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幼馴染みがクソゲーメーカーな件 ~オッサンマスター編~

作者: 鷹司鷹我

 俺の名前は笛口章ふえぐちしょう。17歳の何処にでもいる普通の高校生だ。


 勉強もそこそこ、運動もそこそこ、交友関係にも程々に恵まれ、家庭環境も良好…とまあ、そんなごく普通の高校生である俺だけれど、一つだけ、他人と違う点というか、異質な交友関係を持っていて、それというのはつまり、お隣に美人の幼馴染みが住んでいるという点だ。


 辻木春香つじきはるかと言う名前の彼女は、小さい頃から俺と一緒に過ごし成長してきた17歳女子だ。俺にはそんな、うら若き乙女な幼馴染みがいる。


 でもまあ、言ってしまえばそれだけであって。幼馴染みがいるという、ただそれだけの話であり、それは『一緒に育った』というその一言で、俺とアイツの間の関係を説明できてしまうということでもある。別に他人からうらやましがられるようなことは一切無いのだ。


 それでだ。美人の幼馴染みがいる。そこまでは良い。ここまではまだ、珍しくこそあれど、しかし特筆するような事でも無い。少女漫画とかではごまんとある設定だし、ラブコメなんかではむしろ、幼馴染みの居ない主人公なんて絶滅危惧種みたいなものだろう。


 しかしあえて言おう。俺と春香の関係は普通では無い。

 いや、正確に言えば『辻木春香という女は普通では無い』と。


 春香にはとある趣味がある。その趣味とは他でもない、ゲーム制作だ。


 インターネットが普及して、ゲーム制作エンジンを個人でも無料で簡単に入手できるようになった昨今。インディーゲームと呼ばれるような個人制作のゲームは、世にごまんと蔓延っている。何を隠そう俺の幼馴染みである辻木春香もまた、そんなインディーゲーム製作者の一人だ。


 だが…ただの幼馴染みである俺が言うのも何だが。アイツの作るゲームは、何処かおかしい。ネジが数本外れているような、欠陥のあるゲームばかりアイツは作っているのである。B級映画と言うけれど、アイツが作るゲームは言わばB級ゲームばかりなのだ。


 そういうわけで今回は、アイツが先日俺のもとに持ってきた新作ゲーム『オッサンマスター』縮めて“オサプロ”のゲームレビューを、この場を借りて行いたいと思う。最後までご静聴して頂けると嬉しい限りだ。


 ◇

「やっほー。またゲーム作ったから、いつもみたいにテストプレイ引き受けてくれない? 章くん」


 とある土曜日の昼間。ベットで寝転び漫画を読んでいた俺の休息を邪魔するように、幼馴染みの辻木春香が部屋にやって来た。彼女の右手には、どうやら新作ゲームのデータが入っていると思しきUSBが握られている。


 俺は「またか…」と思いつつも、しかしながらせっかく来てくれた幼馴染みを無下にすることも出来ず、ちょうど近くにあった座布団に座らせる。


「たく…お前また変なゲーム作ったのか?」

「変なゲームとは何よ。まるで私がいつもクソゲー作ってるみたいな言い草じゃない。撤回を求めるわ」


 残念だがそれは出来ない。なぜならお前の作ったゲームは、どれもこれも紛う事なきクソゲーだからだ。そして恐らく、今回コイツが持ってきた新作ゲームとやらも例に漏れずクソゲーだろう。出来れば漏れて欲しいところだが。


「プレイもしないでクソゲーって決めつけるなんて、章くんそれでもゲーマー? 真のゲーマーを名乗るなら、どんなゲームも一度はプレイして、それから感想を述べるべきよ」

「いや俺、別に真のゲーマーを自負した憶えなんて一度も無いんだが?」


 そもそも俺は普段、そんなにゲームをやったりはしない。スマホのゲームとかはたまにやるけれど、でも家庭用ゲームとかは持ってないし、PCのゲームについても、コイツが作って持ってきたモノをたまにさせられるくらいである。むしろ世間一般的に言えば、俺は『ゲームをやらない』側の人種だ。


 しかし残念なことにも、俺のそんな反論は幼馴染みの耳には届いていないようで、春香は俺のことなど無視してさっさと話を進めてしまう。


 春香は机の上に置いてあったパソコンの電源を勝手に起動して、持ってきていたUSBをずっぽりと俺のパソコンちゃんの穴に差し込んだ。


 人の大事な彼女パソコンを陵辱しないで頂けませんかね? せめて許可くらい取ってからにしてほしいものだ。


「はい、これでよし! もうこれで、後はゲームを起動するだけ! それですぐ遊べるから、レッツプレイ!」

「知ってるか春香? ゲームをやるのに必要なのは、ゲームのデータでも、ましてやゲーム機でも無いんだ。一番大事なのは当人のやる気なんだよ?」


 しかし春香は、俺のやる気などお構いなしに、「はいはい、わかったからやりましょうね」と命じる。やれやれ、どうやら遊ぶほか無いようだ。コイツの持ってきたクソゲー確率100%のゲームを。


 俺は立ち上がり、そしてそのまま、机の上に置かれたパソコンに向き合うように席につく。

 一方の春香はと言うと、俺の隣でニコニコと立っていた。どうやら、自分の作ったゲームがこれから遊んでもらえることが嬉しくてしょうが無いらしい。可愛い奴め。しかしその可愛さにやられて、ほいほい言うことを聞いていると酷い目に遭うと言うことを俺は知っているぞ。


 まあ、それはともかくとして。


 さてさて、それじゃあまあ、覚悟を決めてやるとしますかね。この恐ろしいクソゲーを。

 それで一体、今宵はどんなゲームなんでしょうか――


『オッサンマスター』


「…うん」


 パソコンの画面に映し出されたタイトル名。それを視認した直後、俺はそっと目を閉じた。


 えーっと…あれ? なんだろうか。このタイトル名、凄く既視感があるぞ。というか、なんだか凄く嫌な4文字が見えた気がする。『オッサン』とか書いてあった気がする。オッサンをマスターするとか書いてあった気がする。


 いや、何故にオッサン? なんでよりにもよって、そんなパッとしないワードがタイトル名に含まれてるの? 俺の見間違いか?


