った。
良く見ると道端に布袋が落ちていた。
「良かった」
早速布袋を開けて中身を確認すると、
中には下着が数枚と僅かなお金しか入っていなかった。
「酷い」
本当にのたれ死んでも良いと思ったのだろう。
ジュリアはへたへたと座り込んだ。
服はぼろぼろ、泥だらけだ。
『もし、私に聖女の力があるなら、その力を使い生きていく事が出来るかもしれない。
何もかも失ってしまい、そう思うしか生きる縁が無いのだから』