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巨○は貧○を兼ねる

巨○は貧○を兼ねる4

作者: まさかす

「今日は、どの体で行こうかな」


 朝7時、大良栄子だいらえいこはクローゼットの中に並ぶ4つの人工筐体を前に悩んでいた。そこには胸が全くないタイプA、溢れかえる程の胸のタイプE、その間を埋めるタイプBとCの人口筐体が並んでいた。


 栄子が今使用している筺体はタイプD。昨日は学校帰りに友人と買い物に出かけるという目的があった為、胸が大きめ、かといってタイプEだと少し重いのでタイプDを使用していた。いつも寝る前にはタイプAに変更していたが、変更が面倒な為にタイプDのまま寝てしまっていた。


「あ、今日は体育でマラソンって言ってたな。じゃあ、小さい方がいいか。それじゃタイプAで行こう」


 その瞬間、栄子は夢から覚めた。パチっと見開いた眼には見慣れた自分の部屋の天井が映る。そのままガバッと上半身をベッドから起こすと、直ぐさま自分の胸元に目を落とした。パジャマ越しに見るそこには、スッキリとした胸元の存在が確認できた。まじまじと何度も見返すが、やはり何も無かった。何も存在しなかった。


「クッ……あんな夢を見るとは、我ながら情けない……」


 そう呟やくと同時に、目からは1粒の涙が零れおちた。そして「はぁ……」と、溜め息1つをつくとおもむろにベッドから起き上がり、パジャマ姿のままに部屋を後にした。そのまま1階の洗面所へ向かおうと階段を降り始めた矢先、ふと栄子の部屋の隣の部屋、姉の部屋が何気に気になり踵を返した。


 姉の部屋の前まで来るとドアに聞き耳を立て、物音がしない事を確認するとノックも無しに、少しだけそっとドアを開けた。そこから覗き込むようにして部屋の中の様子を伺うと、カーテンが閉められた薄暗いその部屋の中には「グゥグゥ」と、(いびき)の音だけが響いていた。

 部屋の壁際に置かれたベッドの上にはその鼾の主、布団がはだけた状態で大の字に眠る姉の風子(ふうこ)の姿があった。その鼾は胸が大きくて重くて息苦しいと、そう言っているように栄子は感じた。


 栄子はそのまま部屋の中へとそっと忍び入り、ベッドの傍へと静かに近寄った。Tシャツに短パンという姿で寝ている風子。そのTシャツには自分の巨乳を自画自賛するかのように「Big And Beautiful」という文字がプリントされていた。


 土曜日である今日、栄子の学校も本来は休みだが、その日は月1で土曜日の授業がある日だった。社会人である風子の会社は土日が休みの会社であり、惰眠をむさぼってるので邪魔するなとでも言いたげに、にこやかな顔で以って鼾をかいていた。

 風子は横になっているにも拘わらず、明らかに胸元には2つの高き丘が見て取れた。ひとたび体を起こせばその丘は高き山と化し、その変化はその山が如何に柔軟であるかを示していた。だが同時に、経年変化による危険性を帯びた諸刃の剣という側面も持っていた。いずれは重力に抗う事も敵わず、その様は「噴火した溶岩がダラリと垂れるかの如く」という危険性を持ち、山とは呼べなくなる事が十二分に予想出来た。だが現時点に於いては、それが高き山である事は確かであった。


 栄子は寝ている風子に向かって、おもむろに右手を伸ばした。そしてその手を風子の胸元にそびえる丘の1つにそっと置き、栄子の手では収まりきらないそれを、おもむろに握った。


 グニッ


「イタタタターッ!」


 風子はベッドから跳ね起きた。いったい何が起きたか分からず「何だ何だ」と周囲と自分の身体をキョロキョロと見まわした。そこで、ベッドの横で立ちすくむ妹の存在に気付き、不思議そうにして妹を見つめた。その妹の右手が宙に浮いていた事からも、妹が自分の胸を強く握ったのだと直ぐに気付いた。


「栄子! お前、私のおっぱい握ったろっ! つうか朝っぱら何してんだっ! こらっ! 栄子っ! 聞いてるの! 何私の胸握ってんのよ! 痛いじゃない!」


「ムネヲニギル?」


 姉から怒鳴られた事など意に介さず、そう口にした栄子の眼は焦点が合っていないかのようだった。そしてその目には薄っすらと光るものがあった。その妹の様子に風子は動揺した。