 そんなことを考えつつ。落ち着いて再度、タイトルを確認してみる。


『オッサンマスター』


 うん、見間違いじゃねえわこれ。マジでオッサンだわ。オッサンをマスターするゲームだわ。


 俺は困惑しながらも、傍らにいるこのゲームの製作者、辻木春香のことを見遣る。


「なあ春香。一つ聞いていいか?」

「えぇ良いわよ。なに?」

「このゲームってもしかして…『アイドルマスター』のパクリ?」

「パクリじゃないわ。オマージュよ」

「うん、つまりそれってパクリだね」


 パクってるのをオマージュと言って誤魔化すのは、インディーゲーム制作における常套手段である。パクリゲー制作常習犯の十八番である。そんなことはオセアニアじゃあ常識なんだよ。


「ていうか、パクリにしろオマージュにしろ、なんだよ『オッサンマスター』って…なんで“アイドル”の部分が“オッサン”に置換されてるんだよ。置換っつうか、完全に劣化だし。え、なに? もしかしてこれ、アイドル育成ゲームじゃなくて、オッサン育成ゲームなの?」

「そうよ。章くんだって知ってるでしょ? 最近巷ではオッサンがブームなの。オッサン達が主人公のドラマだったりとか、オッサンをレンタルするサービスだったりとか…世間の人達は今まさに、オッサンという存在を欲しているの。飢えているの。と言うわけで、そこに目をつけた私は、オッサンを育成するゲームを作ったら馬鹿売れするんじゃないかと考えたわけ。どう? すごいでしょ?」


 うん、凄いと思う。そんな馬鹿みたいなこと考えたあげく、実際にゲームを作っちゃうお前の行動力が。天才と馬鹿は紙一重とは言うけれど、コイツのことを見ているとそれが事実であるのだと確信させられる。


 てかなんだよ『オッサンを育成するゲーム』って。なんでオッサンを育成しなきゃならないんだよ。むしろオッサンは『育成する側』だろ。なにその歳で育成されてるんだよ。オッサンになる前に大人になれ。


 そんなことを考えていると。俺は春香から「ほらほら、早くゲーム始めてよ」と催促されてしまった。ぶっちゃけ俺はオッサンなんて微塵も育成したくないのだが、しかしこう催促されては、育成せざるを得ない。何が悲しくてこんなことしなくちゃならないんだ…。


 とりあえずマウスを左クリックして、ゲームを進める。すると画面が切り替わり、どうやらこのゲームのログイン画面らしきものが現れた。


 驚くべきはその画面だ。パソコンの液晶ディスプレイに映し出されたのは、所狭しと敷き詰められた数多のオッサン達の姿であり、そして彼らは全員が、クネクネウネウネとおどろおどろしいまいを踊っていた。その姿は不気味ですらあり、元から皆無に等しかった俺のプレイ意欲を完全に消失させるにはあまりにも十分すぎる光景だった。


 そういうわけで俺は、ゆっくりと、パソコンを閉じたのである。


「ちょっと! なにプレイする前からやめちゃってるのよ!? ちゃんと遊んでよ!」

「いや…何というかさっきの画面で俺はもう十分すぎるほどお腹いっぱいだよ春香。これ以上プレイする気力は、もう残ってない」

「プレイする気力が残ってないって、あんたまだプレイすらしてないじゃない!」


 いやプレイするも何も、あんな気色悪い光景見せられて、それでもなおこんなゲームやろうと思うのなんてそれこそ一部の変態くらいだぞ? てかゲームのログイン画面の時点でプレイヤーを選別してるんじゃねえよ…プレイヤーのSAN値を計ろうとするな。


 春香は怒って、せっかく閉じたパソコンのディスプレイを再度開帳する。どうやら意地でも俺に遊ばせたいらしい。


「せめて30分! それだけ遊んでから、続けるなりやめるなり決めてよね! それが作った私に対する礼儀ってものでしょ?」

「つまり30分拷問に耐えろと…ふっ、無理を仰る」

「何が拷問よ。はっ倒されたいの?」


 むしろはっ倒されるだけでこの苦しみから解放されるというのなら願ってもないことなのだが。けれどまあ、仕方ない。ここは春香の顔を立ててやって、この苦行を甘んじて受け入れることにしよう。保ってくれよ俺の精神。


 そんなわけで俺はプレイを再開する。


「それで? このオッサンマスターってのは、一体何をするゲームなんだ?」

「登場するオッサン達を育成して、オッサンマスターを目指すゲームよ」

「うん、つまりアイマスのオッサンバージョンそのままってわけね。理解した」


 つまり俺はこれから、可愛い美少女達とやるようなことを、むさいオッサン達とやらなきゃならないというわけですか。アイドルと恋愛するんじゃなくて、オッサンと恋愛しなくちゃならないというわけですか。

 はははははは。辞めて良いですか?


