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エデンへのチケット  作者: 中倉三利
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case.3 President's resolution

 WHOから、新型ウィルスによるパンデミックが発令されてから三ヶ月。国内の経済は壊滅的なものとなった。飲食業界、サービス業界、エンターテイメント業界は、その影響を大きく受け、力のない小さな企業から消えていった。

 僅か五十人に満たない社員数である我社も例に漏れずウイルスの影響を受けた。下町の小さな町工場として父親から引き継いだが、大手企業からの依頼数は日に日に減っていき、独自の経営ルートを持たない我社はすでに手詰まりに近いところまで来ていた。いや、まだ手はある。経営規模の縮小、つまりリストラによる人件費の削減である。だが、その手だけは使えない。使いたくない。

 

 「社長にとって、会社とはなんだと思う?」

 先代社長、つまり親父と飲んだときに聞かれたことがあった。

 「会社っていうのは、チームだと思う。社長をトップとして、営業利益を上げることを目標にして動く組織だ。」

 「うむ。まあそれもそうだな。だが、経営していくとその目標に達せなくなる事もあるだろう。その時、お前はどうする?」

 「経営者にとって、営業利益を出せない=社員に給料を払えない、となる。そしたらまずは給料を払うために自分の給与をその分回してやる。でもそれだけじゃいつかは底をつく。その前に経営規模を縮小させると思う。」

 「規模を縮小する、と言うことは社員を切ることになるな。」

 「そうならない為にも貯蓄はやっておかないと。それと、今の経営方法だけじゃなく、新しい方法も見つけて多目的な見方をする必要があるんじゃないかな。」

 「だが、残念だがうちにはそれ程の力は無いだろう。」

 「そしたら後は人望頼みだね。親父から続いてる人脈フルに使ってでも仕事を得てやるよ。」

 「頼もしいんだか、親頼みなんだか。」

 「二代目は駄目なやつだって思われないようにこっちは真剣なんだ。使えるもんは全部使うさ。」

 

 そう、使えるものは全部使う。貯蓄、人脈、法に触れないギリギリのやり方。だが、世界的に大きな打撃を与えたこの状況には、太刀打ちする事ができない。

 「リストラか。」

 重い。二代目社長となって十年が経ったが、これまでこの策を使うことはなかった。改めて社長の重みを感じる。

 自宅待機を命じたオフィスには私一人。誰もいないオフィスで、一人静かに拳を握りしめる。自分の無能さに腹が立った。時代の運命を呪った。だが握りしめた拳をどこにも向けることはできなかった。

 液晶画面には社内メールの下書きが無残にもリアルな出来事を綴っている。

 

 この度、新型ウィルスの影響により、我社も経営規模を縮小する方針にいたしました。

 早期退職を望む社員は、社長までご連絡ください。

 退職金、保証に関しては相談いたします。

 

 文章にするとひどく簡単だ。淡々と綴られる三行のメールに、感情など込められているのだろうか。

 

 メールを送信した次の日。先代から会社にいた相談役が家に来た。

 「社長。私宛のメールが多く来ています。」

 「…リストラに反対のメールですか?」

 「いえ、その逆です。給料を減らしても構わない。営業ルートを開拓しよう。新たな商売を始めよう。前向きな言葉ばかりです。我々が思っていた以上に、我社の社員はまだ現状に諦めを見せてない。それなのに、我々が諦めるのはまだ早計だったかも知れません。」

 「阿呆な奴らだな。世界中で同じように困っている会社が多くあるんだぞ。同じように新しい経営方法を模索してる企業も多いだろう。そんな事業に我々のような弱小企業が参入して勝てるわけがない!」

 「…社長、涙を流すのはまだ早いですよ。」

 止められなかった。社員の優しさに頬を伝う熱いものを押しとどめる事ができなかった。この甘えを受け入れてしまうとは、まだまだ覚悟が足りなかったのだろうか。

 「社長、私達社員はまだ戦えます。次の一手で、何も得ることができなければ先ずは私達のような老いぼれから切り捨ててください。また会社が復活できたら、私達はそれで満足できます。」

