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エデンへのチケット  作者: 中倉三利
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case.1 グッバイ、マイワールド

 20XX年。ユーラシア大陸の大国から、新型ウイルスが世界中へばら撒かれた。まだそれほどの脅威はないと高を括っていた人類をあざ笑うかのように、日に日に威力を増してくる病は、全世界を震撼させた。そしてWHOは、新型ウイルス―通称”ノア”―が地球最悪のパンデミックを引き起こしていると発表した。

 WHOが、パンデミックを発表してから一ヶ月が経った。僕の周りは普段と何も変わらない。政府は外出を控えるように呼びかけるが、国民はさほど危機感を持たず、せいぜいマスクを買い込むといった細やかな対策のみを行い、日々の生活を繰り返していた。

 僕もまたその一人だった。感染者となるまでは…。

 「陽性反応が出ました。」

 医師の一言は、僕の意識を遠のかせるには十分な威力があった。国内ではまだ老人しか亡くなっていなかったが、海外では若者の死亡者も出ていたため、一気に不安が押し寄せたのだ。

 その日のうちに緊急入院。隔離病棟へ移動させられ、新品のシーツに包まって朝を迎えた。

 ようやく落ち着きを取り戻した僕は、職場へ連絡。上司は「心配だが、ゆっくり治せ」と言ってくれて、当分の休職を命じられた。ゆっくり治せと言われても、症状はまだ軽い段階で、病室でじっとしてる日々はひどく退屈だった。

 だがある日、有名人が新型ウイルスで亡くなったとき、僕は大きな衝撃を受けた。国民のほとんどが知っているあの有名人が亡くなった。最高レベルの治療を受けていても亡くなった。…僕は、本当に治るのか?

 その日を境に、僕はリストを作り出した。

 

 死ぬまでにやることリスト

・お世話になった人へ挨拶回り

・親孝行

・旅行

 

 昔映画で、死ぬまでにやりたい事を十個書き出して実行する話があり、僕もそれを真似てやってみようとしたが、なかなかやりたい事が出てこなかった。思えば、昔からやりたい事が見つからなかった。高校も大学も、実家から一番近いところを選んだし、仕事もただただ親のつてで入社したようなものだった。

 「酷くつまらない人生を送ってきたな。」

 自分が病気になって初めて、自分が何もしてこなかった事に気がついた。別段、悲しいとも、虚しいとも思わなかったが、ただ「勿体無い」という単語だけが浮かび上がった。

 何かをしなければならない。何かを成し遂げなくてはならない。何かを残さなければならない。何もしてこなかった自分が、最後に何かをするなら、そういった事をしたい。

 ペンを握る手は、まだ動かない。焦りが身体の中で渦巻く。何か、なにか…。

 気がつけば夕暮れが部屋をオレンジに染め上げていた。リストにはまだ三項目しかない。諦めたようにペンを放り出し、窓の外を眺める。コンクリートジャングルが部屋と同じようにオレンジに染まり、帰りの時間を告げる放送が鳴り響く。

 「あの丘まで今度行ってみようよ!」

 まだ世界が広く感じられた時代に、友人と冒険をよくしたものだった。林の中の神社、河川敷の草むらの中、小学校の裏の爺さんの庭。夕方の放送が鳴っても、誰も帰ろうと言わなかった。そして、仲間の一人が新たな冒険の地として、隣町の丘の上の公園まで行こうと提案したのだ。

 だが、小学生の時に交した約束は、結局果たされないままだった。その後、仲間の一人が事故で死亡。みんなで冒険する事が、急に悪いことに思えて、口にはしなかったがもうお終いにしなければならない雰囲気になっていた。そうやって僕らは大人になっていってしまった。

 「あの丘まで…か。」

 放り出したペンを再度握りしめ、リストに付け加えた。

 ・あの丘まで冒険する

 それまで感じていた焦りなど無くなっていた。そして、他の三つの項目をグシャグシャと線を引いて消していく。

 「よし。」

 小さな達成感を胸にし、幼い頃の約束を何度も何度も口にする。不思議と、体調が良くなるように思えた。

 いつか必ず行こう。少しでも調子が良くなって、外を歩けるようになったら、いつかの約束を果たしに行こう。僕は戻るんだ。今の自分とサヨナラをして、あの日の僕に戻るんだ。

 陽は落ちて、空は深く黒い青が大半を閉めようとしていた。もうすぐ今日が終わる。

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