クトゥルー神話超短編【1】陰鬱な村にて
刻は黄昏時。雨がまだ、しとしとと降り注いでいる。
仄暗い中の停車場のトタン屋根を、
ぽつり、ぽつりと鳴らすのを止める様子はない。
意識が今の状態に至ったのは数分前といったところだろうか。
私は大学の図書館で、卒業論文の資料を漁っており、
個別のブースの机でついうとうととしてしまったのだが。
肌をつねってみても、覚めろ、覚めろと念じてみても、
元居た場所に戻れそうな気配が一向にない。
目の前には田園が広がり、停車場の後ろは巨大な菖蒲のような植物が
壁のように立ちはだかっており、それが垣のように長く長く続いている。
雨は凌げる。
私はひねくれもので、雨が大好きな人間だったけれども、
今そうかと尋ねられれば首を斜めに振るしかない。
薄い霧の中、外にできそうな行動もなく、ふと時刻表を見ていると、
どこからともなく、激しく狂おしい、歌のような、詠唱のような、
日本語ではないと思しき歓声が響いてきた。
どうやら、視界に入る田畑の向こうには林があり、
篝火のようなもので闇が照らされていることから分かったのだが、
そこに収まっている何がしかの古民家から聞こえているようだ。
怖いもの見たさで命を落とした人間はいくらでもいる。
--- そこに行ってはいけない、という内なる自制心を抑えて、
わたしは、手元にあった手提げかばんを傘替わりにし、
その一軒家に向かうことにした。
抜き足差し足で、家の傍にたどり着いたわたしは、
思わず声をあっとあげそうになってしまった。
目の前に、皮をはがれた人間の体が何体か連ねられていたのだ!
そして目の前で繰り広げられているのは、悪魔めいた饗宴。
半裸で円を描くように踊り狂う者たちの中央には大きな彫像があり、
その頭は蛸、体は猿、蝙蝠の羽をもつ悍ましいものだった。
見ていると、叫び声がした。
「いるぞ」
「そこのあいつだ、殺れ、殺れ」
「茂みに隠れてるやつだ、ほら」
逃げなければ。
だが、何処に? -----