 「…来週、社内会議を行う。参加自由形だ。一日かけて我社の命運をかけるでかい仕事をやってやる!」

 

 週明け、社内には三十人ほどが集まってくれた。正直これほど集まるとは思わなかった。

 「今日は皆大変な中集まってくれて感謝する。相談役から君たちのメールを確認した。まだ我社にはたくさんの戦士が残っている。最後まで私と戦ってくれるか?」

 力強く頷いてくれる勇猛な戦士たち。ああ、これほどまで愛されているとは。

 「ありがとう。本当にありがとう!まずは我社の状況を整理しよう!」

 我社は飛行機、車の部品を作る下請け工場である。請負先は主に大手企業を中心としてるが、その大手からの製造依頼が来ていない現状である。そもそも、中国、インドネシアなどの企業が台頭してきてから、我社に入る依頼も少なくなっていた。そのため、新たな請負先として小さな町工場向けの修理部品を取り扱っていたが、今回のウイルス騒動により小さな町工場からも依頼が断絶している状況にある。

 「今、一番儲っている業種はなんだ?」

 「自宅待機で多くの人が配信サービスを受けていると思われます。やはり大手通信会社、通信サービス事業といったところでしょうか。」

 「感染拡大を防ぐために間仕切りを使いますよね?そういった医療関連器具、清掃関連も受けているようです。」

 「現状の対策として市場に出るのはもう遅いな。その後を予測して求められるものを作るべきでは?」

 「となると、自体が収束したら、ですかね?」

 「いや、収束したら普段通りの営業になるだろう?それはプラス思考にもほどがある。最悪のパターンはこの現状があと二ヶ月ないし三ヶ月続いたらという場合だ。」

 「うちは製造業ですよ?それに金属加工が主だ。今のノウハウを活かせることをしなければ!」

 会議は白熱するも、これといった一手が出てこない。今日はもういい案は出てこないかもしれない。

 「皆、今日はここまでにしよう。長い間会議を重ねても出てくる案が停滞するだけだ。もっと革新的なアイデアを各自考えてきてくれ。また来週も同じ会議を行うが、案が出たらメールでも何でもいい。私のところまで教えてくれ。皆の協力に感謝する。こんな、力不足の二代目だが、どうか、助けてくれ。」

 社員に頭を下げたことなどなかった。私が引っ張らなければならないと固執していた。

 

 「逆に、会社にとって社長とはなんだと思う?」

 「会社にとっての社長?」

 親父と飲んだとき、こんな話もしていた。

 「そうだ。お前が言う営業利益を上げることを目標とした組織にとっての社長とは?」

 「そりゃもちろん舵取りだろ。経営方針を定め、社員を誘導する。社員のモチベーションを下げないように配慮する。目には見えないが大きな役割だ。」

 「その通り。だが、それだけを考えてはいけない。社長も一人の社員だ。人間なんだよ。たまには人間であることを社員に見せなければならない。」

 「どういう意味?」

 「肩書に囚われるなということさ。」

 

 不安を感じさせてはいけないと思っていた。私の不安は、社員に伝染する。船頭が迷っていては目的に到達できるはずがない。だが、彼らは皆、弱い私にも着いてきてくれると言う。そうか、会社とはただの組織ではないのだ。社長は肩書じゃないんだ。五十人に満たない小さな会社こそ、力を合わせて何かを成し得ることが出来るんだ。

 覚悟なら足りてない。そんなことわかっている。だが決意は漲っている。この会社を守る。社員を守る。一人でではない。この会社の皆で、全てを守る。責任なら取ってやる。俺の首一つで済むことなら。それぐらいの覚悟なら、とうに準備できている。

 握りしめた拳は、どこにも向けられることはない。そんな必要はすでにないからだ。

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