case.5【神様】誰か俺を助けてくれ【仏様】
WHOから新型ウィルスによるパンデミックが発表されてから五ヶ月。世界は、崩壊の一途を辿っていた。罹患率は60%を超え、死者は全世界で一億人に達し、宇宙最悪の病原菌が猛威を振るっていた。未だ確立されない治療法、開発されないワクチン、納得のいかない政府の対応、人々の不満は貯まる一方だ。やりようのない不満は、ネットの波の一部となる。
227:名無しですがなにか?
>>226
嘘乙
そんなだからまともな社会で生きていけねぇんだよ
オナって寝ろ
「ふうー、今日も俺の勝ちだな。」
日課となった負け犬相手のレスバトル。30歳無職引き篭もりの唯一の趣味である。
「全く、くだらない嘘で身を固めて、生きる価値すらない奴はごまんといる。」
俺もその一人だ。だが人間はいつだって自分より劣る者を求め、粗を探し、弱みを突き、自己の満足を満たす。そうしなければ自分の存在を肯定できない。今日もまた底辺の最底辺の人間が、一人また一人と死んでいく。腐りきったネット社会で、人類の醜い底辺争いは終わることを知らない。
「さーて、もう5時か。今日は早寝だな。」
生活サイクルの狂った日々を送るうちに、自分自身が狂い始めていることに気付く事はない。落ちるところまで落ちたとは思っていなかった。まだ住む家がある。ネットに繋がる。親の稼ぎがある。飯も出る。汚い身なりで、寒空の下、ボロ切れに包まれて朝日を待つ人間に落ちぶれる事がない限り、俺はまだ底辺ではない。そう自分に言い聞かせる。
俺だって社会の歯車として、あくせく働いた時もあった。だが、社会は俺のような人間を認めてくれなかった。
容姿に恵まれたわけでもなく、頭脳も優れたわけではない。コミュニケーション能力は皆無。同僚と趣味の話はおろか、そもそも同僚と話した覚えがない。仕事の出来の悪さに上司にどやされ、女達は俺を腫れ物のように扱い陰口を叩く。
俺をこんなふうに育てた親が悪い。社会の制度が悪い。そもそもこんな世の中がおかしい。言い訳を口にすれば切りがない。だが、一度として自分が悪いと思ったことはない。
何も持っていない俺が持っていた唯一のもの、それがくだらないプライドだ。
そのうち、会社に居辛くなった俺は、三ヶ月で退職し、無事に引き篭もりのニートにジョブチェンジした。
それから特に就職活動をすることなく早6年。母親は優しさから俺に尽くし、父親は周りの声を気にしてか俺と関わりを持つことを辞めた。元々、両親ともそこまで会話をしてこなかった俺にしてみれば、口煩く何かを言われなくて有り難いと思うのみだった。
「んあ…。」
カーテンの締め切られた部屋で、のそりと起き上がる。
何時間寝ていたのだろう。締め切られたカーテンは外の情報を一切遮断する。今が何時なのか、今日の天気、今の俺には全く関係がない。
「午後、3時?」
珍しく早く起きた。
空腹を感じ、ベッド周りのお菓子を漁る。だが、タイミングが悪く貯蔵していた食料は無くなっていた。ダラダラと立ち上がり、久方ぶりの伸びをする。体の節々からポキポキと音がなる。
台所へ向かうと、リビングに見慣れない男が新聞を読んでいた。男は一別もくれずに、ただただ新聞を読むだけだった。
(思い出した。親父か。)
久方ぶりに見る父親は、以前よりも白髪が増えて年老いていた。
(親父がいるなら、今日は日曜か。)
休日なのに何もせずただただ新聞を読む人生。子供の頃から休日の父親はいつもこうだった気がする。子供ながらに、つまらない人だと思った記憶がある。
「たかくん。」
いくら引き篭もっていたとは言え、排泄、食事などで家を徘徊することはある。決まって誰もいない時間帯を狙うが、この母親という生き物はなぜだか俺の前によく現れる。
「たかくん、どうかした?」
まるで俺のご機嫌を伺うかのように、恐る恐る聞く素振りを見ると、どうしても高圧的な態度を取ってしまう。
「腹減ったんだよ。なんかある?」
「ああ、それならすぐに作るから、座って待ってて。」
母はどこか困惑したように、だが少し嬉しそうに食事の支度をする。
「お父さんは?おやつ、いる?」
「俺はいい。」
無愛想な父のどこに惚れたのだろう。ダイニングテーブルに着きながら、ふとそう考えてみる。だが、そんなことを考えてもなんの意味もなさない。食事を待つ間、有意義な時間を過ごすためにまとめサイトを開こうとして、ある事に気がついた。
「あれ、今日って火曜日じゃん。」
「どうかした?」
「何でもねえよ。」