「良いわけ無いでしょ。真面目にやってよね」


 春香はそう言って、オッサン達とのキャッキャウフフな展開を想像して白目を剥きかけていた俺の頭をグーで殴りつけ渇を入れた。おかげで俺は何とか、幾ばくかの正気を取り戻す。


 しかしオッサンをプロデュースねぇ…なにが悲しくてそんな意味の無いことをしなくちゃならんのか。いくら何でも生産性がなさ過ぎる。プロデュースするのがアイドルなら、まだ彼女らの笑顔とか幸せとか、そういった『プロデュースのやり甲斐』みたいなものがあるんだけれど。オッサンの笑顔なんて見ても一文にもならんしなぁ…。


「とりあえず最初は、プロデュースするオッサンをガチャで引き当てなきゃね。初ログインのボーナスで“石”が貰えるから、それ使ってガチャを回して」


 春香にそう言われて、確かめてみるに。どうやら彼女の言うとおり、初めてこのゲームをプレイする初心者のために、幾つかのプレゼントが用意されているようだった。俺はそれを受け取るべく、画面上のアイコンをクリックする。


『ログインボーナス獲得! 尿結石を50個ゲットしました』


「…なんか“尿結石”貰ったんだけど。それも沢山」

「それがゲーム内でガチャを引くために必要なアイテムの“石”よ」

「尿結石なんかでオッサンゲットするの!?」

「えぇそうよ。ちなみに、ガチャは1回転で石を5個消費するわ。つまり尿結石5個でオッサンを一人錬成できるの。オッサンの価値イコール尿結石5個ってわけね」

「オッサンの価値ものすごく低くない!? 尿結石5個って! オッサンだって人間なんだぞ! 等価交換どころの騒ぎじゃねえだろ!?」


 完全にオッサンの命の価値が大暴落起こしてるじゃねえか! 可哀想だよ! 自分の命が尿結石たったの5個と天秤にかけられるなんて! 憐れすぎるわ! いや、そもそもとして尿結石と人の命を比較対象にするんじゃねえよ! 不謹慎すぎるだろ!


「安心して章くん。ゲームを進めていけばいずれ、尿結石を50個消費してレア度の高いオッサンを錬成できるようになるから。そうなればすぐにオッサンの価値も暴騰よ。オッサン(イコール)尿結石50個よ」

「いや数の問題じゃねえわ! 尿結石と比べられてることに問題があるんだよ! それじゃあ結局オッサンの価値、尿結石と変わらねえだろうが!」


 てか尿結石50個って、お前それもう病気だろ! 病院行け! 生活習慣を改善しろ! 出過ぎだよ尿結石! 尿道がエラいことになっちゃってるだろうが!


「あーもうわかったよ! それで、その“尿結石”?でオッサンがゲットできるんだな?」

「そのとおりよ。斬新でしょ?」

「斬新と言うより不謹慎だよ」

「画面の左下、わかる? そこにガチャのアイコンがあるでしょ? それをクリックしてみて。オッサンを錬成できるから」


 春香にそう言われ、俺は命じられるがままガチャのアイコンをクリックする。


 するとゲーム画面が急にまばゆい光を放ち初め、見れば画面上には『錬成開始!』と表示されていた。


 てかおい。よくよく考えたら、なにサラッと人体錬成という禁忌に手を出してるんだよ。鋼の錬金術師か。錬成失敗して兄弟共々肉体とか奪われやしないだろうな…。


『錬成が終了しました。クリックしてください』


 お、どうやら無事に終わったらしい。さすがに考えすぎだったか。そりゃあね、いくら何でも錬成が失敗するなんてこと、あるわけがない。だってこっち、オッサン生み出すために尿結石5個も使ってるんだからね。成功して当然だ。…いやまて、尿結石5個ぽっちでオッサンの錬成に成功する方がおかしくね? いやでもまあ、所詮この手のゲームは、数個の石で世界を救えるような英霊を召喚できたりする世界観なわけだし、そんなこと気にするだけ無駄か。


 とまあそんなことは置いといて。とりあえず、錬成によって生成されたオッサンを確認するとしよう。すごいな、全くもって心躍らない。普通はこういうガチャを回すときは、どんなキャラが手に入るのかワクワクするものだけれど、出てくるのがオッサンじゃ、そんなワクワクとか一切感じないぞ。


 しかしさてはて、どんなオッサンが生まれたのかな。

 見てみるとしましょうか――


『錬成に失敗しました』


 画面をクリックした俺の目に飛び込んできたのは、そんな文字列と、そして、辺り一面に散乱したおびただしい数の肉片だった。


 もう一度言おう。『おびただしい数の肉片』が画面内に散乱していたのである。それも無駄にリアルな。


「ぎゃああああああああああああああああ!」

「あーあ、失敗しちゃった。残念だったわね」


 あまりにも凄惨な光景に叫び散らす俺の隣で、冷めた口調の春香がそう漏らす。


「失敗!? ちょっと待って! このゲーム、オッサンの錬成に失敗することとかあるの!?」

「それは当然でしょ。だって考えてもみなさい。たかが尿結石5個で人間を生み出そうって言うのよ? そりゃ失敗するときだってあるでしょう」

「それならそんな安上がりの材料で錬成すんじゃねえよ! もっと良い素材使ってやれ! て、ていうかオイ! なんだよこの画面は!? なんで生成失敗したオッサンの肉片がこんなにリアルなの!?」


 血とか凄いんだけど! なんかもう、B級映画とか比較にならないレベルでグロいんだけど!


