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エデンへのチケット  作者: 中倉三利
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case.2 たとえ世界の中心じゃなくとも愛を叫ぶことはない

 WHOから新型ウイルスのパンデミックが発令されてから二ヶ月。学校の友達も段々と姿を見せなくなった。先生たちも休職されている人が多い。

 周りがこんな空気なのに、わざわざ学校に来て勉強をしている私は、傍目から見ればきっと良い子なのだろう。でも実際は違う。それ以外の生き方を知らないからだ。学生は勉強をしなければならない。真面目に日々を過ごさなければならない。誰かが押し付けた思想にがんじがらめにされている。

 親を喜ばせるために良い子であり続けた。学校の評判を上げるために真面目であり続けた。誰かの為に自分を犠牲にしてきた。自分のやりたい事を、心の奥にしまいこんで。

 でも、私は変わる。変わらなきゃいけない。日常が非日常になって改めて考え方が変わった。もう、誰かの為に私を演じなくてもいいようになろう。

 「だから、小林くんに告白しようと思うの。」

 「…また、急な話だな。」

 幼馴染の健吾に恋の相談をするのは初めての事だった。小学生の時から一緒にいて、家族のような存在の相手にこんな話をするのは少しこそばゆい。

 「なんで俺なんかに相談するんだよ。そう言うのは女子同士でやればいいのに。」

 「健吾、小林くんとよく話すじゃない。私のことどう思ってるか、何となく聞き出して!」

 「えー。…でもなんで小林?あいつそんなにかっこよくもないだろ。」

 「顔は関係ないわ!大事なのは中身よ!私みたいな地味子にも優しく話しかけてくれるし、こんな世の中なのに学校に来てる真面目さも評価できるわ。きっと将来は素敵な旦那さんになってくれるわ。」

 「え、なに、そこまで妄想してるの?由美、キモいよ。」

 「いいから手伝ってよ!私、変わりたいの!」

 そう、誰かにとって都合のいい存在になりたくない。私の為の私になるんだ。

 「変わりたいって、何かあったの?」

 「…こんなご時世でしょ?もしも感染したら…。」

 「そんなの別に皆死ぬわけじゃないだろ。」

 「そうだけど!…そうだけど、こんなことしてていいのかなって。今まで通り学校に通って、進学のために勉強してていいのかなって。」

 「でももしも感染しなかったら、勉強してこなかったやつらに差をつけられるよ?」

 「健吾いつの間にか真面目になってたのね。学校にだって毎日来てるし。小学生の時はそんな事なかったのに。」

 「べ、別に。…将来の事を見据えてだよ。」

 「そこよ!将来私達はどうなっているのかわからないのよ!?どうなるかわからないから、人生がなるべくいい方向へ行くように勉強してたじゃない?でも、ウイルスのおかげで、なるべくいい方向の基準が下がっているの。生き残ればいいって。そんな事に勉強なんて必要ないじゃない?」

 「なんか説得力があるように聞こえるな。」

 「だから、私は後悔の無いように生きるって決めたの!誰かのためじゃない、自分のために生きるの!」

 「…で、告白すると。」

 「とりあえず、小林くんに時間あるか聞いて、放課後屋上に来るように伝えて!」

 「え、今日告白するの?また急だな。」

 「いいから!」

 なんやかんや言っても、手伝ってくれる健吾は本当にいいやつだと思う。私がしんどい時は側にいてくれるし、相談だって何でもできる。本当に、健吾と親友で良かった。

 

 幼馴染の由美が親友に告白するらしい。そしてそれを手伝ってほしいと言われた。昔から自分の意見を言うのが苦手だった由美が、こうして勇気を出して告白しようとしている。成長したなと思う反面、昔みたいに俺を頼ることが少なくなるのかと思うと少し寂しく思う。ただ、この告白は成功しない。なぜなら、幼馴染の想い人には、すでに彼女がいるからだ。あの場では言えなかった。変わりたいと願う由美の気持ちを踏みにじる事はできなかった。