「……ちょ、栄子、何? どうしたの?」

「ねぇ、お姉ちゃん。教えてよ……。胸って握れるものなの?」


 栄子の目には涙が溢れてきた。溢れた涙が頬を伝って床へと零れ始めた。その様子に風子は更に動揺した。


「い、いや、ちょ、ちょっと、な、何で栄子が泣いてんのよ。握られて痛くて泣きたいのはお姉ちゃんの方なんだけど……」

「ねえ、教えてよ、お姉ちゃん。胸って握る事が出来るものなの?」


 栄子が耳にした『胸を握る』という言葉。初めて聞いた言葉。胸に手を当てる、触る、揉む。だがそれ以外に『握る』なんて言葉があるとは思わなかった。そんな自分には決して利用する事が出来ない言葉があるだなんて思いもよらなかった。そんな日本語が存在するとは夢にも思ず、まるで崖下に突き落とされたかの如く強い衝撃を受けた。その衝撃で意識が飛びそうになりその場でフラついた。そんな栄子を風子は咄嗟に支えた。栄子は風子の胸の谷間に顔をうずめるように倒れた。


「ちょっ、栄子! どうしたっ! 大丈夫か! しかっりしろっ!」


『ああ……これが胸の谷間ってやつか……凄いなあ……深いなあ……』


 ふわふわのぽよんぽよん。雲を掴めたとしたらこんな感触なのだろうかと、最高級の綿があるとしたらこんな感触なのだろうかと、今迄に感じた事の無いその感触に、一瞬我を忘れた。が、直ぐにハッと正気を取り戻した。そして顔を真っ赤にしながら「ご、ごめん」と直ぐさま立ち上がると、風子の部屋を飛び出していった。風子はその様子を黙って見送った。今起きた数分間の出来事に対して、寝起きだった事からも現実感が乏しく、「ま、いいか」と、再び布団をかぶり眠りについた。


 部屋を飛び出した栄子は洗面所へと駆け込んだ。そして洗面台に両手をつき、俯いた姿勢で以って先程の事を後悔した。何故あんな事をしたのか分からないと、あんな事を聞くつもりは無かったと後悔した。

 おもむろに顔をあげると、洗面台の鏡を凝視した。その鏡には疲れた様子の栄子の顔が映っていた。そのまま目線を下にずらすと、パジャマ姿でもはっきりと分かる何も無い胸が、そこに存在(・・)した。それを見て嘆息しながら再び俯いた。そのまま息を止めての数秒後、鼻で深く息を吸い込みながらに顔をあげると、先程の事は忘れようとでもいうようにして、バッシャバッシャと水が跳ねるのも一切気にせず洗顔を始めた。洗顔を終えると自分の部屋へと戻り、パジャマからセーラー服へと着替え始めた。


 着替えを終えると部屋の隅に置かれた姿見の前に立ち、髪の毛を中心に入念なチェックする。何度も何度も鏡を見返し納得がいくまでブラシを入れる。毎朝の事ながら、やはり髪の毛のチェックには時間を掛けてしまう。時間をかける事により朝食を摂る時間を圧迫する事にはなるが、かといってその分早起きしようとも思わない。起床時間は変えず、単にその後の予定を後にずらすか省く。時には朝食を抜く事もあるし学校に遅刻する事もある。兎にも角にも、最優先すべき事は髪の毛のチェックである。

 20分程の時間を容姿のチェックに費やし、ようやくスタイルに納得がいった栄子は朝食を取る為、急ぎダイニングへと向かった。


「よう、栄子ちゃん。おはよう。相変わらずちっちぇーな~。だはははっ!」


 ダイニングへと向かう途中のリビングルーム。そこからそんな言葉を言い放ったのは栄子の叔父の大良(だいら)巨良(まさよし)。学もあるインテリであるが、甲高い声で常にしゃべりっぱなし、且つ文句ばかり言っているという、栄子にはあまり良い印象では無い人物。いくら母親の弟と言えども栄子にとっては苦手な人物であり、その顔を見た瞬間、栄子の顔が曇り始め、あからさまに不機嫌になった。


 巨良は栄子のそんな不機嫌顔を見ても微動だにしなかった。近所に居を構える巨良が、何故に早朝から栄子の家にいたかといえば、巨良の姉であり栄子の母である豊子から朝食を誘われた為である。巨良は早朝のウォーキングが習慣となっており、その途中、玄関前の掃除をしていた豊子と遭遇した。豊子は巨良に対して「折角だから朝食を食べていかないか」と誘い、巨良がそれを快諾したからである。そして朝食を済ませ、リビングのソファで新聞を読みながら寛いでいた所、セーラー服姿の栄子の姿を見かけて、朝の挨拶のつもりでそんな言葉を投げかけた。

