第1話「プロローグ」
俺は某メーカー10年目の営業マンだ。
同期の何人かは既に管理職に出世しているが、俺は未だに平営業マンである。
今よりも待遇の良い勤務先への引き向き話もいくつかは来ているが、どうも転職話には乗り気れない。
ただただ面倒臭いのだ。
どうせ転職したって同じだろ?と思ってしまっている自分がいる。
自分の営業にそこまで力がないことは自分でもわかっている。
なら、そこそこやれている今の会社でも十分だ。
だからといって、俺には趣味があるわけでも、愛おしい妻がいるわけでもない。
ただ生きるためだけに生活をしていると思うと胸が苦しくなる日もある。
そんな毎日を過ごしているある日、俺は仕事を終え家路に帰る途中、いかにも路上で生活をしている男に呼び止められた。
「お兄さん、100円ばっかし恵んでもらえないかな?」
こんな汚い男に何で俺がしたくもない仕事をして稼いだ金を100円も渡さないといけないんだ、とも思ったが、何となくその語り口が面白いと思ってしまった。100円ばっかし、って言い方するか?
「はは…いいですよ。はい」
俺はそう言って、財布から100円を取り出し、汚いおっさんに100円を投げ渡した。
「おいおい、お兄さん、酷いなぁ…100円玉を投げつけるなんて…まるで俺が汚くて触りたくないって言ってるみたいじゃないか」
なんだこいつ…気持ち悪い…100円を貰っておいてクレームかよ。
「代償として、もう100円ばっかし恵んでもらえないかなぁ?」
何だか気持ち悪いが、粘着されるのも厄介だ。さらに100円を恵んで早くここを離れよう。
もう100円をおっさんに投げた。
「ほらよ」
「おおっ!言ってみるもんだね。追加でお金をくれたのはお兄さんだけだよ。もう100円くれたら特別に願い事を叶えてあげられるんだけどなぁ…」
はあ?願い事を叶えるだ?何言ってるんだ、こいつ?
しかし、このおっさんに会って悪い気分だったのが、一転、ちょっと面白くなってきた。
乗っかってみるもんだな。
「へぇ、あと100円で願い事が叶うんですね、じゃあ」
そう言って、俺はもう100円をおっさんに投げてみた。
「マジか!で、君の願い事は?」
ん?何て言った?ほーりーくらっぷ?ま、いいか。
「願い事ねぇ…どうだろう?まあ異世界にでも言って英雄とかにでもなりたいかな…はは」
うわーーーーっ。恥ずかしい。俺はおっさんに何言ってるんだろう!
顔から火がでそうだ。早くここから離れなければ…
「じゃあ…」
「お兄さん、了解了解。じゃあ、頑張って来なよ…」
「は………」