 「でも、言ったところでな…。」

 そう、言ったところで何も出来ない。由美に気の利いた一言をかけることもできないし、代わりの男を用意することもできない。

 ただ、祈るだけだ。小林が、彼女をひどく振らないことを。

 「小林。」

 「よう健吾。聞いたか。三年生から感染者出たらしいぜ。こりゃいよいよ学校閉鎖かな。」

 「まじか、やばいな。そしたら自宅待機?」

 「何するよ。ゲーム以外やること無いんだけど。」

 「勉強しろよ。」

 「ばーか。勉強は学校でするものだろ。」

 「そういや、今日の放課後空いてる?」

 「空いてるけど、どうした?」

 「そっか、そんじゃ放課後に屋上集合な。」

 「なんだよ急に。」

 「別に、ちょっと話したいことがあるんだよ。」

 「なに、告白?」

 「キモいわ。じゃ、後でな。」

 担任がクラスに入ってきたところで会話を中断した。たぶん俺は小林にひどく素っ気ない態度をした。普段のように喋れただろうか。少しギスギスしたかもしれない。ああ、何でこうもっと上手くやれないのだろう。

 「伝えてくれた?」

 由美は俺の心境などつゆ知らずで話しかけてくる。

 「ちゃんと伝えたよ。きっと来るよ。」

 「そっか!ありがと健吾!」

 照れ笑いをする彼女に、少し苛立つ。

 

 放課後になるまで、小林とは一言も話さなかった。なぜか、話したくなかった。小林は俺に話しかけようとしていたようだけど、なぜだか避けてしまった。放課後になると、俺はすぐに教室を出て、帰路についた。

 不意に回り道をしたくなって、街を見下ろせる公園を目指した。何かを考えたいとき、一人になりたいとき、そういうときはいつだってこの公園に来た。ちっぽけな街を見下ろすと、くだらない悩みなんか自然に消えていた。

 ぼーっと街を見渡すと、小林からラインが来た。

 『由美ちゃんから告白された

  お前、知ってたの?』

 『由美からお前を屋上に誘うように言われてた。すまん。』

 『謝るなし笑

  そうか、だからお前なんか不機嫌だったんだな』

 『不機嫌?』

 『だって一言も話そうとしなかったし』

 『それは』

 続きを打てなかった。不機嫌という自覚は無かった。例えあったとしても、それは小林に向けてじゃなく、由美に向けてのはずだ。どうして小林に、そんな態度を取るだろうか。

 『お前、由美ちゃんのこと、好きだろ?』

 「なっ!!」

 思わず声を出してしまった。

 『そんなわけないだろ!』

 『ムキになるなよ

  何となくわかるんだよ』

 俺が、由美の事を好き?ありえない。だってあいつは昔から一緒にいて、家族みたいなもんで、大事な人で…。

 『とにかく、今日はなんか気を使わせたな!

  学校閉鎖になったらゲーム誘うから!』

 『外出禁止だろ。』

 小林はよくわからないスタンプを送って会話を終わらせた。このスタンプが送られたら、話すことはない、という暗黙のルールが俺達の間で作られていた。

 「あ、結局なんて返事したか聞きそびれた。」

 (まあ明日でもいいだろう。そんなに気にならないし。)

 「…。」

 気になっていた。いくら街を見下ろしても、心のざわつきは治まらない。どうしてこんなにも騒ぎ立てる。由美に彼氏が出来ようが出来まいが、俺には関係のないことだ。

 「あ、やっぱり健吾だ。」

 「え、な、なんで由美が!?」

 「いや、たまにはさ、遠回りしたくなるじゃん?」

 驚いた。急に彼女が現れたからではない。彼女を前にして、平静を保てなくなっている自分に驚いた。

 「で、どうだったんだよ。告白したんだろ?」

 「うん。…振られちゃった!」

 思った通りの答だった。だが、想像していなかった反応だった。

 「…なんで笑うんだよ。」

 「別に。付き合えたらそれでラッキーって話だし。そもそも、私が変わるための告白だから。こうやって、勇気を出して一歩踏み出せたのが一番の成果なのよ!」

 明るく振る舞う由美は、こちらに顔を向けず一方的に言葉を並べた。

 「お前さ。強がらなくていいんだよ。」

 「…別に強がってないよ。」

 「どんだけ変わろうとしても、俺は、お前の素を知ってる。だから、お前に対する態度も変わらない。」

 「…何が言いたいのよ。」

 「だからさ、俺の前では、強がるなよ。」

 世界でパンデミックが起こっているらしい。でも、そんな世界の危機なんて、俺達には関係ない。世界の運命が俺達に委ねられていようとも、変わらない日常を俺達は過ごすだろう。俺達は幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもない。愛だの恋だのそんな次元に俺達は進めない。いや、俺は、進めない。だって世界はまだそれ程の脅威に包まれてないだろう?

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