「すごいでしょ?」

「すごいけど! すごすぎるわ! リアル過ぎて吐き気催すわこんなん!」

「章くんだって知ってるわよね? 最近のゲーマー達は、ゲームに“リアルさ”を求めてるの。だからそのご要望にお応えして、この通り! とってもリアルにしてみました! どう嬉しい?」

「嬉しいわけあるか! リアルさが大事なのは認めるが、なぜこんな所で本気を出した!? 嫌だよ俺! 肉片がリアルすぎるゲームなんて! 気持ち悪いわ!」


 間違いないく18禁だこんなん! 誰も求めてないぞこんなリアルさは! バイオハザードやってるわけじゃねえんだよこちとら!


「ちなみにだけど、錬成が失敗する確率は10%よ。最初は五割くらいにしようと思ってたんだけど、さすがにそれだと初心者さんがキャラクターを入手できなくなっちゃうから、今の低確率に設定したの。優しいでしょ?」

「優しさの基準がサイコパスのソレじゃねえか! てか10%って! ガチャ確率としては低いのかもしれないが、人間の命がかかってることを鑑みればむしろ高すぎるくらいだからな!?」


 ていうかオイ! さっきからこのゲーム、なんだかオッサンに対する風当たりが強すぎないか!? 尿結石たったの五個で錬成させられるわ、錬成失敗して肉片にされるわ、オッサン憐れすぎるだろ! もっと優しくしてやれよ! 仮にもこれ『オッサンマスター』なんだろ!? オッサンが主人公なんだろ!?


「オッサンが主人公? いいえ違うわ。このゲームの主人公は、プレイをするあなた自身なのです」

「そんな良い話風に言われましても! てか全然良い話じゃ無いし! ただのオッサン屠殺場だし!」

「はいはい、わかったから。それよりホラ。早くもう一回ガチャ回してよ。まだ一回目よ? あと九回も残ってるんだから」

「この肉片製造マシーンをまだ回せと!? 嫌だよ! もうあんな凄惨な光景見たくねえよ!」

「大丈夫よ。所詮失敗の確率は一割ぽっちなんだから。そうそう二連続で引くことは無いわ」

「されど一割だろ! 10%の確率でオッサンが死ぬって考えたら、そりゃ引きたくねえわ!」


 オッサンの命を賭けた無慈悲なギャンブルを拒む俺。しかし春香はそんな俺の手を引っ掴み、そして無理矢理ガチャを回させた。いやどんだけやらせたいんだよ!


 クソッ! 頼む頼む頼む! 次は失敗しないでくれ! もうあんな光景見たくない!


「さあさあ、次は錬成成功するかしらね? あーでも出来れば、あと何回か、失敗してくれたら面白いなぁ」

「いや春香お前! なにオッサンの死を望んでるんだ! それでも人間かテメエは!?」

「だって私、あの錬成失敗のイラストを絵師さんに描いて貰うために、いっぱいお金払ったんだもの。そりゃお金かかってるんだから、その分いっぱい見たいに決まってるじゃない」

「そんな所に金払うくらいならもっと別の所に力を入れろ! 完全にドブ金じゃねえか!」


 と、そんなことを話している内に。どうやら二回目の錬成が終わったらしく、画面上には『錬成が終了しました』と表示されていた。


 俺は怯えながらも恐る恐る、画面をクリックする。すると、どうやら俺の願いは天に通じたらしく、今回は錬成が無事に成功したようだった。


「ちっ、つまんないわね」

「お前いよいよ人の心を失ったんじゃねえのか?」


 隣に立つ女のサイコパスっぷりに怯えながらも、俺は錬成されたオッサンをチェックする。正直な所、どんなオッサンが錬成されていようが、今はもうただ生まれてきてくれただけで”ありがとう”って感じだ。生きていればそれで良いのだ…。


 錬成されたオッサンが写るゲーム画面。そこにはやつれたバーコードハゲのオッサンが一人ポツンと立っていた。


『名前:菊池菊三

 職業:会社員(係長)

 年齢:56歳

 趣味:女装

 状態:欝

 属性:闇 』


「…なんか色々とツッコミどころのあるステータスが表示されてるんだが?」

「あら、運が良いじゃない章くん。菊池菊三、レア度星三つのキャラよ」

「レア度とかそんなシステムは知らないが、まあ良い。それより今は一個ずつ順番に確認していこう。まず聞かせろ春香。なんだよこの“職業”って」

「このオッサンの社会的地位を示すパラメータよ。これが高ければ高いほど、バトルで有利になるわ。レベルみたいなものね。ちなみに、この係長っていうのは、下から二番目に強い地位よ。平社員にマウントを取れるわ」

「いやそれ『下から二番目に強い』じゃなくて、『下から二番目に弱い』の間違いだろ!」


 てか勝てる相手が平社員だけって! それあれだからね! 世間一般には全然強くないからね! 圧倒的に弱い方だからね!


「つーか56歳係長って! これ完全に『万年係長』とか陰口されてるタイプじゃん! レア度星三つっていうか、こんなのレアでも何でもないだろ! どこにでもいるわこういう人! そして何だよ! その下の『趣味:女装』ってのは!?」

「菊三さんの隠しステータスよ」

「隠しステータスじゃなくて『隠しておきたい性癖ステータス』の間違いじゃないのか!?」

「菊三さんは過去に一度この趣味が災いして、警察に事情聴取されているわ」

「知らねえよそんな裏設定! つーか黒歴史をほじくり返してやるなや! 裏設定は裏設定のまま闇に葬ってやれ! そんでその下! なんだよ『状態:欝』って!」

「菊三さんは会社で自分より年下の上司にこき使われてることが祟って、精神を病んでるの」

「鬱病じゃねえか! ひょっとして、趣味の女装って、ストレスが溜まりすぎた所為で目覚めちゃったんじゃないのか!?」

「そうかもしれないわね」

「“そうかもしれないわね”じゃねえよ!」


 なんなんだよこのオッサン! 可哀想になってくるわ! いくらゲームとはいえ!