平日に親父が家にいる。こんなこと今まで一度としてなかった。真意を知ろうにも、ぶっきらぼうな態度を取った母親に、今更なぜ親父が家にいるのか聞くのは憚られる。
考えられるのは、親父の体調不良。だが一見そのようには見えない。となるとたまたま会社が休みだった?だが、今までそのような事は一度としてなかった。それもないだろう。…まさか、退職したのか?いや、定年まであと五年以上ある。親父なら定年まで仕事を続けるだろうし、パートしかしない専業主婦と、引き篭もりのニートを養う大黒柱なら退職なんてするはずがない。
「新型ウィルス、いつになったら落ち着くのかしらね。」
食事の用意をしながら母がポツリと呟く。
そうか、世間は新型ウィルスの自粛期間をまだやっていたのか。そういやもう五ヶ月近く経つぞ?全く、なんの対応も立てられない無能政府め。さっさとワクチン作るか、医療機関を充足させればよいのに。
「お待たせ。」
丼に盛られた袋味噌ラーメン。海苔と味玉とモヤシと小葱、家のラーメンの定番とも言える具材が入っている。簡単な料理とは言え、母の愛情が込められている。
いただきます、の一言もなく黙々と食べ始める。母はわざわざ俺の目の前に座り、ニコニコと食事風景を見る。全く何が楽しいんだか。
早々に食事を終え、薄暗い住処へ戻る。
「あ、お菓子買っといてよ。無くなったから。」
戻る途中で母に注文を一つ残す。母は何か言いたげにこちらを見たが、何も言わなかった。
「ふうー、食った食った。さーて、今日はなろうでも読んでおくかな。」
世間がウィルスで混乱してようが俺には関係がない。薄暗い住処で山椒魚のようにのそりのそりと動き、インターネットの海を深海生物のように彷徨う。俺には、陽の光を浴びないここが一番住み心地がいいのだ。
そう、あの日、親が感染するまでは。
「たかくん!たかくん!」
母親が呼ぶ声で目を覚ます。惰眠を邪魔された俺は、苛立ちを抑えることができなかった。
「うるせえよ!寝かせろよ!」
「ごめん、たかくん。でも、お父さんが!」
「親父?」
面倒臭そうに起き上がる。時刻は午前11時。普段なら起きる時間ではない。
思いっきり不機嫌な顔をしてドアを半分開ける。母は今にも泣きそうな顔をして一万円を握っていた。
「お母さん、今から病院行くから、たかくんこれで何か食べて。」
病院というワードで少し冷静さを取り戻した。
「病院って、なんで?親父、事故ったの?」
無言で首を振り、ついに彼女は静かに涙を溢した。
「お父さん、たかくんのお菓子買ってくるってコンビニに行って、次の日から調子悪くなって、今日病院に行ったら、陽性だって。」
ようせい、妖精?いや、陽性か。
まだ俺には事態の深刻さを飲み込めないでいた。
「新型ウィルスにかかっちゃって。隔離病棟で緊急入院しなきゃならなくて。」
俺を現実世界に引きずり出すには十分の言葉だった。液晶画面の向こう側の世界は、俺には関係のないことだと思っていた。テロ、貧困、芸能ゴシップ、そしてこのウィルス騒動。気付くのが遅すぎた。俺はもう渦中にいるということを。
「とにかく、お母さんもう行くから、たかくん、出前でも何でもいいからこれで食べて。今日はもう帰れないと思うから。」
涙を流しながら、彼女は行ってしまった。手にしたクシャクシャの一万円札が、今の俺の状況を物語るように途方もない絶望感を醸し出す。
住処に戻って取り敢えず5ちゃんねるを開く。身に付いた日課は、非常事態だとしても関係なく行われる。だが、心は冷静さを失っていた。普段目につかないようなスレッドに目が行く。病気、ウィルス、死ぬ、ワクチン、感染、治らない…。今まで目につかなかった情報が一気に入ってくる。
結局この日は、そのまま一睡もせずただただ情報を集めるだけで終わった。
どうやら机に突っ伏して眠っていたらしい。スマホで時間を確認。午後1時。スマホには母親からのメッセージが数件。
『父親の着替えを取りに戻る』
『ご飯食べた?』
『着替えを渡しに行く』
どうやらあの後、一度家に戻って再び病院へ向かったらしい。
ネットの情報だけでは足りないと感じた俺は、リビングへ向かい新聞紙を読むことにした。誰もいないリビング。普段から人気のない時間を狙ってリビングへ向かうから、誰もいないことには慣れているはずだった。だが、事態が特殊なためか、酷く静かに感じた。
新聞は連日の感染者数の記録、病気の特徴、政治経済の影響、知りたいことがより詳しく書いてあった。
取り敢えず親父が感染したとなれば、助成金を貰う条件に満たされたはず。母親に説明するのがめんどくさいな。それと入院費か。これも補助金とか出るのか?