 

「なんで朝っぱらから叔父さんがいるのー」

「なーんだよ! 別にいたっていいじゃないかぁ。いちいち気にすんなよぉ」


 巨良は文句と言われる様な言動を取っている意識は一切無く、見たままをそのまま口にするという人物であった。そして巨良は改めてセーラー服姿の栄子を一瞥すると、何か閃いた様子で再び口を開いた。


「揉めぬなら、揉めるまで育てよう、その貧乳。う~ん、字数が全然あわねぇなー。ったくよー」


 自分で言った言葉に自分で文句を付けるという、相変わらずの叔父だなと栄子は思った。にもまして、セクハラという言葉すら知らない、親族であれば何を言っても良いとも受け取れるその様子に、栄子は蔑んだ目で叔父を見つめた。


「叔父さんマジでうざい」

「なーんでそんな事言うんだよっ! 俺、叔父だぞ? お前、口悪いな~」

「いや、叔父さんの方が悪いっての……」

「なーんでだよ? どこがだよ? 言ってみろよ」

「ああ、もういい。うざい、うざい、うざい」


 血は薄けれど、叔父が母の弟であり親族である事に違いはない。苦手であっても憎んでいる訳ではない。良く言えば、叔父の言動も正直であり自然体なのかもなと、栄子は前向きに受け取ってもいた。とはいえ、やはり苦手である事に変わりはない。そして不機嫌顔のままに、栄子はダイニングテーブルの席へとついた。

 テーブルの上には既に朝食が用意されていた。母親の手により用意されていたその朝食。2枚の焼いた食パンの間にベーコンの入った目玉焼き、それとレタスを挟んだそれ。世間のそれとは若干異なるが、大良家ではそれを「目玉焼きサンド」と呼び、1杯の牛乳をお供に朝食の定番となっていた。栄子は早速それを手にすると詰め込むようにして齧りつき、咀嚼(そしゃく)も終わらぬままに牛乳で流し込む。そして全て口の中へ詰め込むと、叔父から逃げるかのようにして玄関へと急いだ。


ひっへひはーふ(いってきまーす)


 玄関を出ると、隣の小好(こすき)家の前に目が行った。そこでは、その家の主人である小好道正(こすきみちまさ)が家の前を掃除していた。週休二日の会社に勤める小好は休日であるにも拘わらず、誰に言われるでもなく自ら率先して、朝早くから家の前の掃き掃除を行っていた。


「おじさん。お早う御座います」


 栄子のその言葉に、小好は直ぐに顔だけを栄子の方へと向けた。そして掃除の手を一旦止めると栄子に向き直った。


「やあ、栄子さん。お早う御座います。出子(いずこ)はもうすぐ来ると思うから、もう少し待ってあげて下さいね」


 そんな朝の挨拶を交わし、栄子が家の前でぼけっとしながら待っていると、とある事を思い出した。


「あの……」


 栄子の言葉に小好は再び掃除の手を休め、栄子の方に向きなおった。


「はい、何でしょう?」

「この前の手紙の事なんですが……」

「手紙? ああ、はいはい。読んで頂けましたか? いや、あの節は娘が大変失礼しました。本当に申し訳ない」


 それは数日前の事、栄子と小好の娘の出子が自宅前で話をしていた。その際、出子が貧乳を見下すような発言をしていた事を小好が知り、その謝罪内容を記した手紙を出子に託して栄子へと渡していた。栄子はその手紙の内容に少し気になる事があった。その事を軽い気持ちで聞こうとしただけなのだが、小好は改めて深々と栄子に向かって頭を下げた。逆に、大の大人が子供である自分に対し深々と頭を下げるその事に、栄子は頭が下がる思いであった。


「いえ、それは別に構わないんですけど……」

「そうですか。それはありがとうございます」


「でも、やっぱり……大きい方が良いですよね? 世の中的には……」

「は? いやいやいや、そんな事は無いですよ。というより、まだ気にされていたんですか? 世の中じゃ小さい方が可愛いなんて常識じゃないですか?」


「いや……そんな事、聞いた覚えが全く無いんですが……」

「そうですか? 例えば子犬、子猫、子豚、子ヤギ、子馬、子牛。小さいというのは本当に可愛いじゃないですか。赤ん坊なんて天使でしょう。そうは思いませんか?」


「いや、その……赤ん坊はともかくとして、おっぱいと犬、猫、豚を一緒にされても……」

「う~ん。変ですね。今の説明でご理解頂けるかと思ったのですが、栄子さんには全く響いていないようですねぇ」


 小好は眉をひそめ首を傾げた。


「でも、娘さんは大きいじゃないですか」

「出子ですか? ええ、非常に悲しい事ですね。こればかりは親の私にもどうにも出来ない事です。言って小さくなる物でもないですしね。本当に忸怩たる思いです。どうしてこのようになってしまったのか……」