 てかやっぱりこのゲーム、オッサンへの風当たりがキツすぎるだろ! もっとオッサンを大切にしろ! 優しくしてやれや!


「そして、ここまでは百歩譲って良しとしよう! 職業とか趣味とか状態とか、そういうのはギリギリ理解できる! でもわかんねんのはこの『属性:闇』の部分だ! なんだよ属性って!? なんでオッサンに属性なんてものが存在してるんだ!?」

「それはアレよ。オッサン同士が戦うときに、その属性によって有利不利が発生するの」

「戦う!? ちょっと待て! これ対戦ゲームだったの!? 育成ゲームじゃなかったの!?」

「そこはほら。ただ育てるだけじゃつまらないでしょ? 自分が育てたオッサンを使って戦い殺し合わせる方が、楽しいじゃない?」

「お前は地下闘技場のオーナーかなんかか!?」


 発想がもはや、金を餌にして集めた参加者に殺し合いをさせるデスゲーム主催者のソレなんだよ! お前の人間性を疑うわ!


「ちなみにだけどこの闇属性って、すごく強いのよ。戦っている相手の精神を蝕んで不安な気持ちにさせたり、ネチネチと悪口言って嫌がらせしたり、ずっと背後をついて回ったり…」

「いやそれ“闇属性”っつうか“病み属性”じゃねえのか!? ただのメンヘラだろうが!」


 そして当人が欝なのも相まって、いよいよ本格的に『病み属性』だな!


「闇属性の他にも沢山の属性があるんだから。そうね例えば、炎属性のオッサンとか」

「炎属性のオッサン!?」

「やる気に満ちあふれ、『若い者には負けん!』と闘志に燃えるオッサンよ。闇属性に強いわ」

「いやそれ普通のオッサン! バリバリ現役の社会人!」

「他にも水属性のオッサンなんかもいるわね。夜寝ている最中に、下半身から水鉄砲を発射することが出来るわ」

「ただのトイレが近くなった尿漏れ気味のオッサンじゃねえか!」

「風属性のオッサンだっているんだから。その特殊能力により、身体を空気に変えて周りの人達からは見えなくなるステルス効果を持ってるの。職場や家庭で姿を消して隠れることが出来るわ」

「ただ単に職場にも家庭にも居場所がなくて無視されてるオッサンじゃねえか!」

「さらに奥義を使えば、周囲の“空気”を操って、娘に『臭い』と言わせて遠ざけることが出来るんだから」

「加齢臭で避けられてるじゃん!」

「そうそう他にも、こんな一風変わったオッサンもいるのよ。この通りイースト菌で膨らんだ、ホカホカできたての美味しそうな…」

「クロワッサンが混じってるじゃねえか!」 


 いや、何なんだよこれは! どいつもこいつもろくなオッサンがいねえな!? しかも最後に至っては、オッサンですらないからね! ただの食品だからね!


「ある意味オッサンも、会社の歯車としてこき使われ、家庭では給料を搾取される、そんな社会で“食い物”にされる存在じゃないかしら?」

「知らねえよ! 上手いこと言った風で、わけわからんことを言うんじゃねえ!」


 てかマジで酷いなこのゲーム! オッサンの扱いが酷すぎる! 杜撰すぎる! もはやオッサンを虐げることを目的として作られてるような気さえしてくるぞ!


「まあでも、良かったじゃない。とりあえずこれで、最低限遊ぶために必要なキャラは揃ったわ。菊池菊三。彼をプロデュースしていきましょう」

「マジでか!? 俺今から、こんなバーコードハゲのオッサンを育てなきゃなんないの!?」

「なによ不満なの?」

「そりゃ不満だろうよ! そこはせめて、IT企業とかに勤めるイケオジとかじゃ駄目だったんですかね!? こんな人生崖っぷちのオッサンじゃなきゃ駄目だったんですかね!?」

「はいはい、文句言わない。まあ別に不満だって言うんなら、これからリセマラしても良いけれど。良い感じのオッサンが出るまで、ガチャを回しまくっても良いけど。でもそんなの章くんだって嫌でしょ?」

「…! それは…そうだけど!」

「ちなみに言うと私も嫌よ。なんか気持ち悪くなってきたし」

「お前さっきのグロテスクな錬成失敗画面にやられてるじゃねーか!」


 用意した本人が気分害してるんじゃ世話ねえな! てかそれなら最初から、あんなグロいシーン用意するんじゃねえよ!


 ええい、仕方ない! こんなクソゲーの為に、俺の貴重な人生を一分一秒でも無駄にするのは断固御免被る! リセマラなんて時間の無駄やってられっか! こうなりゃこの菊池菊三56歳を育成してやるよ!


「それで春香、このオッサンを育てるつっても、具体的に何すれば良いんだ? チュートリアルとかなんもないから、何したら良いかわかんねえんだけど」

「そうね、やれることは色々あるわ。自由度の高いゲームだから。でもとりあえず最低限やらなきゃならないことは、オッサンに忘れず餌を与えることかしらね」

「餌とか言うんじゃねえよ! 獣かっ!」

「それと定期的にお酒も飲ませてあげないとね。そうしないとストレスが溜まっちゃうから。とくに菊三さんは状態が欝だから、気を抜くとすぐに発狂しちゃうわよ。注意してね」

「これってもしかしてクトゥルフ神話TRPGか何かですか…?」

「あぁでも、だからってお酒は与え過ぎちゃ駄目よ。酔っ払って正気を失ったら、最悪公園とかで全裸になって警察に捕まっちゃうから」

「なんか聞いたことある話だなオイ!」


 てか、色々な要素が余すこと無くクソじゃねえか! 本当に何だって俺は、こんなモンをやってるんだ!? 俺自身の正気を疑うよ!