熱心に新聞を読んでいると、母親が帰った来た。酷く疲れた素振りを見せながらリビングへ入ってきた彼女は、親父の病状を詳しく聞かせてくれた。
感染源は恐らく買い物に出た際に貰った可能性が高いとのこと。今のところ命に別状はないが、医師不足により早期回復は見込めないこと。まだ全貌が明らかになっていないウィルスのため、これからどんな症状が併発するか分からないこと。一番恐ろしいのは家族で新たに感染者が出る可能性があること。アルコール除菌を徹底して、少しでも熱が出た場合はすぐ病院に来ること。
「取り敢えずアルコール除菌しちゃうから、たかくんもお部屋を除菌しなさい。」
市販のアルコール除菌シートを手渡され、母親は家中の除菌を始めた。今更除菌しても遅いのではないかと思ったが、別の事をしていないと気が持たないのだろう。国内の死者は一万人を超えている。いくら風邪みたいなものだとしても、親父もいい歳だ。そのままぽっくりと逝く可能性もある。母はそれを考えたくないために気を紛らすしかないのだ。
後日、今度は母が入院することとなった。親父が感染源だ。夫婦揃って隔離病棟へ。家に残されたのは俺一人。どうしてこうなったんだろう。
【神様】誰か俺を救ってくれ【仏様】
0001 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:24:56
どうしよう。助けてくれ。
もう生きていく手段がない。
0002 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:25:14
どうした?
0003 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:25:21
両親がウィルスにかかった
0004 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:25:26
スペックは?
0005 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:26:01
俺 職歴あり、引き篭もりニート、30歳
父 会社員、間もなく還暦
母 パート主婦、父の一つ下
0006 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:26:11
ニート乙www
0007 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:26:14
お前みたいなゴミがまだ生きてたのかよ。
早く死ね
「くそっ!バカにしやがって、こっちは本気で困ってるっていうのに!」
両親が入院してから一ヶ月。両親から手渡された所持金も底をつきかけていた。貯金はまだある。補助金も助成金も、申請すれば貰えるだろう。だが、それをするためには人前に出なければならない。居心地のよい住処を離れ、牙を見せながら待ち受ける現実に、足を踏み入れなければならない。
恐ろしい。もしもお隣りに会ったら?申請で吃ったらどうしよう。いや、その前にコンビニで食材を買わなければならない。店員と話す?考えられない。
今の俺は、恐怖と緊張と恥ずかしさの壁に囲まれて、身動きの取れない状態だった。同仕様もない俺へ、勇気を分けてくれるコメントを期待してスレッドを建てたが、結果はどうだ。どいつもこいつも、自分よりも弱いやつを、今日の獲物を見つけて、はしゃいでいやがる。
いや、恐らく以前の俺なら同じ対応をしていただろう。自分より弱いやつを見つけ、痛めつけ、屈辱を味あわせ、残されているであろうとほんの僅かな勇気と自信と希望を、根こそぎ攫っていく。
「結局俺も、こいつらも、現実に直面しようとしていないんだ。」
お前なんかに使う金はねえよ!
でも>>1みたいなやつ沢山いるんだろうな。
両親が罹患して自分一人だけ生き延びるか、皮肉なもんだな。
誰からも必要とされていない俺達が、一番生き残る確率が高いなんてな。
罹患ってなんて読むの?
厨房は早よ寝ろ
「こいつらにとって俺は画面越しのエンタメの一つでしかない。」
実際どうする?両親が感染したら。
まずは金だな。先立つものがないと。
え、両親いなくなるの?
ってことは遺産とか早急に俺のものじゃーん!
>>1はこれからどうするの?
急に自分の話題になって驚く。俺は、これからどうすればいいのだろう。
0052 スレ主ですが何か? 20XX/Y/Z 01:45:20
俺は、これからどうすればいいんだろう。
0053 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:45:35
とりあえず1は、両親の貯金使うか、助成金貰うかなんかしたほうがいいよ。
金なくて食うもんなくて困ってるんだろ?