 自分の娘のおっぱいを「物」と言う出子の父は本気で悩んでいた。すると、小好家の玄関の扉が開いた。


「ごめ~ん、栄子。待ったあ?」


 制服越しでもポヨンポヨンと揺れている事が分かる大きいソレを胸に宿す、栄子の同級生、小好出子(こすきいずこ)が玄関から現われた。


「じゃあ、パパ。いってきまーす」

「はい、行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」


「ねぇ栄子、パパと何話してたの?」

「ん? まーあれだ、小さい事は良い事だ、小さいのは可愛いとか……」


 栄子は説明していて虚しさを覚えて俯いた。


「パパはまだそんな事を言ってるの? もう、ほんとしょうがないなー」

「はは……。まあ、話を振った私も悪いんだけどね……」


 栄子が出子の顔をチラと見やると、出子の目が少し赤い事に気が付いた。


「デコさ、なんか目赤いけど、何かあった?」

「ん? ああ、ちょっと悲しい夢を見てね」

「え? 何? 悲しい夢を見て泣いたの? どこの乙女発言だよ。ははは」

「まあまあ、そう言う事もあるでしょ?」


 出子は苦笑いをしながら言った。



『あなたが落としたブラジャーはこのとても小さいブラ? それともこちらのとても大きいブラ?』


 出子はブラジャーを池に落とした。何故かは分からないがブラジャーがずり落ち、池の中へと落ちてしまった。すると池の中からは後光輝く金髪巨乳の女性がザバザバと現れた。その女性は水面上に立つと、差し出すようにして両手を見せた。その右手には大きいブラを持ち、左手に小さいブラを持ちながら、出子にそんな事を聞いてきた。


「そんなの決まっているわ。私に合うのはその右手のとても大きい方のブラよ。見れば分かるでしょ?」


 突然池の中から現れた金髪女性に憶する事無く、当然でしょと、何を分かり切った事を聞くのだと、出子は鼻で笑いながら言い放った。


『いいえ。私には分かりません。むしろ、こちらの小さいブラがお似合いかと』

「いったい何を言って……」


 そう言って出子は視線を落とし自分の胸元を見た。視線の先には真下が見えた。出子は真下が見える事に違和感を覚えた。いつもならば自分の胸が邪魔して真下を見るには屈まなければならない。なのに、その時は視線を落としただけで真下が見えた。


 胸が無い? 消えている? まさか……垂れたのか?

 

 出子は即座に自分の胸元に手を当てた。が、そこには何も無かった。そこにあるはずの巨乳が消えていた。


「無い……嘘……何で……ああ……ぅあああああああああああああああーっ!」


 出子は両手で頭を抱えながらに(ひざまず)き、天を仰いで泣きながら、地獄の底から聞こえる様な声で叫んだ。


 そこで目が覚めた。パチリと開いた出子の目に見えるのは自分の部屋の天井。すぐに上半身を起こし胸元を確認するが真下は見えない。尚も確認するため、自分の胸を両手で以って思いっきり鷲掴みにした。


「イッターっ! 痛い……えへ……えへへへへ……ある……あるわ……胸があるわ……良かった……ほんとによかった……」


 出子の目からは、一滴の(しずく)が零れおちた。


 今朝そんな事があった、そんな夢を見た、そんな悪夢を見たなどと話す事は出来なかった。ましてや、ソレを持たない栄子に話す事など出来はしなかった。


 雑談しながら2人が歩いていると、その前を歩く男女2人の姿が目に入った。制服姿の男女で栄子達と同じ学校の制服。男子の方は身長170㎝を超えているであろう感じで、その横を歩く女子はとても小さく見えた。男子は見下ろすように、女子の方は見上げながら話すように、仲良く会話をしながら歩いていた。


「あれって宗形じゃね? 隣の小さい子は誰だろう?」

「確か……隣りのクラスの小振千子(こふりちこ)さんじゃないの? 話した事無いけど、確か身長140㎝位って聞いたことあるよ? でもこうして見るとほんとに小さいわね。っていうかあの2人って付き合ってたんだ?」