「とりあえず、このゲームの醍醐味である戦闘でもやってみたら? オッサン同士の殴り合い。きっと楽しいわよ」

「すまん春香。お前の説明に微塵も面白さを感じないんだが?」


 なんだよオッサン同士の殴り合いって! んなもん見たけりゃ、夜の繁華街にでもいきゃいいだろ! そこら中で酔っ払いが喧嘩してるぞ!


「ほら、右下のアイコン。そこクリックしてみて。それで、野良のオッサンと対戦できるから」

「野良のオッサンってなんだよ! 野良猫じゃねえんだぞ!?」


 そんな文句を垂れつつ。俺は言われるがまま、ボタンをクリックする。すると画面が切り替わり、ディスプレイに『敵と遭遇しました!』と表示された。


「野良のオッサンに出くわしたみたいね。お待ちかねのバトルよ。気合い入れなさい」


 隣の春香はそう言って、俺の背中を叩く。


 画面を見ればそこには、俺の保有するオッサン“菊池菊三”と、そして彼と対面するスーツを着た大柄のサラリーマンが立っていた。


「このサラリーマンが敵ってわけか…それでどうすりゃ良いんだ? 戦うって言っても、具体的に何をすれば?」

「安心して、なにも難しい事はないわ。このオッサンマスターのバトルシステムは、一般的なコマンドバトルRPGと同じよ。“攻撃”や“防御”みたいな選択肢から行動を選んで戦うゲームなの」


 なるほど…つまりポケモンみたいな感じか。それなら確かに、初心者の俺でもやれそうだ。さてそれじゃあ、菊池菊三には一体どんなコマンドが用意されているのだろうか――


『1,名刺を渡す

 2,逃げ出す

 3,女装する  』


「いや『戦う』選択肢が一個もねえじゃねえか!」


 なんでどの選択肢も戦闘とは一切関係ないもんばっかりなんだよ!? なんで第一の選択肢が『名刺を渡す』なんだよ! そしてなんで三番目に『女装する』とかいう爆弾が用意されてるんだ!? 意味分かんねえわ!


「だって考えてもみてよ章くん。この現代社会で、暴力を用いて物事を解決するなんてことが許されると思う? 許されないでしょ? 大人なら腕っ節に頼らず、頭脳を用いて戦うべきよ」

「そうかも知れないけど! でもじゃあわざわざコマンドバトルにする必要ないよね!? てか敵に名刺渡してどうするつもりだよ! 名前でも覚えて貰おうってのか!」

「あら、鋭いじゃない。その通りよ章くん。今菊三さんが対面しているのは、彼が勤める会社の重要な取引相手。言わば商売相手よ。つまり菊三さんは、相手に自分の名前を覚えて貰って、今後良い契約を得るための足がかりとしなくちゃならないの」

「もはやゲームの内容が島耕作じゃねえか!」

「そうよ章くん。戦い(ビジネス)の中で勝利(取引成立)を掴み、いずれは社長へと出世する。それこそがこのゲーム、オッサンマスターの育成要素なの」

「ここに来てようやくタイトル回収!?」


 てか、それもはや育成ゲームじゃないから! ただのシミュレーションRPGだから! ただの『島耕作シミュレータ』だから!


「ほらほら、そんな事言ってないで。どうするの? 選択肢は三つ。名刺を渡すか、逃げるか、女装するか。好きなのを選んで良いわよ」

「好きなの選んでいいっつうか、実質的に二択だからね! 三番目の選択肢だけは絶対あり得ないからね!」

「それでどうするの? どれ選ぶのよ」

「…っ! そ、そりゃさすがに…1番だろ。名刺を渡す。てか他にねえし」


 三番目は論外として。菊池菊三を出世させるのが目的なら、そりゃ選ぶべきは1番しかないだろう。逃げたところで出世できるとは思えないし、それに名刺を渡すだけなら、実質タダだ。ノーリスクである。選ばない理由がない。


 そういうわけで俺は、1番の選択肢『名刺を渡す』を選択した。


『菊池菊三は敵のサラリーマンに名刺を渡した!』


 菊三さんは自分より10歳は若いと思われるサラリーマンに深々と頭を下げ、名刺を渡す。その哀愁漂う姿には、さすがの俺も涙を禁じ得なかった。


 さあ、どうなる? これで上手くいくのか?


『敵のサラリーマンは菊池菊三の名刺を受け取った! しかし“フッ”と笑った後、菊池菊三の目の前で渡された名刺を破り捨ててしまった…』


「いや態度悪いなこのサラリーマン!」


 名刺受け取らないとかならまだしも、破り捨てるってどういうことだ! 完全に嫌がらせじゃねえか! 菊三さんのこと眼中にすらねえじゃねえか!


『菊池菊三は13のダメージを受けた! さらに精神に大きな傷を負った! 欝が悪化してしまった!』


 ホラ見ろ! こんな血も涙もない態度とられちゃったから、菊三さん滅茶苦茶ダメージ受けてんじゃん! 鬱病悪化しちゃったじゃん! 慰謝料モンだぞこれ!?


『次の選択肢を選んでください

 1,逃げ出す

 2,女装する  』


 いやなんでだよ! なんでまだ戦闘が続いてるんだ!? 菊三さん完全に敗北してるじゃん! もうやめたげて! こんなの死体蹴りだよ! これ以上菊三さんの病状を悪化させるんじゃねえ!