0054 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:46:11
イッチ五年以上引き篭もりニートしてたんやろ?
久しぶりに家族以外の人と話すって怖いよな。
経験者やからわかるで。
0055 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:46:28
>>52
指示待ち人間かよ。
これだから社会不適合者は。
0056 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:47:11
この時間にこんなスレ覗いとるお前も同じだろ。
0057 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:47:21
>>56
は?俺社会人だし。
今日も仕事だったし。
0058 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:47:34
>>57
社畜乙www
0059 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:47:51
お前ら喧嘩するなら他所でやれよ
今は1の問題を解決してやろうじゃないか。
こんなやつらでも、俺の事を心配してくれる。なんだ、案外良いやつらじゃないか!
0063 スレ主ですが何か? 20XX/Y/Z 01:51:01
とにかく、当面暮らせるだけの金が必要だ。
親の貯金があるはずだからそれを使うけど、入院費、治療費を払わなくちゃならないからあまり多くは使えない。
助成金、補助金の申請も、人と会うのが怖すぎてムリ。
もちろん仕事もムリ。もう二度と社会に出たくない。
0064 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:51:21
うんうん、なるほどねー。
これはもう死ぬしかないんじゃないかな?
「えっ?」
0065 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:51:41
お前は無理無理言うけど、死を目前にして出来ないやらないって選択肢は無いだろ。
何がなんでもやる。やらなきゃ死ぬんだぜ?
0066 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:51:56
二人の言う通りだな。
イッチ、てめえが死ね。
0067 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:52:11
天才の俺、参上
両親が死ぬまで貯金で食いつないで、死んだら遺産で食いつなごうぜ
0068 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 01:52:19
>>67外道過ぎてワロタwww
「何なんだよ、ついさっき、お前ら俺の味方になる雰囲気だったじゃん…。」
弄ばれている。希望を見せて、どん底まで落とす。俺もこいつらも、クズだ。
自殺って何が一番いいの?
自殺板に行け
なに、そんな板あるの?
おいイチ!早く見に行けよ!
「…くっそおおお!!!」
めちゃくちゃにキーボードを叩く。俺を馬鹿にするコメントに文句をつける。ニート生活の何が悪いと開き直る。馬鹿にされた分だけ馬鹿にする。
こんなところで言い争っても何の利益も産まれないことは分かっていた。それでもやるしかなかった。それ以外で、俺の存在を認めさせる方法を知らなかったから。
聞こえるはずがないのに笑い声が聞こえる。嘲る声が聞こえる。必死になって自分を庇護しようとする姿を見て、みんな笑っている。同情するやつもいる。
「やめろよ、俺をそんなふうに見るなよ!」
イメージの中の人間は知らないやつばかり。だが、次第に知っている人の姿も出てきた。同級生、元同僚、母親、そして父親。
「お前には、何も期待していない。」
手が止まる。身体が震える。
父の声で放たれた無情な一言。これはなんだ?言われた事あったか?俺のイメージ?いや、現実の言葉?こいつらの言葉?
呼吸が激しくなる。画面には俺を笑う言葉、貶す言葉、死へと誘う言葉が並ぶ。だが、父の言葉にしか意識が向かない。
「う、うわあああ!!!」
気がつけば眠っていたらしい。パソコンの画面には、寝落ちした俺に興味を失ったのか、適当な煽りをするコメントのみだった。
「くだらねえな。」
一眠りしたからか、昨晩の不安定な気持ちはすっかり無くなっていた。
画面をスクロールしてコメントを読み返していると、ある文章に目が止まった。
0296 名無しですが何か? 20XX/Y/Z 03:02:11
神様にも仏様にも頼んでも無駄だろ。
もしもいるなら、信者の祈りが通じてウィルスが沈静化するはずだ。
未だに神の奇跡とやらが起きないとすれば、まだ神様ってやつは俺達に試練を与えているらしい。
それなら、神頼みなんかしないで、自分の手で行動したほうがマシだろ?
自分への煽り文句の中で、輝いて見える。厚い雲の切れ間から、一筋の光が射し込んだみたいに、俺の心を温める。
ふと思い立ってカーテンを開く。失明するかと思うほどの光量が目に入る。思えば陽の光なんてものを浴びるのはいつぶりだろう。
暖かな光陽を全身で受ける。じんわりと心が元気になる気がする。
ようやく光に慣れて、ゆっくりと目を開ける。空は雲一つない快晴だ。窓を開けて、風を入れる。澄み切った空気が肺に入る。俺はまだ生きている。
「はら、減ったな。」
時刻は午前8時。今日から俺は変われるだろうか。




