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さよならを言いに来た

作者: 藍緒 弦

 なんとなく気まぐれで散歩に出た休みの日。普段なら入らないカフェに入って、普段なら座らないテラス席に座った。飲み物も、普段飲まないアイスカフェラテを注文した。

 今思えば、なんとなく胸騒ぎがしていたのかもしれない。


「やぁ」


 一人の人物が、私に声をかけてきた。


「さよならを言いに来たんだ」


 その人物に会ったことはない。

 ただその人物は、あまりにも自然に、さもその行動が当然のことであるかのように、私の前の席に座って、そう言葉を放ったのだ。ほんのり暖かい日差しに照らされて、鉄製のテーブルに座ったアイスカフェラテが汗をかく。その人物は頬杖をつきながら、じっと私を見ていた。


「なんのことですか。それにどうやって……」


 そこまで言って、周囲の異常さに気がつく。先ほどまでそれなりに人が居たはずのこの通りは、驚くほどシンとしていた。カフェの中は、すり硝子に遮られて見えない。他の客は、いや店員さえいるのかわからない。


「あなたは一体、私をどうしたんですか」


 疑問を口にしたが、その人物がこの状況について説明することも、まして「あぁ、人違いでした。すみません」なんて言い出す様子もなかった。その人物がタイミングをはかっていたかのように口を開く。


「君の質問に答えてはいけないんだ。でも君がこうして過ごしていくことに意味はある」


目の前の人物が、なにかを思うように悲しげに微笑んだ。

言葉の意味はわからない。しかし、この人は何かを知っている。何かを知っていて、私に話しかけてきたのだ。私に「さよなら」という言葉を告げるために。

 私が考え込んでいると、その人物はゆっくりと席を立った。そうして一言だけ、私に告げた。


「私は、幸せだったよ」


 ふと、雲の合間からか、鋭い光が私の目をくらませた。私が眩しさにまばたきをするその一瞬で、その人物は影も形も見当らなくなっていた。カラン、と氷がアイスカフェラテの中でぶつかる音がして、それと同時に喧騒が戻ってくる。

 再びカフェを見てみれば、硝子に私の姿が映っていて、ほんのりと店員と客らしき人影が見えた。

 その時、私はその人物が言っていたことの意味を理解した。

 私がその人物と会ったことがないのは当たり前のことだったのだ。

たぶん私はどこかで気がつきながら話していた。だからあんな言葉が口をついて出たのだろう。

あの人がさよならを言いに来たのは……

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