 そしてなんで選択肢が一つ減って二択になってるんだ! 失敗したからか!? てかこれあれだろ! このまま選択肢が減っていて、いずれは選択肢が『女装する』の一つだけになる展開が近づいてるだろ絶対! 意地でも菊三さんを女装させる気だろ! 見たくねえよオッサンの女装なんて!


 く、くそっ! こうなったらもう逃げる意外にない! 選択肢『1,逃げ出す』! 俺はこれを選ぶぞ! 逃げるんだ菊三さん! こんなクソ野郎からもこの社会からも逃げ出して、自由を手に入れろ!


『菊池菊三は逃げ出した! しかし敵のサラリーマンに回り込まれてしまった…』


 なんでだぁぁぁぁぁぁ! なんでこのサラリーマン回り込んでるんだぁぁぁぁぁぁ!

 もう良いだろ! もう逃がしてやれよ菊三さんを! 名刺を破り捨てて十分気は晴れただろ!? これ以上菊三さんを追い詰めるんじゃねえよ! てか何がしたいんだコイツは! 追い込み漁でもやってんのか!?


『次の選択肢を選んでください

 1,女装する  』


 そして案の定だよ! やっぱり選択肢が『女装する』の一択になっちゃったよ!

 これもう、選択するもクソも無いからね! 女装する以外に無いからねもう!


 えぇいままよ! こうなりゃヤケクソじゃい! 他に選択肢もないんだ、そんなに女装させたいってんなら喜んで女装してやるぞ! …なんかこんなこと言ってると俺まで変態だって思われる!


 俺は覚悟を決めて、残されたたった一つの選択肢『女装する』を選択した。


『菊池菊三はスーツの下に来ていたセーラー服を露わにした! しかし敵のサラリーマンに通報されて警察に連行されてしまった…』


 なんでだあああああ! なんで連行されてるんだああああああ! なんで捕まってんだああああああ! 


 別に良いだろ女装するくらい! いや、良くはねえけど! でも逮捕される程じゃねえだろ! 冤罪だこんなん!


『菊池菊三は近所の女子高生のセーラー服を盗んでいたことがバレてしまい起訴されてしまった…』


 いやそのセーラー服、自前のじゃなくて盗んだ物だったんかい! そりゃ捕まるわ! 自業自得だわ!


「どうやら戦闘が終わったみたいね章くん。無様に負けたみたいだけど」

「負けたのかこれ!? いや、まあ警察に捕まってる時点で色々と負けちゃってるけども! てかおい春香! お前これ、どの選択肢選んでも結局、最終的に警察に捕まってただろ!? この戦闘最初っから勝ち筋自体が存在してねえじゃねえか!?」

「いい章くん? この世界は残酷なの。必ずしも正解が存在しているなんて限らないわ。時には八方塞がりの時だってあるものよ」

「現実ではそうかもしれないが、ゲームでそれはマズいだろ! クリアルートが存在しないのはクソゲーの三大要素の一つだからな!?」


 てかおい! これどうなるの!? 菊三さん捕まっちゃったよ!? 俺が持ってる唯一のキャラなのに! 実刑判決喰らって牢屋に入れられちゃったりしたら、俺どうしたら良いんでしょうか!? まさかそのままプリズンブレイクルートに入ったりしやしないだろうな!


「どうやらその心配は無さそうよ。ほら見て、菊三さん執行猶予つきで保釈されたみたい」


 そう言われて画面を見れば、確かにそこには留置所の門の前に立つ菊三さんの姿があった。そのガリガリに痩せ細った姿を見るに、どうやら留置所生活で、元々やつれていたのがさらにやつれたらしい。

 しかし何はともあれ良かった。いや、捕まってる時点で全く良くはないんだけれど。でもまあ、執行猶予で釈放されただけまだマシである。なんせ上手くいけば、犯罪歴無しで社会生活に復帰できるんだから。


 と、しかし。菊三さんの出所を祝う暇も無く。ディスプレイに文章が表示される。


『おめでとう! 菊池菊三のレベルが上がったよ!』


 どうやら菊三さん、さっきの戦闘で得た経験値によりレベルアップしたらしい。いや、さっきの戦いの中にレベルアップする要素とかあった? むしろ色んなモノを失った気がするんだけれど…。


 そんな俺の心配も余所に、画面上に菊三さんのステータスが表示される。


『名前:菊池菊三

 職業:不定

 年齢:57歳

 趣味:女装

 状態:欝

 属性:無 』


「いや案の定色んなモノ失ってんじゃねえか!」


 職業不定っておまっ…これ完全に、警察の厄介になったことが原因で仕事クビになってるじゃん! そんで『属性:無』って! 仕事だけじゃなくて属性まで失ってるじゃねえかよ!


 てかよくよく見たら、菊三さん前まで56歳だったのが、いつの間にか57歳になってんぞ! もしかして刑務所の中で誕生日迎えたんですか!? 可哀想すぎるわ!


「なんなんだよマジで! 春香お前、どんだけ菊三さんのことを虐めれば気が済むんだ!? 菊三さん人類でもまれに見るレベルの不幸人生歩んでるじゃねえか! なんか悪いことしたの!?」

「女子高生のセーラー服盗んだんじゃない」

「そうだった! 自業自得だった!」


 そういやこの人、盗んだセーラー服を身につけて取引先に向かう変態だった! そりゃ転落人生送るわけだわ! もはやただの天罰だわ!