 そう言ったと同時に、2人は『小振さんのおっぱいは小さいはずだ』と思った。そして栄子と出子は何を言うでも無く足を早め、前を歩いていた宗形と小振の元へと近付いた。


「おーす、宗形」


 栄子のその声に、宗形と小振は足を止め、同時に振り向いた。


「イエーイっ! そこにいるのはダイラちゃんとデコちゃんじゃなーいでーすかーっ! イエーイっ!」


 中腰になり両手を握り、人差指だけを栄子と出子に突き射すように向けて、チャライ芸人っぽく話す宗形のその突然の返しに、栄子も出子も固まった。


「もう、宗形君たら、面白すぎるよー」


 そんな宗形の様子をクスクスと笑いながらに小振が言った。肩まで伸びた漆黒の髪、極端に小柄で可愛いと言う表現が小振には似合っていた。


「ドーモーっ! オっはようゴっざいまーすっ! 徳川幕府の5代目やらさせて貰ってました、ト・ク・ガ・ワ・のー、ツナヨシデースッ! ショウルイアワレミノレイ、カモンッ!」

 

「もう、笑わせないでよぉ。お腹いたいよー、もう」


 クスクスと、相変わらず小振は笑っていた。栄子と出子の前にはバカップルが居た。


「あ、そうだ宗形君。私、今日日直だから早めに行かないといけないの。だから先に行くね。ごめんね」

「オッケーッ! ショウルイアワレミノレイ、カモンッ!」


 小振は「テトテト」といった感じの小走りで、1人学校へと向かって行った。残された3人は、その背中を視界から完全に消えるまで見つめていた。


「宗形、何なんだ今のは? 今日は生ゴミの日じゃないぞ? 早く家のゴミ箱に戻った方が良いんじゃねーか? ここはお前の居るべき場所じゃないと思うぞ?」

「引くとか引かないとかのレベルじゃないわよね……」


 栄子も出子も、(さげす)んだ目を宗形に向けていた。


「いやー。小振さんと歴史の勉強してたらさ、綱吉ブームが来ちゃってなー」


 宗形は2人の蔑んだ視線を意に介さず、既に見えない小振の背中を満面の笑顔で見つめていた。


「なんだよそのマイブームは。興味が湧いたとしてもそんな感じのブームにはならねーよ。でも宗形さー、こういう言い方は良くないかもしれないけど、お前は巨乳好きだったんじゃねーの? でも、小振さんてお世辞にも大きいとは言えないっていうかさ、丘はおろか、盆地っていうか……」


「ああ、その事か。確かに以前の俺だったら『君の巨乳に恋してる』って言ってたと思う。だが俺も色々と考えたんだよ。胸の大小、形状で良い悪いを判断するのは良くないかもなって」


「いやいや、『かも』じゃねーだろ。そこは『良くない』って断言しろよ。つうか形状って何だよ。なあ宗形よぉ、お前の性癖にあえて文句を言わないとしてもだな、その内、お前の存在そのものに文句を言う人達が現れるぞ?」


「ははは。だが巨乳こそが崇める存在なんて時代が来るかもしれないだろ? だから今ここで、それを断言するのは若気の至りって事になるかもしれないじゃないか。だから今は言わない。ははは」


「『ははは』じゃねーよ。んな時代来る訳ねーだろうがっ! お前はどこまでアホなんだよ。毎日毎日、家に帰ってアホに磨きかけてんのか? だったらもう充分に光り輝いてるから止めておけ」


 ふと宗形は栄子の正面に向き直り、栄子の両肩に両手を置いた。そしてそれまで笑っていた宗形の顔からは完全に笑みが消えていた。


「なあ、大良。きっとどんなにお前のソレが小さくても、どこかしらに需要はきっとあるんだよ。だからお前にだって、きっと良い未来はあるはずだ。俺はそう思うぜ?」


 宗形が真剣な眼差しで栄子に言った。その目は『心配するな。大丈夫だ』と語っていた。


「ジュ・ヨ・ウ・だと? な・に・を、良い事言ってます的な顔して言ってやがんだお前はーっ!」


 瞬時に放たれた栄子の中段回し蹴りが、宗形の腹部に完全に決まった。


「ウゴッ――――ゴフッ――――」


 宗形は声にならない声をあげ、その場に崩れ落ちた。


「ねえ、栄子。私達も急がないと遅刻しちゃうよ?」

「は~。そうだね。こんなアホに付き合ってられないね」


「それじゃあ、行こう」

「そうだね、行こう」


 そう言って2人は走り出した。未だ来ない未来に向かって。とはいっても、まずは学校に向かって。


2020年08月28日 4版 誤字訂正他

2019年11月16日 3版 句読点が多すぎた

2019年07月30日 2版 誤字含む諸々改稿

2019年07月15日 初版


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