『敵と遭遇しました!』


「…!? ちょ、なんかまた敵にエンカウントしたんだけど!? 俺なんも触ってないんですけど!?」

「人生なにが起きるかはわからないわ。どこからともなく敵に襲われることだってある。それを再現するために、このゲームでは一定時間毎の強制バトルシステムを採用しているのよ」

「いらねえわそんな無駄再現! てか言うて、人生においてどこからともなく敵に襲われるなんて経験すること、そうそうないからな!? サバンナじゃねえんだよ!」


 てかまずいぞ! よりにもよって今戦闘になったりしたら勝ち目は無い! だって菊三さん、今無職のオッサンだもん! 執行猶予で釈放中のセーラー服泥棒だもの! 相手が野良猫でも負けちまうぞ!?


「くそっ、どうなっちまんだよこれ…! てか一体誰だよ、空気も読まずに現れた敵は! まさかまた、さっきのサラリーマンか!? 逮捕されて仕事を失った菊三さんをあざ笑いに来たんじゃないだろうな!?」

「いいえ、どうやら違うみたいね。他の敵みたいよ。ほら見て、これ」


『名前:坪学大戸つぼがくおおど

 職業:IT企業(社長)

 年齢:47歳

 趣味:ゴルフ、芸術鑑賞

 状態:絶好調

 属性:金 』


「最悪ね。よりにもよって、このオッサンマスターの中でも最強クラスのオッサンである坪学大戸に出くわしてしまったわ。今の菊池菊三に勝ち目は無いわね」

「さ、最強クラスのオッサンだと!?」

「若くしてベンチャー企業を立ち上げて成功、そのまま日本を代表するIT社長となったオッサンよ。状態はもちろん絶好調で、属性は金。呼んでの字の如く、金に物を言わせて敵を札束で殴る戦法を得意としているわ」

「ただの成金じゃねえか!」

「その上趣味もゴルフに芸術鑑賞と隙無しよ。女装趣味のオッサンじゃ逆立ちしても勝てない、恐ろしい相手だわ」


 な、なんてこった! よりにもよって、こんな化け物みたいなオッサンに出くわすなんて! こっちはマルチーズ並みの戦闘力しか無いってのに! どうしろって言うんだ!


 い、いや! 怖じ気づくな! いくら敵が強大とは言え、されど人間! 何処かに必ず、付けいる隙くらいあるはずだ! 諦めるな菊三! 戦え! 戦うんだ! そして勝利を掴むんだ!


『菊池菊三は死んでしまった!』


「なんでだあああああああああああ!」


 うおおおおおおい! 菊三ォォォォォォォ! なんでお前死んでるんだぁぁぁぁぁ! 何処にも無かっただろ死ぬ要素! 単にIT社長と出くわしただけだからね! 普通にバッタリ会っただけだからね! 死亡フラグとか全然無かったからね!


「おい春香! どういうことだこれは!? 菊三さん死んじまったぞ!? どうなってやがる!」

「ふむ…たぶん菊三さん、自分と坪学さんの“格差”にショックを受けすぎて、心臓発作起こしちゃったみたいね」

「まさかのショック死!? 菊三さんメンタル弱すぎだろ!」


 諦めるなよ菊三ォ! まだ人生残ってるんだぞ! もしかしたらお前もこれから成り上がれたかも知れないんだぞ! なのにどうしてこんな所で死んじまうんだよ! なあ! なんとか言ってくれよ菊三! 返事をしてくれよ菊三ォォォォォォォォ! 


「なーにを熱くなってるんだか。所詮ゲームでしょ? たかが持ちキャラが一人死んだだけじゃない」

「テメエ春香! お前菊三さんの命を何だと思ってやがる!?」

「何とも思ってないけど」


 春香はそんな事を言った後、俺に「それでどう? 面白いでしょ?」と、このゲームの感想を尋ねてきやがった。


 いや、全然面白くねえわ! むしろイライラするわ! 胸くそ悪いわこんなもん! クソゲー認定待ったなしだよ!


「えー嘘だぁ。そんなこと言って、本当は楽しかったんでしょ?」

「なわけあるか! こんな、こんなもんっ…あぁ! クソッ! イライラする!」


 俺は乱暴にUSBを抜き取り、そしてそれを春香に投げつけた。春香は「ちょっと! データが壊れるでしょ!」と怒っていたけれど、むしろ俺は壊れて欲しかった。


 とまあこう言う次第で。俺はこの『オッサンマスター』をプレイし終えた。


 完走した感想を述べるとするなら、そうだな…『これは紛う事なきクソゲー』である。ありとあらゆる要素がオッサンの人権を度外視したサイコパス仕様であり、その上戦闘システムも酷い。勝ち筋の無い負け試合が普通にあるとか、そもそもゲームとして根本から間違っている。何より、このゲームをやり終えた後の感想が『時間を無駄にした』というそれだけであることが、このゲームのクソさを物語っていると言えるだろう。


 …え? なに? 星で評価するなら何個分かだって? ふっ、面白いことを仰る。こんなゲームとも呼べないような代物に星を与えろと? それならまだ、このゲームに与える星を他のゲームに与えた方がより生産的というものだろう。


 そうだな…とある映画評論家の名言を借りるとするならば『このゲームは星も輝かぬ世界を支配しているのだ』とだけ、言っておくことにしよう。こんなゲームには星一つですら勿体ない。ゼロだぜロ。星ゼロ個。


 これでレビューはお終いだ。もしこれを見ている君が暇だというのなら、試しにこの『オッサンマスター』というゲームをダウンロードして遊んでみるのも良いだろう。きっと俺と同じ感想を抱くだろうから。もっとも、こんなもんをやるくらいなら、普通にアイドルを育成する方の本家をやった方が100万倍良いと思うがな。


もしこの作品を『面白い!』と思って頂けたなら、評価などをして貰えると嬉しいです。面白いという感想が多かったら、連載小説として続きを書いたりするかも。しないかも。

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